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3.それぞれの決意(2)


「あっ申し遅れました。私ハンナと申します! 先週から仕えておりまして、アイリス様の担当を任されました」

「ああ、新人さん……でも私と会うのははじめてよね?」

「はい、担当になってすぐアイリス様がお亡くなりになられたため、ご挨拶もできず失礼いたしました」


 カーミラのわがままっぷりと、度を超えた侍女いびりから、公爵邸に仕える侍女はコロコロと変わっていった。長く使えているのは父上の侍従くらいで、私に仕える侍女は短期間で去って行く。最短で一日という女性もいた。


 ――一日で辞めるだなんて前代未聞よね……。


 去っていった侍女たちの中には、幼い頃からお世話になった人たちも多くいた。彼女たちのことを思えば心痛むけれど、魂が違うとはいえ、その原因を作ったのは自分であるということに複雑な気持ちになる。

 ハンナを見る限り、年齢は十代後半くらいで私とは同世代のように見える。まだ社会経験も浅い中、いきなり気難しい悪女の世話係を任されたのは不憫以外の何ものでもない。もちろん、今はわがままなアイリスではないのだけれど。


「実のところ、皆さんから忠告を受けていたんです。アイリス様には気をつけなさい、と」

「……例えば?」

「迂闊にお嬢様の肌に触れるな、鼓膜を汚すな、可能な限り視界に入るなと。さもなければ、命はないとまで」

「それじゃあ世話ができないんじゃ……?」


 カーミラの行動は把握していたとはいえ、裏で侍女たちに言われている言葉は初耳でぎょっとする。


 ――どれだけ怖かったのよ……というかこの子、素直に言いすぎじゃない?


 今目の前にいるのが、カーミラでないことが唯一の救いだ。きっと彼女だったならば、ハンナの舌を切り刻むかもしれない。

 勝手に残酷な描写が思い浮かんで、ぶるりと身体が震える。ハンナは私を見ると慌てたようにティーポットを手に取った。


「もしや寒いですか? 今温かいお茶をお注ぎしますね」

「あ、それ……落としたものだから……」

「はっそうでした! すみません、今お持ちします!」


 ハンナははっとして部屋を出て行く。部屋を出る時に持っていけばいいものの、ティーテーブルの上には、床に落ちたティーカップが半分ほど茶が注がれた状態で放置されていた。


「天然……?」


 カーミラならば苛立って怒鳴り散らしそうだけれど、何だか和んで笑みがこぼれる。

 おかげで沈んだ気持ちがほんの少しだけ浮上した気がした。



 すぐに戻って来たハンナは、新しいティーカップとソーサーを手にしていた。カップだけでよかったのに、と伝えたところ、「そもそもアイリス様に出してはいけない食器だったみたいで……」と事後報告を受け、やはり今ここにいたのがカーミラではなくてよかったと心の底から安堵した。

 淹れてもらった茶をすすりながら、フレデリックの話をする。ハンナは私の話を聞いてそっと声をひそめた。


「婚約解消の話でしたら、侍女たちの間でも話題になっておりました。葬儀の前日にフレデリック様がお見えになりまして……」


 婚約相手が死んだのだから、婚約が解消されるのは当然のこと。せめてあと一日早く生き返っていれば……と「たられば」ばかりを考えてしまう。


「お嬢様はどうされるおつもりなんですか?」

「そうね……」


 フレデリックに拒絶されて、確かに傷ついた。だけど時間が経って冷静になればなるほど、疑問も浮かんできた。どうして今になって……と。

 まずひとつ確信していることがある。フレデリックが私を愛するフリをしていたというのは、嘘であることを。

 言われた瞬間は悲しかったけれど、あの時、見落としていたことがあった。

 フレデリックが私へ気持ちを伝える時、彼は僅かに視線を逸らした。フレデリックは嘘をつくとき、絶対に私の目を見ない。優しい彼らしい癖だ。だからきっと、あの言葉も何か理由があってのはずだと確信していた。


 ――フレデリックは、私に何か隠している……?


 十年以上もの間、カーミラに憑依された私を見捨てることなく愛を伝え続けてくれたのに。彼の心がこんなにも簡単に変わってしまったことが、どうにも信じがたい。

 私を愛していないと言った彼の言葉を信じたくないのはもちろんだけど、それ以上に違和感がある。だからこそ、このまま引き下がりたくはないと心から思った。


「……私はもう一度フレデリックの心を取り戻す。そして、必ずまた婚約するわ」


 たとえ彼に拒まれようとも。彼が私に対して、真っ直ぐに愛を伝えてくれたように、これからは私が伝える番。伝えたかったことは、山ほどあるのだから。

 既に心が決まっていることを示すと、ハンナは「純愛ですね……!」と目をうるうるとさせる。しかしすぐに、不思議そうに小首を傾げた。


「ですが、急にどうされたのですか……? お嬢様にとって、今の状態は好都合のはずなのに」

「好都合って?」

「お嬢様はずっとフレデリック様との婚約解消を望まれていた……と伺っていたので。以前からフレデリック様を毛嫌いされていたんですよね?」

「ああ、それは私じゃなくて――っ!?」

「お嬢様っ?」

「っ、何でもないわ……そんなこともあったわね」


 ハンナたちの記憶は、もちろんカーミラのことだ。思い出すだけで胸が痛いけれど、説明しようにも喉が熱くなるので頷くほかない。

 本当に、彼女が余計なことをしなければすぐにでもフレデリックと結婚できていたと思うと、また悔しさがこみ上げてきた。


「それに、個人的にはこれで心置きなくレイモンド王太子殿下にいけるのでは、と思いまして。余計なお世話でしたら申し訳ございません」

「レイ、モンド……?」


 聞き覚えのある名前に、胸がドクンとなる。

 レイモンドとはまさしく、カーミラが欲しくて欲しくてたまらなかった男の名前だ。

 そして私の身体を使って、何度も何度も彼を誘惑していた。フレデリックという婚約者がいるにもかかわらず。

 きっと今も、私を知る人たちすべてが「アイリスはレイモンドを狙っている」と思っているだろう。フレデリックも例外ではない。


 ――まずは彼をどうにかしないとね。


 まだ彼が好きなのだとフレデリックに誤解されることは避けたいし、何よりも彼には一度謝罪し、今後一切関わらないと誓ったほうがいい。今後の私自身の保身のためにも。


「……明日、彼の元へ向かうわ」


 私はカーミラのかつての想い人を思い浮かべ、ごくりと唾を飲み込んだ。



「アイリス・ハミルトンが生き返った、だと……?」


 侍従から告げられた言葉に、書き物をしていた手が止まる。

 死人が生き返るなど、これまで生きて来て一度も聞いたことはない。死神か、悪魔か、はたまた魔女の仕業とも言えようか。それほどまでに、怪奇的な出来事だ。


「はい。葬儀の途中、棺桶の中から出てきた、とのことで」

「はっ……もはや化け物だな」


 彼女の死は、瞬く間に国中に広がり、不謹慎にも喜ぶ者のほうが多かったと記憶している。公爵令嬢にもかかわらず、葬儀への参列者が少なく、身内のみで慎ましく行われたのだとか。

 それなのに、たった数日で「生き返った」とは。あまりに突飛な出来事に、無意識に乾いた笑みが漏れた。


「……いかがいたしましょうか、レイモンド様」

「何もする必要はない。生き返ったのが事実ならば、どうせ懲りずにまた尋ねて来るだろう。……呪われなきゃいいがな」


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