第10話 死神は、配信を切れない
警報が鳴り響いていた。
ネオ・トーキョー全域。
高層ビル群の壁面モニターが、一斉に赤へ切り替わる。
【危険戦闘領域指定】
【一般市民は直ちに避難してください】
空を覆う巨大輸送機。
その腹部ハッチから吊り下げられた無数の黒い機影。
“グリムリーパー”。
アーク・ヘリオス社が誇る対死神殲滅兵装。
そして中央に立つ異形。
漆黒装甲。
四本腕。
背部粒子砲。
“グリムリーパー・ゼロ”。
それを見上げた瞬間、レンは理解した。
(ああ、これ)
(完全に殺しに来てるな)
しかも、自分だけではない。
街ごとだ。
アルトマンは昔からそういう男だった。
目的達成のためなら被害は誤差。
感情はノイズ。
効率こそ正義。
『レン』
輸送機のスピーカーから声が響く。
『お前は勘違いしている』
静かな声だった。
だが、それが逆に冷たい。
『お前は自由になれたわけじゃない』
レンは黙って聞いていた。
『VTuber? 配信者?』
アルトマンが薄く笑う気配。
『そんなものは仮面だ。お前は戦場でしか生きられない』
その瞬間。
レンの脳裏に過去が蘇る。
血。
硝煙。
崩れる建物。
任務、任務、任務。
眠る時間もない。
感情は不要。
“死神”は兵器だから。
「……うるさい」
レンはぽつりと呟いた。
『現実を見ろ』
「うるさいって言ってんだろ」
声が低くなる。
空気が張り詰める。
隣で、ミアが小さく息を呑んだ。
レンの目。
そこに宿る光が、今までと違っていた。
◇
その時だった。
ピコン。
場違いな通知音が鳴る。
レンは反射的にスマホを見る。
【白雪エル 配信開始】
「……は?」
数秒、思考停止。
そして理解する。
「間違えた」
さっき武器を取る時、配信ボタンを押していた。
「終わった」
一気に血の気が引く。
だが時すでに遅し。
《うおおおおおおお!!》
《ゲリラ配信!?》
《待って何この状況!?》
《空にラスボスいるんだけど!?》
《映画!?》
視聴者数が異常な速度で増えていく。
十万。
五十万。
百万。
数十秒で三百万突破。
「切れ切れ切れ切れ……!」
レンは慌てて操作する。
だが。
【ERROR】
【外部アクセスにより制限されています】
「……あいつ」
アルトマンの笑い声が響いた。
『せっかくだ。世界中に見せてやろう』
嫌な予感しかしない。
『“死神”が、どれほど美しい兵器かをな』
「っ――!」
次の瞬間。
グリムリーパー部隊、全機起動。
空が裂ける。
ミサイル一斉発射。
「エルちゃん!」
ミアの声。
レンは即座に動いた。
地面を蹴る。
爆風が街路を吹き飛ばす。
空中回転。
拳銃連射。
飛来するミサイルを撃ち抜く。
火花が夜空へ散った。
《やばいやばいやばい》
《動き見えねぇ!!》
《これマジで生配信!?》
《エルちゃん逃げて!!》
コメント欄が滝みたいに流れていく。
だがレンには見る余裕などない。
グリムリーパーが降下する。
大型機。
高火力。
高機動。
前回の試作機とは比べ物にならない。
『戦闘データ更新完了』
機械音声。
『対象の回避傾向を修正』
「学習型かよ……!」
ビームが頬を掠める。
熱い。
速い。
正確すぎる。
完全に、“レンを殺すためだけ”に調整されていた。
◇
その時。
配信コメント欄の空気が変わった。
《待って》
《これ演出じゃない》
《エルちゃん、一人で戦ってるの?》
《軍隊相手に……?》
気づき始めていた。
視聴者たちが。
これはエンタメじゃない。
本物の戦場だと。
レンも、それを感じていた。
(まずいな……)
このままじゃ全部バレる。
“白雪エル”が壊れる。
せっかく手に入れた居場所が終わる。
その瞬間だった。
ミアがレンの腕を掴む。
「エルちゃん」
「下がってろ!」
「違う」
ミアは真っ直ぐレンを見る。
「配信、見て」
「……は?」
レンは一瞬だけ視線をスマホへ向ける。
そこに流れていたのは。
《頑張れ》
《死なないで》
《お願いだから生きて》
《まだ配信見たい》
レンの思考が止まる。
昔、自分にそんな言葉を向ける人間はいなかった。
任務では、生き残って当然。
壊れて当然。
死んだら次。
それだけだった。
なのに今は。
世界中が、自分に「生きろ」と言っている。
「……なんだよ、それ」
喉が少し掠れた。
理解できなかった。
でも。
胸の奥が、少しだけ熱かった。
◇
『感情ノイズ確認』
アルトマンの声が冷たく響く。
『やはり不要だな』
その瞬間。
“ゼロ”が動いた。
消えたように見えた。
次の瞬間には、レンの眼前。
「っ!!」
四本腕による連撃。
速い。
今までの敵とは次元が違う。
レンはギリギリで回避する。
だが。
避け切れない。
衝撃。
レンの身体が吹き飛んだ。
「エルちゃん!!」
道路を転がる。
血が滲む。
視界が揺れる。
《え》
《待って》
《嘘だろ》
《死神が押されてる……?》
コメント欄から余裕が消えた。
“死神”が押されている。
それがどれだけ異常か、誰にでもわかった。
『証明してやる』
アルトマンの声。
『お前は戦場から逃げられない』
ゼロが、ゆっくりレンへ歩く。
処刑人みたいに。
レンは立ち上がろうとして――止まった。
視界の端。
落ちたスマホ画面。
そこには、自分の配信が映っている。
《白雪エルがんばれ》
《負けるな》
《帰ってこい》
《待ってるから》
レンは数秒、それを見つめていた。
やがて。
小さく笑う。
「……ほんと、調子狂う」
血を拭う。
ゆっくり立ち上がる。
ゼロが砲口を向ける。
だがレンは、もうアルトマンを見ていなかった。
視線の先にあるのは。
コメント欄。
待っている誰かたち。
「なぁ、アルトマン」
レンは静かに言った。
「私はもう、“死神”だけじゃないんだよ」
『何?』
レンは口元を吊り上げる。
いつもの配信みたいに。
「登録者数、ナメんな」
次の瞬間。
レンの身体が加速した。
空気が爆ぜる。
誰の目にも映らない速度。
一瞬でゼロの懐へ潜り込む。
『――ッ!?』
四本腕が迎撃に動く。
だが。
レンの方が速い。
拳銃を捨てる。
代わりに抜いたのは、一本のナイフ。
黒い刃。
かつて“死神”が使っていた処刑用ブレード。
「久々だな、お前使うの」
レンは低く呟いた。
ゼロが粒子砲を展開する。
砲口が光る。
だが遅い。
レンは壁を蹴り、空中で回転。
そのまま四本腕の隙間へ滑り込む。
そして。
一閃。
静寂。
数秒遅れて。
ゼロの右腕が落ちた。
『損傷確認――』
「まだ喋るか」
さらに一歩。
レンの瞳から感情が消える。
かつて戦場で恐れられた、“死神”の目だった。
だが。
完全には昔と違う。
配信画面の端。
コメント欄が見える。
《うおおおおお!!》
《エルちゃん!!!》
《かっけぇぇぇぇ!!》
その声が、今のレンを動かしていた。
『……理解不能だ』
アルトマンの声が初めて揺れる。
『なぜそこまで戦える』
レンは笑った。
「決まってんだろ」
次の瞬間。
レンはゼロの胸部装甲へナイフを突き立てた。
火花が散る。
装甲が軋む。
「今日の配信、まだ終わってねぇんだよ!!」
轟音。
ゼロの内部から光が漏れた。
そして――爆発した。




