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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第12章 常陸国府陥落

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国府炎滅

維幾は、城柵の上から戦場を見下ろし、言葉を失った。

崩壊は、あまりにも早かった。


四方から鬨の声が押し寄せ、黒騎馬が門前を駆け抜ける。

将門の軍勢が土塀を囲み、国巣衆の投石が雨のように城内へ降り注いだ。

国府の兵は戦意を失い、守りは砂礫されきのように崩れ落ちていく。


「……国府が、将門の手に堕ちる……」


維幾は呟き、従者は震える声で問う。


「主よ……将門に降伏を?」


「もはや、命乞いするしかあるまい!」


維幾は白絹の単衣に着替え、捕縛される覚悟で門を出ようとした。

だが、その時――将門すら予期しなかった事態が起きた。


国府へ雪崩れ込んだ国巣衆が、正門を破り、火を放ち始めたのである。

柵、櫓、厩、倉庫――炎は乾いた木々を舐めるように広がり、瞬く間に国衙全体を呑み込んだ。


まつろわぬ民たちは、積年の怨みを吐き出すかのように暴れ回った。

玄明の背後に、怒りの影が獣の姿をとって立ち上がり、彼らを煽り立てるかのようであった。


玄明は血走った目で維幾を探し続けた。


「維幾は、俺が殺す……俺の手でだ!」


その胸裏には、幼い娘の面影がちらついていた。

なぜ、命を絶ったのか、

あの子は、どんな目に遭ったのであろうか、

――娘を救えなかった玄明の苦しみは、いま、獣の形となって噴き上がっていた。


「維幾だけは殺すな! 俺がやる!」


玄明の背に立つ獣影は、もはや抑えようもなかった。


国巣衆もまた、維幾の圧政に耐え忍んできた年月を思い返し、怨火を噴き上げた。

黒煙と怒号が混ざり合い、天を焦がす。


「国司を殺せ! 国司を殺せ!」


怨火は、もはや人のことわりを留めていなかった。


狂気の渦の中で、老若男女を問わず、雑掌・雑色に至るまで、一人残らず無惨に殺されていった。官人に群がり、何度も、何度も、刃を突き立て、息の根を止めた。

その遺骸は正庁に吊るされ、炎と黒煙の中で揺れ続けた。


その凄惨さは、将門軍の武将たちでさえ目を覆うほどであった。

国巣衆による凌辱は凄まじく、もはや人の所業とは思えなかった。


維幾は最奥の塗籠ぬりごめに籠もり、内側から鍵をかけて震えていた。


「ば、馬鹿な……ここは朝廷の国府ぞ……それを、こんな……狂っておる……!」


呟きは闇に吸い込まれたが、やがて厨子を叩き割る音が響いた。


「ここだ! 維幾はここにいる!」

「殺せ! 国司を殺せ!」


扉が破られ、維幾は手足を掴まれ、引き摺り出された。

声にならぬ悲鳴を上げながら、国巣衆に殴打され続ける。


「そろそろだな……こいつを殺すのは、俺だ。」


玄明が維幾の襟首を掴んだ、その時――


「玄明、そこまでだ!」


将門であった。


「汝らの気持ちは、分かっているつもりだ。だが、これは戦だ。

維幾は、これからの交渉の材として生かしておかねばならぬ。

――堪えてくれ。」


玄明はしばらく将門を見つめ、やがて力を抜いた。


「……主の仰せの儘に。」


国巣衆も武器を納めたが、すでに手遅れであった。

正倉までもが灰燼に帰し、国府は炎の海と化していた。


炎の中で、将門は悟った。


――この怨火は、もはや止められぬ。

――ならば、自分がその先陣に立つしかない。


その決意は、炎よりも静かで、炎よりも強かった。

重瞳には、再び黒い焔が立ち上がる。


「……前に進むしかあるまい。」


将門は燃え盛る国府を見つめ、静かに呟いた。

その表情には、かすかな笑みさえ浮かんでいた。


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