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元平民の男爵令嬢が全力で王子を籠絡しようとしたはずが、なぜか恋のキューピッドになりました  作者: みさくらみかん


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 それからはミネリアはこれまでにも増して気合を入れてクリストフとの交流を重ねた。


 高位貴族の講義棟に頻繁に立ち入ってクリストフに声をかけ続けることで、突き刺すような視線を感じることが多くなってきた。それでもミネリアはそんな視線に気が付かないふりをしてクリストフに声をかける。

  

「あっ、クリストフ殿下ぁ。今日の講義はおしまいですかぁ? よかったらミネリアとお話しましょ〜?」 

「やぁ、ミネリア嬢。今日も僕に会いに来てくれたのかい?」

「もちろんですぅ! こっちかなぁ〜? って思ったところに行くといつも殿下がいらっしゃるんですよぅ、運命ですねっ」

 軽く握った両手を顎にあて、上目遣いでクリストフをじっと見つめる。

 

 クリストフの周囲にいる女の子たちとの差別化を図るためにぶりっこ度合いをどんどん上昇させていった結果、クリストフの好みだという可憐な少女を飛び越えてしまっている感は否めないが、周りが引いてクリストフとの会話時間をしっかり確保できるようになったのでミネリアはこれで良しとしている。

 

「ふふっ、ミネリア嬢はいつも面白くて可愛いね」

「ええ〜〜!? 可愛いだなんてぇ! ミネリアとっても嬉しいですぅ〜〜」



 

***



  

 翌日、進捗報告のために食堂の個室に入ったミネリアを迎えたのは、いつもとは少し違う困惑したような目のレティーシャだった。


「ミネリア様、その……昨日、放課後にクリストフとあなたが話しているところを見てしまったのだけれど……あの、あれは演技なのよね……?」

「演技です」

 

 困惑を極めるレティーシャの問いにミネリアははっきりと言い切った。異性の前では素でああいう態度を取るのだと解釈されるのはちょっと嫌だった。

 

「そ、そう……よかったわ……」

 ミネリアとの関係を秘密にするためになるべく人前での接触を避けているレティーシャだが、学友に「あなたの婚約者に身分の低い女が付きまとっている」と報告され、ミネリアの様子を見に来ざるを得なかったらしい。ミネリアの演技に唖然として、注意するには至らなかったが。

 

「クリストフはああいうのがいいのかしら……仲睦まじく見えたわ……」

「あらあら。淑女の仮面が剥がれてますわよ、レティ」

 眉間にしわを寄せてぶつぶつと悩むレティーシャを見てマールはくすくすと笑う。

 

「だって、だって、マールも見たでしょう……!? 私、さすがにあんな……あんなこと……」

 レティーシャは赤くなったり青くなったり忙しい。対してマールは微笑ましいものを見るように相手している。

 

「ふふ、そこまでじゃなくても、もう少し素直になってみたら?」

「いやよ!! なんであんな浮気者に私が歩み寄らないといけないの! もう……! 私、お先に失礼いたしますわ!」 


 レティーシャは目に涙を浮かべ、怒りに身を任せるように部屋を出ていった。

 その後をマールが追いかけていく。ミネリアに「ごめんなさいね、ミネリア様はゆっくりしていって」と言葉を残して。

 

 部屋には少ししか手を付けられていない料理とミリアナだけが残された。


 ミネリアは少しの間どうするか悩んだ後、美味しい料理をゆっくりと味わって、たらふく食べてから退室した。

 

 個室を出た後はしょんぼりとうつむいて、落ち込んでいるように周りに見せながら寮へと戻る。今日の午後の講義はサボることに決めた。

 

 怒って去るレティーシャと落ち込むミネリアの両者を見た人は、これでレティーシャがミネリアに婚約者のことで忠告したのだと思うだろう。ミネリアは今日の午後は寮でしくしく泣いて過ごしているのだと。


 


***

  


 

 ミネリアが寮の自室で楽しくだらだらと過ごして夕刻を迎えた頃、寮母が部屋にやってきた。ミネリアに荷物が届いたのだという。両手に収まる大きさの荷物には、レティーシャの家紋の封蝋が施されていた。


 開封すると、中には手紙とシルクのリボンが入っていた。白地のリボンには細やかな刺繍が施されていて、とても美しい。

 

 ミネリアはひとまずリボンは横に置いておき、手紙を読むことにした。手紙はやはりレティーシャからで、流麗な字で、さきほど取り乱したことへの謝罪と、依頼は継続してほしいことが書かれていた。ミネリアは微笑みながら次にリボンを手に取る。

 

 (刺繍の品が貴族の贈り物の定番ってこの前おっしゃっていたけれど……もしかしてこれ、レティーシャ様の手作り……?)


 ミネリアでもわかるくらいに上質のシルク地に 、ゆがみひとつない美しい刺繍。身につけて自慢したくなるような品だけれど、ミネリアには分不相応で色々と周りに邪推されるかもしれない。汚されたり傷つけられたりしては嫌なので、ミネリアはくまの首にリボンをつけることにした。


 

 

***


 


 翌日の放課後、ミネリアはこれまで通りクリストフに会いに行った。ミネリアがクリストフを見つけて声をかけようとしたところで、先にクリストフがミネリアに微笑みかける。

「やあ、ミネリア嬢」

「ごきげんようですぅ! クリストフ殿下から声をかけてくださるなんてうれしぃ〜〜!」

「今日も元気で可愛いね。会いたかったよ」

「やだぁ! どうしたんですか、でんかぁ〜いつもより情熱的でミネリアくらくらしちゃう!」


 いつもはミネリア含め女の子たちに愛想よく接しながらも案外一線を引いて対応しているクリストフが今日はやたらと甘い言葉をかけてくる。

ミネリアは内心動揺しながらもそれを態度には出さずにぶりっこを続ける。


「そうかな? ミネリア嬢が情熱的だから影響されたのかもしれないね」

「えぇ〜〜?? ミネリアのめろめろ魔法が効いちゃったってことですかぁ〜〜?」


 ミネリアが頬に両手を当ててくねくねしていると、クリストフが抱きしめるような距離まで近づいてきた。そして、ミネリアの耳元で囁く。


 

「明日の放課後、最初に出会った場所で」

 

 ミネリアは至近距離でクリストフと目を合わせ、にっこりと微笑んで返事の代わりにした。

「じゃあでんかぁ、ミネリアは殿下のお気持ちを受け取って胸がい〜っぱいなので、このへんで失礼しますぅ」


 目をうるませ、赤い顔を両手で隠しながらミネリアは撤退した。

 

 ミネリアには想い人がいるから気持ちがぐらついたりはしないけれど、美しい顔が恋人のような距離まで近づいてきてはさすがに冷静に演技を続けるのは困難だ。予定より交わした会話は少ないけれど、ミネリアは逃走を選んだ。


 



  

*** 



 ミネリアはクリストフと最初に出会った古い噴水を目指していた。クリストフがどういうつもりかはわからないけれど、ようやく2人きりで過ごせるのだ。ミネリアはやる気に満ちあふれていた。


 ミネリアが枯れた噴水に着くと、クリストフはもうすでに到着していた。最初と同じように本を読んでいるようだ。


「クリストフ殿下ぁ!」

 ミネリアが駆け寄ってにっこり微笑むと、クリストフはゆったりした動作で本を閉じた。ミネリアはこっそりと栞を確認する。

 (私の贈った栞じゃない……。羊皮紙? の栞……)


「やぁ、ミネリア嬢。来てくれてありがとう」

「とんでもないですぅ! ミネリア、殿下とふたりきりで過ごせてうれしぃ〜〜」

 ミネリアはえへへ〜っと言いながらクリストフの隣に座る。許可を得る前に座ったが、クリストフは穏やかに微笑んだままで変わらない。

 

「今日はね、ミネリア嬢に聞きたいことがあってね」

「なんでしょう〜? ミネリア、なんでも答えちゃいますよぅ」

「僕の婚約者——レティーシャからなにか言われたかい? 食堂で怒るレティーシャと泣く君を見たという噂を聞いてね、心配だったんだ」


 ああ、なるほど、それで呼び出したのね。とミネリアは納得した。そしてどう答えるか一瞬悩んで、ミネリアはしらばっくれることにした。


「ええ〜〜〜? ミネリア、確かにレティーシャさまに誘われてごはんはご一緒しましたけど〜〜、何にもなかったですよぅ。楽しくお話しただけですぅ!」


 ミネリアの言葉をクリストフは信じたのかどうか、クリストフは苦笑している。


「なにもなかったのならいいんだけれど……。もし何か言われたら教えてね」

「はい、約束しますぅ!」

「用事はそれだけだよ。ごめんね、こんなところまで来させちゃって」

「いえいえ〜ミネリアは殿下とふたりきりでお話できてとっても嬉しいので気にしないでください〜。……………それよりぃ、教えてほしいのですけれどぉ、この栞ってどなたかからの贈り物ですかぁ?」

 ミネリアがじっとりとクリストフを見つめると、クリストフは少し気まずげに目をそらした。


「君からもらったものは、なくしたくないから部屋に飾ってあるんだ」

「この栞は誰からのですかぁ〜〜?」

答えをはぐらかそうとするクリストフにミネリアは笑顔で詰め寄る。しばらくすると、観念したようにクリストフは話し始めた。


「これはね、大切な人に幼い頃にもらったものなんだ。昔は僕は病弱でね、外にはほとんど出れずに部屋の中で本を読むばかりだったんだけど、その人が外で綺麗に咲いている花を摘んで押し花にして、こういう栞にしてよく贈ってくれたんだよ」

「大事な思い出の品だったんですねぇ」

 ミネリアがしみじみとそう言ったことでクリストフは安心したのか、栞を取り出して見せてくれた。

 紫の花を押し花にした羊皮紙の栞は、コーティングのワックスが時を経て飴色に変化していて、ずっとクリストフが大切にしていたことがわかる。


 ミネリアは察した。これはレティーシャがクリストフに贈ったものに違いない。

 つまり、クリストフの言う大切な人とはレティーシャのことだ。


「これってレティーシャ様がお贈りになられたものですよね。大切な人ってレティーシャ様ですよね」

 ミネリアはすんっと真顔になってクリストフに詰め寄った。


「………………うん。よくわかったね」

「……レティーシャ様が、クリストフ殿下がお使いの栞はなにか、ずっと気にされていたんですよ」


 ミネリアは自分がレティーシャから依頼されてクリストフに近づいたのだということを話した。クリストフは驚きで目をぱちくりさせながらミネリアの話を聞いていたが、すべてを聞き終えて、どこか嬉しそうな、悲しそうな、複雑な表情をしている。

 

「もうレティは僕に興味がないのかと思っていた……。だから、こんな風に今のレティとは違うタイプの子と仲良くしたら気を引けるんじゃないかと…………ばかだな、僕は」

 うなだれるクリストフを見てミネリアは背中をばしっと叩きたくなったが、ぐっとこらえる。


「殿下、レティーシャ様と一度しっかり話し合いましょう。今おっしゃったことをレティーシャ様に伝えて、ごめんなさいってすればきっと許してくれます」

「どんな顔で、いまさら……」

「じゃあお手紙書きましょう! 私が渡しますから! ね!」

 

 しばらくうじうじしていたクリストフだが、最終的にはミネリアの説得に頷いた。3日後の放課後に書いた手紙をここで渡すと約束して、2人は別れた。

 

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