第11話 死神は、スーパーチャットで救われる
ゼロが爆発した瞬間。
ネオ・トーキョーの夜空が、白く染まった。
衝撃波。
轟音。
砕け散る漆黒装甲。
巨大な機体が火を噴きながら、高層ビル群の向こうへ墜落していく。
その光景を、街中の誰もが見上げていた。
そして。
世界中の視聴者も。
《うおおおおおおおおお!!》
《倒したぁぁぁぁ!!》
《エルちゃん最強!!!》
《映画超えてるだろこれ!!》
コメント欄は完全に祭りだった。
同時接続数、二千万人突破。
世界記録更新。
だが。
当のレンには、そんな数字を気にする余裕はなかった。
「っ……!」
着地。
膝が揺れる。
呼吸が乱れる。
右腕が痺れていた。
さっきの砲撃を受け止めたダメージが残っている。
さらに。
ゼロとの近接戦闘。
正直、かなり危なかった。
(……強すぎだろ、あれ)
レンは焼けるような肺を押さえながら、ゆっくり息を吐いた。
すると。
「エルちゃん!」
駆け寄ってくる足音。
黒乃ミアだった。
彼女は迷わずレンの前にしゃがみ込む。
「怪我してるじゃん!」
「いや、まぁ、ちょっと」
「ちょっとじゃないよ!」
レンの腕を見て、ミアの顔が曇る。
火傷。
裂傷。
出血。
普通なら立っているだけでもおかしい状態だった。
だがレンは、逆に少し困った顔をした。
「……そんな顔すんなよ」
「するよ!」
ミアは即答した。
その声が、本気だったから。
レンは一瞬だけ言葉を失う。
その時だった。
ピコン。
また通知音。
レンは嫌な予感しかしなかった。
恐る恐る配信画面を見る。
《¥50,000 死なないで!》
《¥100,000 治療費!!》
《¥10,000,000 これでホテル代払って》
「待って最後誰!?」
桁がおかしい。
コメント欄も大混乱だった。
《一千万スパチャ!?》
《富豪おる!!》
《ホテル代で草》
《エルちゃん愛されすぎ》
「いやいやいや待って」
レンの指が震える。
さらに。
《¥30,000 今日のアーカイブ絶対残して》
《¥50,000 神回ありがとう》
《¥200,000 ミアちゃん守ったの最高》
「うわっ増えっ」
スーパーチャットが止まらない。
画面がカラフルすぎて、もはや戦場より眩しかった。
レンは完全に引いていた。
「な、なんだこれ……」
「お祭り状態だねぇ」
ミアが隣で苦笑する。
だが、その目はどこか優しかった。
「みんな、本気で心配してたんだと思うよ」
「……」
レンはコメント欄を見る。
《生きててよかった》
《マジで泣いた》
《お願いだから無茶しないで》
胸の奥が、少しだけ苦しくなった。
こんな感覚、知らない。
戦場では誰も心配なんてしなかった。
生き残るのは当たり前。
死ねばそれまで。
でも今は違う。
画面の向こうで、名前も知らない誰かたちが、自分の無事を喜んでいる。
「……変なの」
レンは小さく呟いた。
その瞬間。
空から笑い声が響く。
『なるほど』
アルトマンだった。
輸送機のモニターに、彼の顔が映る。
『それが、お前の新しい力か』
レンの表情が消える。
アルトマンは静かに続けた。
『理解できんな』
『赤の他人に期待され、感情を乱され、それで強くなる?』
「……」
『非効率だ』
レンは数秒、黙っていた。
やがて。
ふっと笑う。
「そうだな」
静かな声だった。
「めちゃくちゃ非効率だ」
昔の自分なら切り捨てていた。
感情なんて邪魔だ。
人との繋がりなんて弱点でしかない。
実際、そう教え込まれてきた。
でも。
レンはスマホ画面を見下ろす。
流れ続けるコメント。
止まらない応援。
その中に混ざる。
《エルちゃん大好き》
その一言を見た瞬間。
レンは、少しだけ笑った。
「でもさ」
顔を上げる。
「悪くない」
次の瞬間。
アルトマンの目が細くなった。
『……変わったな、お前』
「当たり前だろ」
レンは肩を回す。
痛みが走る。
だが構わない。
「今の私は、“一人”じゃない」
その言葉に。
ミアが、ほんの少しだけ目を見開いた。
『撤退する』
アルトマンが淡々と言う。
『今回のデータ収集は十分だ』
「は?」
レンが眉をひそめる。
「待て、帰んの?」
『ああ』
「散々街壊しといて?」
『修理費は請求書を送る』
「送ってくんな!!」
輸送機がゆっくり旋回を始める。
逃げる気だった。
レンは即座に銃を構える。
だが、その時。
ミアが袖を引いた。
「エルちゃん」
「……なに」
「配信」
「あ」
忘れてた。
レンは恐る恐る画面を見る。
視聴者数。
二千三百万人。
過去最大。
コメント欄は今も高速で流れている。
《エルちゃん!!》
《ナイス勝利!!》
《伝説回すぎる》
《これ無料で見ていいの!?》
「うわぁ……」
レンは遠い目をした。
完全に終わった。
もう色々隠し切れない。
だが。
不思議と嫌ではなかった。
「……まぁ、いっか」
レンは小さく息を吐く。
そして。
配信カメラへ向かって、ぎこちなく手を振った。
「えー……その」
コメント欄、爆速加速。
《きたああああ!!》
《エルちゃん!!》
《かわいい》
レンは少しだけ視線を逸らす。
「今日は……ありがと」
一瞬、静かになるコメント欄。
次の瞬間。
《うおおおおおお!!》
《こちらこそ!!》
《泣く!!》
《好きだぁぁぁ!!》
レンは耳まで赤くなった。
「うるさ……」
だが。
その口元は、少しだけ笑っていた。
そして。
その配信終了直後。
世界中へ、一つのニュース速報が流れる。
【速報】
【白雪エル、登録者数五千万人突破】
ネオ・トーキョーの夜空に、歓声が響いていた。




