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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第16章 祈りの戦場

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公津ヶ原霊戦、光裂く刻

星神の神威と寛朝の法力の戦いは、まさに一進一退を極めた。

初日の激突で、寛朝の法力の凄まじさを思い知った星神・天津甕星(将門)は、

寛朝の命を絶ち、護摩壇を破壊すべく、物理と霊性の両面から、より残忍で苛烈な攻撃を仕掛けてきた。



将門は、夜陰に乗じて暗殺者を送り込んだ。

夜の帳が落ちると、寛朝の意識の奥で何かがひとつ、音を立てて割れた。

その割れ目から、冷たい気配が流れ込む。

次の瞬間、闇の中から「鉄身野伏くろがねみののぶせり」が現れた。


天津甕星の霊力によって痛覚を除かれ、身体を造りかえられた刺客たちは、まるで星神の影をそのまま宿したかのように、音も立てず護摩壇へ忍び寄ってくる。


鉄身野伏の身に着ける胴丸は黒い邪気を放ち、

騎乗する馬の双眸そうぼうは、妖しい光を爛々と放ち、

冥府の魔物のように、瘴気を含んだ息を吐いた。


護摩壇を守護する在地豪族や朝廷の衛士たちが懸命に迎撃するが、

刃は通らず、矢で射抜いても立ち上がる鉄身野伏に圧倒されていく。


護摩壇の近くまで侵入を許しかけたその時、

寛朝は不動明王の「火生三味かしょうざんまい」の呪法を放った。


その瞬間、護摩の炎が大火聚となり、

一気に高く上がって結界の周囲を包み込んだ。


邪悪な刺客たちは、不動明王の背後で燃え盛る「迦楼羅炎かるらえん」によって焼かれ、

その侵入は辛うじて阻止された。



だがその炎の揺らぎの中で、言葉にならない恐怖が、ゆっくりと形を持ち始める。

これは始まりにすぎなかったのである。


――星神は、天候も、季節も、星の軌道さえも支配する。


その神威は、天体の運行そのものを自在にねじ曲げる力を持つ。

星神が、天を揺るがすと、世界は軋み、天空の秩序は乱れた。

寛朝たちは、抗う術もなく、その術中へ投げ込まれた。


炎が収まった瞬間、寛朝の視界の端が暗く沈んだ。

そこに、墨のように黒い星の瞬きを観た。


星神は、暗黒の星――羅睺らごうを呼び寄せた。

羅睺は黄幡星おうばんせいとも呼ばれ、世の終焉を象徴する大凶星。


羅睺のくらき闇が、人の心の最も弱い場所を正確に探り当て、そこへ静かに根を下ろしていく。

自分の思考が、自分のものではない何かに触れられている感覚――

視界の端が暗くなり、意識が遠退いていく。


闇が液体のように人の意識の奥へと流れ込み、脳髄の深部を静かに侵食していく。

羅睺は、破滅のそう――末法の悪夢を送り込み、人の精神を蝕む。

空は色を失い、大地はひび割れ、海は黒い泡を立てながら沈んでいく。

まさしく世の終わりのそうに脅かされる。

それは幻覚とも夢ともつかない恐怖であった。


弟子たちは精神を病み、狂わんばかりに叫ぶ。

最早、逃げ場はない。


極限の消耗状態の中にあって、それでも寛朝は真言を唱え続けた。



羅睺の闇が、心の奥に根を下ろしたまま、

星神は、さらに次の大凶星を呼び寄せた。


不吉な箒星ほうきぼし――計都星けいとせい


この彗星の尾から降り注ぐ瘴気は、人々の身体を毒素で蝕み、公津が原の水源を穢し、この一帯の水は血のように赤く濁った。


羅睺が残した心の亀裂に、計都星の瘴気が流れ込むようにして降り注いだ。

瘴気による痛みは、まるで臓腑を直接、握りつぶされているように感じられる。

空間は暗黒の闇に侵食され、寛朝の意識は、他者の呼吸と自分の呼吸の境界が曖昧になるほど揺らいでいた。


すでに結界は内側から崩れ始めていた。


寛朝は血を吐きながら、それでも印を結びなおし、香取と鹿島の二柱の主祭神の繋ぐ霊脈に意識を繋ぎ、猶も真言を唱え続けた。



そして、星神の闇が、まさに結界を食い破ろうとしたその時――

天から二条の光が、奇跡が、寛朝たちの頭上に降り注いだ。


それは、武甕槌大神たけみかづち経津主大神ふつぬしの神威であった。


光の中から顕現したのは、実体を持たぬ輝く剣。


羅睺を断つ剣──天羽々あめのはばきり

素戔嗚尊が八岐大蛇を退治した十拳剣。

闇に蠢く穢れを断ち切る浄化の刃。


その剣気が寛朝の周囲に満ち、羅睺星の精神汚染を一刀のもとに断ち切った。

脳髄を侵していた暗黒の液体が、光に触れた途端、蒸気となって消えていく。


寛朝は、この恩寵によって、自分の呼吸を取り戻した。



続けて、さらに一条の光が、寛朝の手元へと流れ込んだ。


計都星の瘴気を浄化する剣──布都御魂ふつのみたま

武甕槌大神(建御雷神)が葦原中国あしはらのなかつくにを平定した伝説の宝剣。

その神気が、寛朝の持つ不動明王三鈷剣に宿り、融合して顕現した。


三鈷剣は眩いばかり白銀に輝き、刃からは神聖な紫電が爆ぜる。


寛朝の肺を締め上げていた毒気が、一息ごとに剥がれ落ちていく。

星神の瘴気が光に触れた途端、不浄な煙となって消滅していった。

神剣の力に触れた星神は、その巨大な影を激しく明滅させた。


星神の怒りの地鳴りが空間を震わせるが、その震えは、もはや寛朝の精神を侵すことはできない。


天羽々斬剣と布都御魂剣の光が交差した瞬間、歪んだ時空の裂け目が、まるで紙を裂くように音もなく切り離され、天津甕星の影が退き、光が寛朝の周囲に満ちる。


天津甕星の神威は急激に衰え、将門へ送り込む呪力の供給も、その場で断ち切られた。


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