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元平民の男爵令嬢が全力で王子を籠絡しようとしたはずが、なぜか恋のキューピッドになりました  作者: みさくらみかん


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 翌日のランチもレティーシャに呼び出されていたミネリアは、食堂の個室へと向かう。今日は昨日のクリストフとの接触についての報告をするのだ。成功したので、一昨日の呼び出しよりはずいぶんと気が楽だった。


 緊張とマナーへの意識からやはりいまいち味のしない豪華なランチを食べ終えて、ミネリアはレティーシャに昨日のことを詳しく報告する。

 

「——というわけで、最初の接触としては悪くない印象を与えられたかと存じます。次は助けてくださったことへのお礼という名目で接触しようかと考えているのですが、いかがでしょうか」

「そうね。じゃあお礼の品を準備しましょう。何がいいかしら」

 レティーシャが隣のマールに話を振る。


「定番の品としては刺繍のハンカチだけれど……。ミネリア様、刺繍の腕はいかが?」

 レティーシャは当然できるでしょう? と不思議そうな顔をしている。対してマールは気遣わしげな表情をミネリアに向けた。

 

「あの、えっと、すみません……。繕いものはなんとかできるのですけれど……刺繍はあまり経験がなく苦手で……」

 平民の頃には服のサイズを直したり、空いた穴を塞いだり、そういうことは最低限できたけれどあまり得意ではなかったし、養女となってからも淑女教育として刺繍は一応教わったけれど人に見せられるほどには上達しなかった。ミネリアの出来の悪さにいらつく教育係と鞭の痛みを思い出してミネリアは手元に視線を落とす。


「あら。そうなの。平民って刺繍の贈り物はしないのね」

「平民にとって刺繍糸は高級なのだそうですよ」

 レティーシャは新しいことを知ったわ、という程度の反応で特に落胆した様子はなくミネリアはほっとした。

 

 じゃあどうしようかしら、と話し合って、最終的に栞を贈ることになった。男爵家の娘でも買えるような安価なものをレティーシャたちが選んでミネリアに渡し、ミネリアがクリストフに渡す。次はそういう計画だ。

 

「じゃあ、栞を見繕ったらまた連絡するわ」

 レティーシャは満足げに微笑んだ。



***

 

 

 数日後、またレティーシャの呼び出しを受けてランチをともにする。数日ぶり三度目の豪華ランチとなれば、さすがにミネリアも少しおいしいと感じる余裕が出てきた。


 多少粗相しても怒られることはないし、ミネリアが食べ方に戸惑うとレティーシャやマールが教えてくれる。教育係にじっと監視されながら取る食事よりもよっぽど穏やかで安心感があった。


「これをクリストフに渡してちょうだい」

 レティーシャから受け取った箱の中には緻密な花の模様が彫られた金属製の栞が入っていた。

「わぁ……きれい。準備していただいてありがとうございます。これをクリストフ殿下にお渡ししますね」

 ミネリアが中身を確認した後、マールが箱にリボンを結んでまたミネリアに手渡した。

 

 栞を受け取ったので用事が済んだと思ってミネリアは退室の挨拶をしようとしたが、レティーシャがなにかを言いたそうにしているのに気が付き、こてりと首を傾げる。

 

「……ねぇ、ミネリア様」

「はい、いかがいたしましたか」

 いつもはミネリアをまっすぐ見つめる菫色の目が空を彷徨っている。


「もし確認できたらでいいのだけれど、あの男が今使っている栞がわかったら教えてちょうだい」

「……? はい、かしこまりました」

 

 ミネリアにはレティーシャの目的がわからなかったけれど、詮索できるような関係ではない。

 また首尾を報告いたしますね、と深く礼して退室した。


 午後の講義が終わってすぐ、ミネリアはさっそくクリストフを探すことにした。贈り物をうっかり汚したり破損させたりしてしまう前に渡したい。

 

 ミネリアは高位貴族の講義を行う教室を目指して歩く。教室に入る勇気はさすがにないが、廊下で出会えたらラッキーだ。

 

 しばらく歩くと、曲がり角の向こうからきゃあきゃあと女の子たちが甘えるような声が聞こえてきた。もしかして、とちらりと角の向こうを覗き込む。そこには5人の女の子に囲まれたクリストフがいた。

 

 どの子も可憐という言葉がぴったりな、細くて弱くて守ってあげたくなるような見た目の女の子たちだ。クリストフはその子達に囲まれて、なにやら楽しそうに話している。

 

 (今はちょっとプレゼントを渡すのは無理かな……。出直すしかないか)

 

 せっかくクリストフ殿下を見つけられたのに残念だなぁと思いながら、ミネリアはその場を離れようとする。

 その瞬間、クリストフとミネリアの目が合った。

 

 あ……と思わず後ずさるミネリアを見て、クリストフは女の子たちに別れを告げてミネリアの元までやってきた。

 

「やあ、ミネリア嬢。なにかお困りかな」

「あっ、ええっと、その、そうではなくてぇ……。……あのぅ、この前助けていただいたお礼を持ってきたんですぅ」

 そう言ってミネリアはもじもじしながらクリストフに小さな箱を差し出す。

 

「お礼なんていいのに。ありがとう」

 麗しのスマイルを向けられて、ミネリアはえへへと笑った。

 クリストフはその場でリボンを解き、中を確認する。

「素敵な栞だね。ありがとう、大切に使わせてもらうよ」

「気に入ってもらえてよかったですぅ」


 ミネリアは照れたように両手を頬に当てて微笑んだ。クリストフごしに廊下の向こうを見ると、さっきまで甘い顔をしていた女の子たちが面白くなさそうな表情でじっとこちらを見ている。

 

(ここにいるってことはあの子達も高位貴族だよね、たぶん。こっわ……。そろそろ逃げよう)


「じゃあ、お話し中お邪魔しましたぁ」

 ミネリアはクリストフに礼をして、慌ててその場を離れた。


 

***



「はぁ〜〜〜〜」

 

 そのまま大急ぎで寮まで帰ったミネリアは自室のソファにだらりともたれかかってため息をついた。このまますべてを放棄して寝てしまいたいけれど、今日はそういうわけにはいかない。父親に学園生活を報告する手紙を書かなければいけないのだ。


 くまのぬいぐるみをしばらくぎゅうっと抱きしめてやる気を充電した後、ミネリアは机に向かった。


 週に一度と定められたその手紙に、ミネリアは今まで他の学生の話題を書いたことはなかった。 平民出身のミネリアは低位貴族の子息令嬢中でも浮いていて、嫌がらせこそされることはなかったけれど、親しくしてくれる人もいなかったからだ。

 

 (本当はレティーシャ様のこととか、クリストフ殿下のことも書くべきなんだろうけど……書きたくないな)

 

 しばらく手紙の内容を悩んでいたミネリアは真実を書かないことに決めて、前回までと変わらない内容の手紙を書き上げた。


 眉間にしわを寄せながら父親への手紙を書いたミネリアは、表情をゆるめて新しい便箋を取り出した。

 

(ママやジルに手紙が出せるなんて……うれしい)


 これまで、父親の監視の目があって手紙を送りたくても送ることができなかった。レティーシャが今回こっそりと手紙を届ける手配をしてくれるということで、ミネリアは歓喜の中なにを書こうか真剣に悩んでいる。


 (ママ、お元気ですか。私が急にいなくなって、食堂は続けられてる? また腰を痛めてない? 貴族の学園に入学して、親切な人が手紙を届けてくれるってなったからようやく手紙が出せました。優しい人もいるもんだね。そうそう、学園のごはんが美味しくて、レシピを聞いたよ。参考にしてね。アレンジしたら、食堂のメニューで使えるかも! 貴族のお勉強は大変だけど、私は元気にしてるから心配しないでね。ジルへの手紙も入れておくから、会ったら渡してね、おねがい!)

 

 ミネリアは平民に戻れるかもしれないということは伏せて手紙を書いた。だって、もし失敗したら希望を持たせてまた悲しませることになってしまう。

 

 続いてジルへも手紙を書こうとしたけれど、なにを書くかなかなか決まらない。ずっと好きだったということも、平民に戻ったら一緒にいたいのだということも、この手紙には書くわけにはいかないし、そんな勇気も出なかった。

 

 結局、『くまのぬいぐるみを支えになんとか頑張ってる』と一言だけ書いて手紙に封をした。


 ミネリアは平民の頃、母とふたりで食堂を営んでいた。ジルは幼馴染で、近所の肉屋の次男だ。ミネリアの2つ年上の彼は家業の手伝いで良く食堂に配達に来ていて、ミネリアは小さい頃から兄のように慕っていた。その敬愛が恋愛感情に変わったのはいつのことだかもうわからないくらい、ミネリアはずっと彼のことが好きだった。

 

 父親に攫われてからずっと諦めていたけれど、希望の光が灯ったことで切ない気持ちがとめどなく出てくる。

 

 (元気かな、会いたいなあ……)

 

 寂しさを紛らわすようにくまのぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめて、ミネリアは静かに涙をこぼした。

次は夜20時くらいに投稿します

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