まつろわぬ民の王
維幾が、従者の背に担がれ、縛られたまま将門の前に引き出された。
だが、国巣の民たちに殴打された顔面は酷く腫れ上がり、瀕死の状態。
――とても口は利けそうもない。
史生が官の名簿と印鑰(国璽と正倉の鍵)を、恭しく差し出した。
常陸国府は、平将門に降伏した。
炎上する国府を背に、将門は馬に跨った。
将門は右手に弓を掲げ、声を張り上げて勝鬨を上げた。
兵たちは、呼応して一斉に武器を掲げ、地響きのような大声で鬨を作った。
「此処に受領を捕縛した。常陸国府は我が手に堕ちた!」
この言に、千の兵の隅々から、改めて大きな勝鬨が上がった。
そこには、民草の怨火を従え、まつろわぬ民を率いる「新たなる坂東の主」の雄姿があった。
将門は、後ろに控える弟たちに向かって、静かに言った。
「――諸侯も、この火柱を見ている。」
「彼らは思うであろう。将門は国府を焼いた、将門は国司を討った、
――将門は、坂東の秩序を塗り替えるつもりだ、と。」
将頼が問う。
「兄上は、それでよいのですか?」
「よい!」
将門は、迷いなく答えた。
「坂東の諸族に伝えよ。この将門が、坂東を統べる王として立ったと。」
その言葉は、重く響いた。
将頼は、
「五郎、六郎よ、聴け! 兄上は此処に坂東を統べる王となることを宣言した。
――我ら弟らは、これからも兄上の覇業をお扶けするのだ!」
「おう!」
二人は、頬を紅潮させ、大きな声でこれに応えた。
その時、風が止んだ。
炎の揺らぎが一瞬だけ静まり、気配が変わった。
将門の背後に、黒い影が立ち上る。
それは、炎の光を吸い込み、形を濃くしていく。
「――怨火は千年の積み重ね、その炎を束ねる者は、汝しかおらぬ。」
その声に音は無く、しかし、確かに将門の頭の中に響く。
将門の重瞳が、微かに光を帯びる。
黒い焔が、瞳の奥で静かに燃え始めた。
「――進め。おまえが歩めば、七曜の星もまた動く。
坂東の星神は、お前を現世の王として迎えるであろう。」
将門は目を閉じ、深く息を吸った。
その胸中には、恐れも迷いもなかった。
「よかろう」
その一言は、星神への返答であり、坂東の未来に対する宣言でもあった。
人知れず地の底に眠っていた星神の影が、将門の背後に静かに立ち上がりつつあった。
星神の影は、将門の背に寄り添うように立ち、静かに彼を包み込んだ。
まるで、長い眠りから覚めた古き神が、自らの器を見定めるかのように。
――星神が動いた。
――運命が、また、ひとつ形を変えた。
坂東の夜は、炎と影に照らされ、誰よりも先に、新たな王の誕生を知ったのであった。




