4.レイモンド・ヴィンザー
翌日、私はレイモンド殿下に会うために王城を訪れていた。目の前にそびえ立つ城門は高く頑丈で、その厳格さに足が竦む。
「そもそも約束もしないで来てよかったのかしら……? いや、普通に駄目よね?」
勢いで来てしまったけれど、ここに来て不安に襲われ右往左往する。すると一緒について来たハンナがカラッした笑顔を浮かべた。
「きっと大丈夫ですよ。お嬢様はレイモンド殿下と会われる際に事前の約束はしたことはなく、いつも無理やり王城へ押し入っていた……と引き継ぎがありましたから」
「ああ…………確かにそうだったわね」
――それ、全然大丈夫じゃないでしょ。どうして今まで罰を受けなかったのか不思議でならないわ……!
カーミラは、あり得ないほどに強引で自分勝手だった。こちらがヒヤヒヤするほどに。
そうでもなければ、一国の王子相手にそんな無礼を働くことはできない。一歩間違えれば、王族への不敬罪として罰を受ける可能性も大いにあるのだから。
「とにかく、早く用事を済ませて帰るわよ」
私は既に帰りたい気持ちをこらえると、王城の中へと踏み込んだ。
長い廊下を進み、とある部屋の前まで案内される。
開いたドアの向こうには、フレデリックの私室の倍近くありそうな部屋があり、奥の執務机にいる人物がぴくりと眉を動かした。
レイモンド・ヴィンザーはエルドリア王国の第一王子であり、カーミラが欲しくて欲しくてたまらなかった男性。
漆黒の黒髪に深紅の瞳、怖いほどに整った容姿は、それだけで人を殴れそうなほど。まさに美の暴力だ。
そして将来国を担う君主らしく、自信に満ち溢れ、男らしい強さを感じられる彼からは、やや怖い印象も受けるが、それを上回る地位と名誉、そして彼自身の魅力に惹かれる女性はごまんといる。カーミラもそんなレイモンド殿下に惹かれ、ものにしたいと思ったのだろう。
――私にとっては、フレデリックのほうが十分魅力的だけれど。
そんなことを考えながら、ドレスの裾をつまむ。
「ご無沙汰しております、レイモンド王太子殿下。本日は突然の訪問、どうかお許しくださいませ」
貴族令嬢と言えど、作法をしっかりと学んだのは七歳の時まで。さらにカーミラは礼儀など学ぼうとしなかったため、高貴な方への挨拶がこれで正しいのか自信がない。
それでもなるべく失礼がないようにと、軽く膝を折ると、小馬鹿にしたような笑みが聞こえていた。
「ご無沙汰、か。一週間も経っていないが」
「っ、失礼いたしました」
「その間に一度死に、生き返ったと聞いた。お前は予想外のことばかりで驚かされる」
レイモンド殿下は私を上から下までじろりと見る。まるで化け物でも見るかのような冷ややかな目だ。そして――
「まるで魔女だな」
とこぼした。
――まさか、憑依に気づいて……?
「それは、どういう……」
「その格好、これから葬儀でも参加するのか?」
「えっ?」
レイモンド殿下に指摘され、今日のドレスを見下ろす。
謝罪に行くのだからなるべく落ち着いたドレスで来ようと思ったのだが、カーミラが買い揃えていたドレスがあまりにも派手で、着られそうになかった。
その中で唯一、喪服用ドレスがあり、それを纏って来たのだ。喪服と言っても、パーティーに出られそうなくらい派手ではあるのだけれど。
これまで奇抜なドレスばかりを好んできたカーミラに比べれば、今日の私はだいぶ地味なのだろう。
「それに先ほどの仰々しい挨拶もだ。お前が俺に敬意を示すなど、ついに狂ったか? 大災害の前触れか」
――やっぱり怪しまれるわよね……。もともと狂ってたと思うけれど。そんな不謹慎なこと、言わなくてもいいのに。
念のため魔女に憑依された事実を伝えようとしてみたけれど、やはり口にはできず。私は心を入れ替えたことにして突き通すことに決めた。
「一度死に、これまでの自分を顧みました。王族であるレイモンド殿下への数々の無礼、心よりお詫び申し上げます。このアイリス・ハミルトン、公爵家の名にかけて、これからは心を入れ替えます」
「ほう……いい心がけだな。今度は一体どんな素晴らしいことを考えているのやら」
「素晴らしいことだなんて、とんでもない。本当に今日はただ殿下に謝罪へ伺っただけなので。それから今後の決意についてもお伝えしたく」
「今後の決意?」
「まず、重ねてになりますが、これまでたくさんのご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。一方的に好意を押し付けたこと、深く反省しております」
考えてきた謝罪の言葉に、レイモンドが眉をしかめる。
一度では信じてもらえないかもしれないけれど、ちゃんと言わなければ。
「ですが、それももう二度と致しません。公式な場で以外、殿下の目の前に姿を現すのは今日限りにいたします」
「……お前、何を企んでいる?」
「何も。先ほども申し上げましたが、一度死んで心を入れ替えたのです。これからは他人に、自分にも恥じない生き方をし、長生きしようと」
人格が入れ替わったとは言えないので、真摯に気持ちを伝える。けれども、レイモンド殿下はまだ納得がいかないようだった。
「信じられないな、お前の言葉は」
「今すぐ信じてもらおうとは思っておりません。これからの行動で判断いただければ。少なくとも私はもう殿下のことを微塵もお慕いしてはおりませんので、ご安心ください」
「は……」
きっぱりと自信満々に告げると、ずっと鋭かったレイモンドの目がまん丸になる。
「これからは他人を思いやる心を忘れずに生きていく所存です。そして、周りの……私を想ってくれた相手に、誠意を持って接していきます。殿下もどうかお幸せに」
にこりと告げて、踵を返す。
私はレイモンド殿下に引き留められることなく、部屋を後にした。
――言った……ついに言ったわよ! 失礼なことは、言ってないわよね……?
部屋を出た後、長い廊下を歩きながら興奮した気持ちを抑える。
ずっともどかしかった。好きでもない、さらに私のことを嫌っているレイモンド殿下に一方的に気持ちを押し付けることが。だから今、やっと想いを伝えられて解放的な気分だった。
レイモンド殿下の様子から、完全に信用はしきっていないようだったけれど、目先の問題はひとつ解決したはず。あとは時間が解決するはずだ。
今後はフレデリックとの仲を復活させるために尽力しようと頭の中で計画を捻りだしていると、廊下の奥に見覚えのある人物が見えた。
――あれは……。
「フレデリック……?」
「アイリス……」
昨日の今日で、まさかこんなところで会うだなんて。フレデリックも無視はできないと思ったのか、私の目の前で足を止めた。
「……昨日ぶりだね」
「あ、うん……フレデリックはどうしてここに? あっ、もしかしてレイモンド殿下に用があって?」
「ああ、業務報告に」
レイモンド殿下とフレデリックは学院時代の同級生で、仲が良かった。身分も関係なくお互いに愛称で呼び合うほどに。
そして今、フレデリックは王立騎士団に所属しており、レイモンド殿下に忠誠を誓う身。だから、こうして城の中で会うのも不自然ではなかった。
昨日の今日で会えたのは嬉しい。だけど――
――もう少し笑顔、見せてくれたっていいのに……。
私が知るフレデリックは、あんなにも優しくてあたたかかったのに、今はどこか他人行儀な返事に胸が痛む。まるで、私との会話を早く終わらせようとしているみたいに。
せめて、一言でも二言でも会話ができないかと悩んでいると、フレデリックがぼそりと呟いた。
「……君はまた、レイに会いに来たのか」
フレデリックがレイモンド殿下の名を呼び、どこか寂しそうな顔をする。まるで、私がレイモンド殿下に会いに行くのが嫌だと言っているような瞳に勘違いしそうになる。
私はぐっと気持ちを答えると、今日王城へ来た理由を説明した。
「レイモンド殿下に会いに来たのは本当だけど、今日来たのは私の気持ちを伝えるためなの」
「アイリスの気持ち?」
「これまで一方的に好意を押し付けてきたこと、どうしても謝りたくて。それから、レイモンド殿下のことはもうお慕いしていないから、今後関わることはないと伝えたの」
「……どうして、いまさら」
「昨日伝えたでしょう? 私は、貴方を想っているの。だからこれからは目移りしないで、フレデリックにだけ想いを伝えられたらって」
笑顔で伝えるけれど、フレデリックは苦しげな表情で視線を落とす。
その表情から、彼の感情はまったく読み取れなかった。
「フレデリック……?」
「――そんなことをしても無駄だよ。俺の気持ちは昨日伝えた通りだから」
「あっ……」
フレデリックが私の横を通り過ぎていく。その後ろ姿は完全に私を拒んでいて、何も声をかけることができなかった。
――前途多難ね……。
遠ざかっていく愛しい人の後ろ姿を見ながら、人知れずため息をつく。
私はフレデリックの姿が完全に見えなくなった後で、その場から立ち去った。




