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元平民の男爵令嬢が全力で王子を籠絡しようとしたはずが、なぜか恋のキューピッドになりました  作者: みさくらみかん


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長編がなかなか書き上がらないので息抜きにナーロッパ学園物の短編を書こう〜と思ったら2万字になったので6話に分けて投稿します

「ミネリア様、よろしれば昼食をご一緒いたしませんこと?」

 王立貴族学園の廊下でミネリアにそう声をかけてきたのは、公爵令嬢のレティーシャだった。


 ミネリアとしてはできれば公爵令嬢とのお食事なんて拒否したかったけれど、爵位の差がそれを許さない。約3ヶ月の突貫淑女教育を成果を駆使して微笑み、「ええ、ぜひ。レティーシャ様にお誘いいただけるなんて光栄ですわ」と絞り出した。




***



 レティーシャとその友人のマールは食事が終わるまで本題を切り出す気はないらしかった。

 

 どこそこの劇場でやっている劇が面白かっただとか、最近できた会員制のカフェという場所で提供されるスイーツが意外とおいしいだとか、他愛のない会話をしてうふふと笑い合いながら和やかに過ごす。


 表面上は穏やかながら、ミネリアの内心はちっとも穏やかではなかった。雑談をやり過ごしつつ、いつもより豪華なはずなのに味のしない料理を口に押し込み、ミネリアは頭を必死に働かせる。

 

 いったい公爵令嬢が男爵令嬢——しかも平民から養女になったばかりの私になんの用だろう? 

 レティーシャ様もマール様も高位貴族だからこれまで全然縁がなくて初対面だし、なにか粗相をしたってわけじゃないと思うけれど……。


 半年前にミネリアの前に突然現れて父親を名乗った男——バローナ男爵はミネリアをこの学園に放り込む時に高位貴族との縁を作ってこいと言った。だから、これはお近づきになるチャンスなのかもしれない……けれど、ミネリア自身には野心なんてないのでこの場をいかに無事にやり過ごすかしか考えられなかった。



 繊細な飾り付けを施されたデザートを食べ終えた後、とうとうレティーシャは本題を切り出した。


「ミネリア様、あなたにお願いがあるの。あなたにとっても悪い話じゃないと思うわ」

 レティーシャはそう言いながら紫の瞳を細めて笑みを浮かべる。


 こんなところでお話がある時点で悪い予感しかしないわ、と言う本音は心の奥にしまいこんで、なんでございましょう、とミネリアはにこやかに応じた。


「わたくしの婚約者のことはご存じかしら」

 そう問いかけられてミネリアはこくりと頷く。

「第一王子のクリストフ殿下ですよね」


 優秀だけれど女たらしだと評判の王子様だ。透き通るように輝く金の髪と海のような青い瞳の甘い顔の美形でうっとりする女の子は多いけれど、ミネリアとしては婚約者がいるのに不誠実だなぁとあまりいい印象は抱いていなかった。


「そう。あの女にだらしのないクリストフですわ」

 レティーシャは眉間にしわを寄せ、忌々しさをあらわにそう告げた。まあ婚約者が他の女の子たちと仲良くしているんだから仕方ないよね、とミネリアは思う。


「ミネリア様。あなたにはあのクリストフを誘惑してもらいたいの」

「……え?」

「クリストフを落としてちょうだい。そして、そのあとこっぴどく振ってほしいの。あの男は一度痛い目を見るべきなのよ」

  

 聞き間違いかな? とミネリアは思わず聞き返したけれど、聞き間違えたわけではなかったらしい。


「……不誠実な婚約者を懲らしめたいというわけですね。でも、どうして私に?」

 レティーシャとミネリアはこれが初対面だ。クリストフ殿下とももちろんミネリアは言葉を交わしたことはない。遠目で見たことがあるくらいだ。ミネリアには自分が選ばれる理由がさっぱりわからなかった。


「あなたがあの男の好みの容姿をしていて、貴族のしがらみが薄くて、私があなたの願いを叶えられそうだからよ」

 こんなぴったりな人材なかなかいないと思いませんこと? とレティーシャは優雅な笑みを浮かべた。


「わたくしの、ねがい………?」

「あなた、平民に戻りたいのでしょう? あなたのことを調べた時に、バローナ卿があなたを強引に養女にして自分が成り上がるための手段として使おうとしていると聞いたわ」

「へ、平民に戻れるのですか…!?」


 ミネリアは思わず立ち上がって大きな声を出してしまった。あ、と無作法に気がついて口を押さえてもう一度座る。けれど、レティーシャもマールもミネリアの無作法を気にした様子はなく、レティーシャは満足そうに笑みを浮かべている。


「ぜひ、ぜひ、やらせてください……! 私、どんなことでもやります!」




***

 


 翌日、ミネリアはレティーシャに渡された地図を片手に学園内をひとりで歩いていた。

 

 (ほんとにこんなところに殿下がいるのかな……?)


 貴族学園の敷地は広大で、入学して2ヶ月のミネリアには知らないところが多い。それを利用して、クリストフが最近よく一人で現れる場所に偶然迷い込んだふりをして接触せよ、というのが今回レティーシャからミネリアに下されたミッションだった。


 講義棟を離れ、騎士科の訓練施設を通り過ぎてしばらく歩くと人気がなく整備があまりされていない庭園のような場所に出た。かつて噴水だったと思しきものは枯れ果てている。そのような状態の噴水の縁に、クリストフは腰掛けて本を読んでいるようだった。


 (ほ、ほんとにいた……)

 ミネリアが内心狼狽えていると、草を踏む音で侵入者に気づいたクリストフが振り向く。


「おや。こんなところに人が来るだなんて思わなかった。どうしたのかな?」

 クリストフは侵入者に一瞬驚いた顔を見せるも、すぐに優しげな笑みを浮かべてミネリアに問いかけた。神々しい金色の髪が陽の光を受けて輝く。


 ミネリアは一瞬見惚れてぼうっとしてしまったものの、目的を思い出して慌てて取り繕う。


 (しっかりしなきゃ! 殿下を籠絡するのよ……!)


「あ、あの……すみません、道に迷ってしまって……。その、図書館ってどちらでしょうか……」


 目を潤ませて最大限に申し訳ないという顔をしながら、自分は迷子でとても困っているのだとアピールした。幼馴染のジルはミネリアがこの顔でお願いするとなんでも言うことを聞いてくれたので、この顔はミネリアの必殺技になっている。

 

「図書館? それなら騎士科の訓練施設の隣だよ。通り過ぎちゃったんだね。もしよければ案内しようか」


 クリストフの申し出にミネリアは内心ガッツポーズをしつつ、そんな……申し訳ないですぅ…でも助かりますぅとさらに目を潤ませた。


 素のミネリアはさすがにこんなに媚び媚びした態度を取る少女ではなかったけれど、レティーシャの話ではクリストフの好みは庇護欲をそそる可愛い女の子らしいので、ミネリアは恋愛小説や劇で見たようなぶりっこを全力で演じることにした。


 こっちだよ、とエスコートするクリストフに従いながら、図書館までの道をゆっくり歩く。


「クリストフ殿下があんなところにいらっしゃるなんて驚きましたぁ。よくあそこで本を読まれているのですか?」

「うーん、そんなに頻繁ではないんだけど、ひとりでゆっくりしたい時にちょうどいい場所なんだよ」

「あ……ごめんなさい、秘密の場所だったんですね」

 しゅん、としおらしくミネリアが振る舞うとクリストフは苦笑した。


「いや、いいんだよ。あそこに迷い込んでくれたおかげで迷子の君を助けることができたんだから。君はこの春の新入生かな?」

「はい、そうですぅ。バローナ男爵家のミネリアと申しますぅ」

「バローナ男爵家……というと、市井で暮らしていた娘が最近見つかったところだね」

「はい、私がその娘ですぅ。半年前から教育は受けているんですけれど、未熟な点が多々あるとは思いますぅ……申し訳ございませぇん」

 王族まで男爵家のそんな話を知ってるのかとミネリアは慄きつつ、眉をハの字にしてぺこりと頭を下げる。


「慣れない環境で大変だね。いつでも相談に乗るから困った時はまた気軽に声をかけてね」

「ありがとうございますぅ……! クリストフ殿下はお優しいんですねぇ」

 

 そこからも他愛のない話を少しして、ミネリアとクリストフは図書館の前で別れた。

 本当は図書館になんて全く用がなかったミネリアだけれど、ここですぐに出ていってクリストフに見つかるとまずい。適当にぶらぶら散策して授業に使えそうな本を2冊見繕うことにした。一応、恋愛指南書のようなものはないかも探したけれど、学術書ばかりで見つからなかった。



「あぁ〜〜〜〜疲れたぁぁ〜〜〜〜」

 寮の自室に帰ったミネリアは作法を投げ捨ててベッドにダイブした。目を閉じてぐったりと脱力する。


 高位貴族と低位貴族は学ぶ講義がちがうので、ミネリアはこれまで高位貴族と接することはなかった。

 それが昨日今日と立て続けに高位貴族の中でもトップに君臨するような身分の人たちと関わることになったのだ。神経がすり減って疲労困憊になるのも無理はなかった。


 特にミネリアがクリストフにとっていた馴れ馴れしい態度はどう考えても王族に対する態度ではない。平民にだって常識的にわかる。場合によっては不敬罪で罰されても文句は言えない態度だった。


(レティーシャ様がそういう子がいいはずだっておっしゃるからやったけど……怒られなくて本当によかった…………)


 はぁ〜〜とため息をつきながら枕元の少しくたびれたくまのぬいぐるみを抱き寄せる。

 ミネリアの10歳の誕生日のときに幼馴染のジルがプレゼントしてくれて、母がそのくま用の服を縫ってくれた、ミネリアの宝物だ。


 けれど、ミネリアと母親で営む食堂に父親が急に現れて強引に攫われてから、ミネリアは大好きな人たちに手紙のひとつも出すことを許されずにいた。そしてきっとこのまま父親を名乗る男の駒として人生を終えるのだと諦めていた。

 学園で高位貴族と縁付けたら良し、ダメならどこかの後妻に送り込むのでもいい。そうあの男は何度も話していた。抗うすべはなくて、きっとその通りになるしかないのだと、ミネリアはずっと絶望の中にいた。


(だけど、レティーシャ様が私の事情をご存知で、平民に戻してくださるとおっしゃった……)


「ママ……ジル……待っててね。わたしがんばって、きっと帰るから……」

 

ミネリアはまどろみの中で決意をつぶやいて、そのまま睡魔に身を任せて眠りについた。

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