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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第13章 王道楽土

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義を見てせざるは…

常陸国府を灰塵にした将門の許へ、前の下野守・藤原弘雅が、密かに使者を送ってきた。

「どうしても伝えたいことがある。」

と、一通の書状を託してきたのである。


弘雅は、将門が常陸国府を焼いたことを責めてはいなかった。

むしろ、将門を「義侠ぎきょうの人」と信じていた。故に、義侠心がついに爆ぜた結果ではないかと考えていたのである。


将門が、平良兼と戦った折、下野国境を包囲した際に一度だけ対面したが、その威容は正しく、礼節を弁え、一本気で真っ直ぐな瞳であった。愚直と言ってもよい。

そして何より、国豊が向ける眼差しが、平将門という人物を雄弁に物語っていた。


その書状には、こう記されていた。


「国豊襲撃の真相、いまだ闇の中にあり。国府勢のみで浮島を襲うは不可能。

唐沢山の悪人、秀郷の影、疑わし。どうか、秀郷追討を怠り給うな。

もし貴殿が義によりて行動したのであれば、必ずや朝廷にも通ずる道理あり。」


信太浮島が襲われ、国豊が将門の許へ庇護を求めたことも、弘雅はすでに知っていた。

彼が将門に確かめたかったのは、むしろ国豊の消息に絡むことであった。


――国豊は、誰に、何故、襲撃されたのか。

――国豊は、国府襲撃に関与しているのか。


弘雅は、一門の若灯である国豊の、その後の安否を知りたかったのである。


なるほど、強欲な常陸国府の官人の中で、利では動かぬ国豊は、長らく目障りな存在であったのだろう。だが、維幾・為憲の与党が力を失った今、信太浮島を殲滅するほどの強兵を動かせるはずがない。


この事件に関して、弘雅は、唐沢山に巣くう悪人――藤原秀郷の野望と暗躍を疑っていた。だからこそ、秀郷の奸計に嵌ることを恐れ、将門の行く末をも案じていたのである。


弘雅の望みは、常陸国府そのものよりも悪逆非道な存在――藤原秀郷一門の追討を、将門が継続してくれることにあった。



将門は、自ら筆を取り、弘雅に宛てて次のように返信した。


「東国の乱、私利私欲にあらず。

我は、ただ、民の嘆きを鎮めんがため、義によって軍旅を催したまで。


坂東の地において、受領らの貪欲、甚だしく、租税は令を越え、民は田畑を捨てて山野に彷徨う。律は乱れ、義を重んずる者は疎まれ、正しき者ほど命を狙われる有様なり。


このたび、常陸国府炎滅に至りしは、我が本意にあらず。

常陸大掾・藤原朝臣国豊を襲いし国府に巣食う賊徒の跋扈、その背後に潜む奸計を糺さんとしたる成り行き上、やむなき仕儀なり。


この地を乱す元凶は、賊徒・平貞盛、常陸介・藤原維幾と為憲の親子、そしてその背後で奸計を操る下野国の悪人、藤原秀郷が一門にあり。

彼らは利のみを求めて国府を私し、民を苦しめ、義ある者を排す。民は久しく治まらず。


我、軍旅を催したるは私怨にあらず。ただ、天の命に従い、民を守らんと欲するのみ。


もし、坂東の実情を知り得れば、我が行い、必ずや道理に叶うと信ず。

願わくは、秀郷一門の奸計を糺し、坂東の民を救う御沙汰あらんことを。


我、天を欺かず。義を見て動くは、武門の本懐なり。」



弘雅は、書状を読み終えると、しばし沈黙した。


将門の行軍は、民を苦しみから解放するために義を通す、それだけだった。

義を貫くための戦いであり、坂東の闇を払う旅路であった。


将門の言葉は、弘雅の胸に深く刺さった。


「……義を見てせざるは、勇無きなり、か。」


その呟きには、決意と、どこか哀しみが混じっていた。


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