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第13話 白銀の鬼は、配信を見ている

 カフェの空気が凍っていた。


 大型モニターに映る白銀の女。


 九条シオン。


 その名前が流れた瞬間、店内のざわめきが一段階変わる。


《うわ、シオンだ》


《アークの処刑人!?》


《本物!?》


 一般人ですら知っている。


 それくらい有名だった。


 白銀の鬼。


 企業紛争、テロ鎮圧、対能力者制圧。


 政府非公式記録だけでも撃破数は三桁を超えると言われている。


 そして何より。


 死神と同時代を生き残った、数少ない怪物だった。


『今度こそ、貴女を殺します』


 静かな声。


 感情の薄い瞳。


 だが、その奥に宿る執念だけは隠し切れていなかった。


 レンは無言でモニターを見つめていた。


 ミアがそっと顔を覗き込む。


「……強い人?」


「強いなんてもんじゃない」


 レンは小さく息を吐いた。


「化け物だよ。私と同じタイプの」


 その言葉に、ミアの表情が少しだけ曇る。


 三年前。


 まだレンが“死神”として戦場にいた頃。


 九条シオンは、唯一レンの作戦を真正面から破壊できる存在だった。


 他の兵士はレンを恐れた。


 避けた。


 距離を取った。


 だがシオンだけは違う。


 正面から来る。


 真正面から斬り殺しに来る。


 それが何より厄介だった。


「一回、三日くらい戦い続けたことある」


「三日!?」


「途中からどっちが先に寝るかみたいになってた」


「何その地獄」


 レンは遠い目をした。


 ビル街。


 吹雪。


 崩壊した研究施設。


 戦場を変えながら延々と続いた殺し合い。


 最後は両方限界で、気絶みたいに終わった。


「……もう二度とやりたくない」


 本音だった。


 その時。


 レンのスマホが震える。


【非通知着信】


「うわ」


 嫌な予感しかしない。


 レンは数秒悩み――通話を取った。


「……誰」


『久しぶりですね』


 女の声。


 静かで、冷たい。


 レンの顔が引きつる。


「マジかよ」


 ミアが目を丸くする。


『逃げましたね、あの時』


「語弊があるなぁ……」


『任務放棄してVTuberになったでしょう』


「そこだけ切り取ると本当に意味わかんねぇな」


 シオンは数秒沈黙した。


 やがて。


『……見ましたよ』


「何を」


『配信』


 レン、固まる。


「……は?」


『登録は昔からしています』


「は?」


『メンバーシップも入っています』


「は???」


 ミアが吹き出した。


 レンは真顔のまま停止する。


 脳が処理を拒否していた。


『朝活雑談、好きでした』


「待って待って待って」


 情報量が多い。


『あと“歌ってみた”も良かったです』


「やめろ!!」


 レンが思わず叫ぶ。


 店内の視線が集まる。


 だが今はそんな場合ではない。


「なんで見てんだよ!?」


『貴女の監視も任務の一環です』


「絶対違うだろそれ!!」


 電話の向こうで、ほんの少しだけ沈黙。


 そして。


『……可愛かったので』


「無理無理無理無理!!」


 レンは頭を抱えた。


 ミアが腹を押さえて笑っている。


「エルちゃん、ガチファンいたねぇ」


「嬉しくねぇぇぇ!!」


 しかし次の瞬間。


 シオンの声色が変わった。


『ですが』


 空気が冷える。


『次に会えば、殺します』


 レンの笑顔が消えた。


 ミアも息を呑む。


『私は貴女を知っています』


『貴女がどれだけ危険かも』


『だから止めなければならない』


 その声に迷いはない。


 本気だ。


 シオンは、本当にレンを殺す気でいる。


 レンは静かに目を閉じた。


「……相変わらず真面目だな」


『貴女が自由を語るたび、虫唾が走ります』


「ひどくない?」


『何百人殺したと思っているんですか』


 レンは何も言えなかった。


 それは事実だからだ。


 自分の手は汚れている。


 今さら綺麗な人間にはなれない。


 だが。


『それでも』


 シオンの声が、一瞬だけ揺れた。


『貴女が笑っていると……少しだけ安心する自分がいる』


「……え?」


『だから最悪なんです』


 通話が切れる。


 沈黙。


 レンはしばらくスマホを見つめていた。


 ミアがそっと覗き込む。


「……何その重い感情」


「知らん」


 レンは本気で困惑していた。


 昔の同僚に命を狙われている。


 なのに、その相手は自分の配信のメンバー会員。


 意味がわからない。


 その夜。


 白雪エルのゲリラ配信が始まった。


『はいどうも~白雪エルです』


 コメント欄、爆速。


《きたああああ!!》


《死神生きてる!!》


《シオンと知り合い!?》


《修羅場配信!?》


「やめろ物騒すぎるだろ」


 レンは苦笑しながら椅子へ座る。


 だが今日は、どこか落ち着かなかった。


 シオンの言葉が頭から離れない。


『笑っていると安心する』


 そんなことを言われるとは思っていなかった。


 その時。


 コメント欄に、見覚えのある名前が流れる。


【九条シオン:こんばんは】


「ぶっ――!?」


 レンが盛大に吹いた。


《本人!?!?》


《えええええ!?》


《メンバー古参バッジついてるんだけど!?》


「お前なんで普通にコメントしてんだよ!?」


【九条シオン:配信中なので】


「理由になってねぇ!!」


 コメント欄、大爆笑。


《処刑人なのに礼儀正しい》


《古参勢で草》


《死神のメンバー会員、情報量が多い》


 レンは頭を抱えた。


 だが。


 その口元は、少しだけ笑っていた。

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