表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第15章 天啓の座

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/78

乱気、都を覆う

坂東に満ちた“乱気”は、まるで冬の嵐のように、京の都へと吹き寄せていた。


天慶二年(939年)十二月二十二日。

平安京の朱雀大路を、一騎の飛駅使ひえきし(早馬)が砂塵を巻き上げて疾駆する。

騎馬は、朱雀門を守る衛府の武者たちを突き飛ばす勢いで門内に滑り込み、そのまま地に崩れ落ちるようにして下馬した。


「――下総の平小次郎将門殿、謀叛!」


息も絶え絶えの叫びが、冬空を震わせた。


使者は駅鈴と国府の書簡を衛士に差し出し、そのまま膝をついた。

こうして、衝撃の第一報は検非違使庁へと届けられ、治世太平の微睡まどろみに沈んでいた公達を一気に現実へ引き戻した。


「平将門――常陸を皮切りに下野・上野の国庁を攻め落とし、受領ずりょうを放逐せり。」


平将門は、かつて忠平卿に見出され、この内裏の滝口の侍として奉公した男である。

その縁もあり、常陸国府襲撃の折には、将門自ら忠平へ弁明の書を送り、忠平もまた、その書簡を通じて戦況を読み、裏から事態を制していた。


だが、国豊が将門と袂を分かった頃と時を同じくして、その関係にも静かに破綻が生じていた。


十二月二十六日。

悪いことに、伊予掾として海賊鎮圧の任に就いていたはずの藤原北家一門の藤原純友が、逆に海賊団を率いて叛乱したとの報が、西国より舞い込む。

あたかも示し合わせたかのような東西同時の叛乱など、前代未聞であった。


さらに数日を経て、

「将門の謀叛――自ら“新皇”を僭称す。坂東一帯は悉く賊徒の手に落ち候。」

との続報が届くや、忠平はもちろん、公卿・大夫たちは一様に仰天した。


当初は、東国の親族間の小競り合いと侮っていた。

だが、“新皇”の二文字がもたらした衝撃は、都の空気を一変させた。

坂東の国府は悉く将門軍の手に落ちつつあり、東西から挟み撃ちされる危険に、都は騒然とし、恐怖に慄いた。


朝廷は急遽、左右近衛府の陣に上卿を召し、陣定じんのさだめ(最高政務会議)を連日のように開き、東西二面の賊徒追討に向けて電撃的な措置を講じた。


忠平卿は太政大臣を賜り四年、齢も六十を超えていた。

関白・摂政は主上の側にあって決裁者であるため陣定には出席せず、忠平は藤原北家を中心とした政権基盤の維持を念頭に置きつつ、この未曾有の事態に臨んだ。


陣定の主宰は左大臣・藤原仲平(忠平の兄)。

温和敦厚と伝わるが、公事を疎かにすることもあり、忠平を嘆かせたこともある。

だが、この夜ばかりは酒気を帯びた顔にも緊張が走っていた。


大納言・実頼(忠平の長男)、

権大納言・源高明(醍醐天皇第十皇子)、

中納言・師輔(忠平の次男)

中務卿・重明親王ら、上卿が陣座じんのざに集い、調伏祈祷、追捕使・征東将軍の派遣について議した。


まず、京都の主要な寺社仏閣に一斉命令を下し、将門調伏の激しい祈祷を行わせる。

下総国公津ヶ原(現在の成田市)まで寛朝大僧正を派遣して、不動明王護摩を焚かせて祈祷を行わせる。

宮城十四門を閉じて兵を配し、出入りを厳しく制限する。

検非違使を増員して夜警を強化する。


これらの暫定措置は急ぎ忠平卿に奏上され、主上の勅裁を賜った。


仲平は酒気を帯びたまま嘆息した。

「坂東の乱、かくまで大事となるとは……」


実頼は眉根を寄せ、

「あの“滝口の小次郎”が、まさか“皇”を称して背くとは……」

と静かに怒りを滲ませた。


その時――

中務卿・重明親王が、ふと顔を上げた。


「諸卿。

 麻呂の被官にある陰陽寮は、この乱、ただの賊徒の騒ぎにあらずと申しておる。

 ――天津星々(あまつほしぼし)の気の乱れ、あまりにも甚だし、と。」


座にざわめきが走る。


重明親王は続けた。

「陰陽師・賀茂忠行の浄眼じょうがんは、常人の見ぬ兆しを捉える。

忠行は以前より、『東西より怖ろしき気配吹き来たり。古き神の魂魄、永き眠りより目覚めんとする兆しあり』と、麻呂に申しておったのじゃ。」


忠行をよく知る実頼が息を呑み、師輔が静かに問う。


「……それは、人智を超えた古き神々、あるいは呪を帯びた魂魄の復活、と申されるのでしょうか。」


重明親王は、焚き火の影を見るような目で頷いた。


師輔が口を開く。

「ならば――陰陽寮に勅を下し、賀茂忠行を直ちに召すべきにございましょう。」


重明親王は静かに言った。


「忠行を呼ぶは良い。だが、忠行が申すには、星供ほしくの儀には“鍵”が要るのだとか。」


「鍵……?」


「星の気は、星の血を呼ぶ。……坂東には、星を宿す鍵があるのだとか。」


その言葉は、誰も理解できぬまま、深い不安だけを座に残した。


京の空は冬の曇天のまま重く沈み、人々は口々に囁いた。


「東も西も乱れ、我らは一体どうなるのだ……」


その不安は、将門の許から国豊が去った雪中の陣に吹いた冷たい風と、どこか同じ温度を帯びていた。


そして、陰陽寮の一切の采配は、この陣定の決定を受けた重明親王に委ねられた。


陰陽師・賀茂忠行の召喚。

そして、“星供の鍵”――将門の娘であることを秘した、星観の巫女・滝姫である。


忠行は静かに、そして秘密裏に、坂東下向の準備を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ