新皇、顕現
冬の嵐が、坂東の大地を呑み込んでいた。
凍てつく風が吹き荒び、森林は黒々とした影となって沈み、生あるものすべてが息を潜めているかのようであった。
その寒風の只中、五千の兵が雪中に展開していた。
最前列には、色とりどりの大鎧に大袖を張った郎党・重臣たち。
黒馬に跨る騎兵は、黒い波のように闇を従え、その後ろには、絢爛な狩衣を纏った百官、さらにその背後には、武装を整えた豪族、従者、従僕が幾重にも連なり、まるで絵巻物がそのまま現世に立ち上がったかのような壮観であった。
その中心に、将門の陣があった。
陣幕の中に、星供のための祭壇が築かれ、白布が風に揺れる。
四方には高く掲げられた松明が燃え盛り、その炎は嵐の中でも揺らぐことなく、むしろ天へと挑むように赤々と立ち昇っていた。
将門は、祭壇の前に進み出た。
祭壇の中央には、星盤、白砂、鏡――古より伝わる、天地をつなぐ秘儀の具が静かに置かれている。
将門は、天を仰ぎ、そして両の手を合わせた。
いつしか嵐は止み、周囲は寒凪の静寂に包まれた。
呼応するかのように夜の黒雲が晴れ、北天に瞬く星々が淡く揺れ始めた。
松明の炎が、将門の影を、恰も巨大な闇を背に負っているかのように映し出す。
静寂を保ちつつ、将門の祈りが深く響く。
「星神、天津甕星よ。いま、我に天位を授け給え。」
その瞬間、北辰(北極星)と七曜(北斗七星)が輝いた。
北天を貫き、まるで天が瞬き、合図を送るかのようであった。
兵たちは震え、豪族たちは膝を折り、百官は声もなく頭を垂れて跪拝した。
その光を見た瞬間、玄茂は、胸の奥が凍りつくのを感じた。
――これは、もはや“将門様”ではない。
星光が将門の背を照らし、その影は、まるで天へと伸びる黒き柱のように立ち上がる。
松明の炎が揺らぐたび、その影は形を変え、まるで古代神が姿を現しつつあるかのようであった。
玄茂は、思わず膝をつきそうになった。
(……星神が、降りておられるのか。)
将門の影が、北辰と七曜の光を浴びてゆっくりと伸び、まるで天地をつなぐ柱のように立ち上がる。
五千の兵が息を呑み、豪族たちが震え、百官が頭を垂れる中で、玄茂だけは、将門の横顔を見つめ続けていた。
人としての温度を宿していた瞳が、いまは星の光を映し、底知れぬ深淵のように静まり返っている。
(……戻れぬ。この方は、もう“人の道”へは戻れぬ。)
――玄明の胸が痛んだ。
将門の声は、静かに、しかし絶対の力を帯びて響いた。
「――星神、天津甕星が、我に天位を授ける。」
星光が将門を照らし出したその刹那、沈黙していた五千の兵の胸に、何かが爆ぜた。
最初の声は、誰のものとも知れぬほどかすかな叫びだった。
「……お、おォ……」
それは、畏怖とも、祈りともつかぬ声。
だが次の瞬間、その小さな火種は、嵐の中の松明のように一気に燃え広がった。
「おおおォ――ッ!」
黒騎士が白銀の槍を掲げ、豪族たちが太刀を抜き、国巣衆たちは拳を突き上げる。
「将門公――ッ!」
「星の御子――ッ!」
「新皇に――万歳――ッ!!」
歓声は、もはや“声”ではなかった。
大地を揺らす雷鳴のようであり、天へと昇る祈りのようでもあった。
兵たちの目は、熱に浮かされたように輝き、その顔には恐れと歓喜が入り混じっていた。
星光が将門の背を照らし続ける中、五千の兵は、まるで天意に操られるかのように一斉に膝をつき、地を叩き、声を張り上げた。
「新皇――ッ!!」
「新皇――ッ!!」
「新皇――ッ!!」
その狂おしいほどの歓声の渦、叫びは、天と地の境を断ち切る刃のように、漆黒の天空を裂いた。
この瞬間、坂東の大地は、新たな“王”の降臨を受け入れたのである。




