三者の交錯
平貞盛は、父・国香以来の郎党を呼び集め、かつて嵯峨源氏に仕えた旧臣らにも声を掛け、兵を募った。しかし、集まった騎馬武者は百騎にも満たず、所領の伴類や俘囚をかき集めても五百に届かぬ。
あまりの兵の少なさに、貞盛は、苛立ちを抑えきれなかった。
傍らには十六になったばかりの弟・繁盛が不安気に立っている。
元服して間もない若武者姿である。その初陣を飾る軍勢は心細い。
重ねて北方の諸族へ檄文を飛ばし、自ら高望王嫡流の旗を掲げて参陣を促した。
だが、沈黙するばかりで、応じる者はほとんどいない。
かつて下野国境で将門と対峙した折、良兼は北方の諸族を巡り、自らの威光を示すことで、数日のうちに千余の兵を集めた。貞盛もその光景を間近で見ていた。
――なぜ、あれほど容易く兵が集まったのか。
だが、貞盛は見誤っていた。
良兼の軍勢は、威光ではなく、怖れと威圧によって集められたことを、良兼に頭を垂れた族長たちの顔には忠誠ではなく、怒りを含んだ恐怖が貼り付いていたことを、貞盛は知らなかったのである。
真壁・茨城・那珂の諸族は、長年にわたり源護、平良兼、そして受領国司らの苛烈な徴税と圧政に苦しめられてきた。
この機を観て、将門の台頭に希望を託す者が多いのは、むしろ当然であった。
彼ら北方の諸族は平真樹を介して将門に通じ、貞盛の檄文に対しては、むしろ反旗を翻す者が多かった。
その報が届くたび、貞盛は言葉を失い、胸には重い失望が積み重なっていく。
高望王嫡流の旗印を掲げれば、兵など自然と集まる――。
その思い込みは、すでに坂東の現実から乖離していた。
貞盛は郎党の進言に従い、将門追討の名目で藤原秀郷に援軍を求める書状を認めた。秀郷の姉は源護の正妻であり、此の真壁館の御方である。
秀郷は、将門との直接衝突を避けつつも、その武威を少しでも削いでおきたいという思惑もあって、在地官人に貞盛の支援を命じた。
その呼びかけに応じ、下野芳賀の官人や田舎武士が集まり、ようやく千余の兵が貞盛の許に揃った。
常陸介・維幾は貞盛の父方の叔父、その子・為憲は従兄である。
「まさか……、国府に誘き寄せて討つような真似はすまい。」
――貞盛は、朝敵と名指しされた追討官符が未だ取り下げられていないことで、寡兵で国府に赴くことにも怖れを抱いた。
此度は、水守の良正も国府の召集に応じて兵を率い、貞盛と合流した。
合わせて二千余。
貞盛は、久しぶりに叔父、平良正と挨拶を交わしつつ常陸国府へ入城した。
貞盛は、結局は身内の力に支えられていることを痛感しながらも、身内を疑う程に猜疑心を抱くようになっていた。
常陸国府
常陸介・維幾は、正庁の大広間で報告を聞きながら、眉間に深い皺を刻んでいた。
「伴類ばかり千余……実戦経験に乏しい。これで将門を迎え撃つのか。」
従者が怯えた声で言う。
「将門は千余と聞きますが、その兵は精鋭揃いとか……
やはり、国衙に籠もり、持久戦に持ち込むべきでは?」
維幾は首を横に振った。
「国府は戦うための拠点ではなく、政務のための館である。
――籠れば袋の鼠、格好の餌食となろう。」
国府内の正倉には、朝廷の官物が納められており、万一、焼失でもすればその責任を問われる。だから、国府を戦禍に晒すわけにはいかない。
一方で、この常陸国府は、倉庫間の物流に配慮され、見晴らしの良い平原の中にある。
川も堀も無く、土塁も柵も騎馬の襲撃を抑えるのに十分ではない。
むしろ、広い平原で、逃走経路を確保しておいた方が良い。
――維幾は、戦略的に詰んでいた。
その時、貞盛と良正が入城するとの報が届く。
騎馬武者を含む二千余が加わり、ようやく三千の軍勢となった。
維幾は胸を撫で下ろしつつも、どこか不安が消えなかった。
維幾は、傍らに立つ為憲に命じた。
「為憲。……汝は門外まで、貞盛殿と良正殿を出迎えに行け。軍事の采配は、汝と貞盛殿に託す。」
その頃、
平将門は、鎌輪宿で、静かに軍旅を催していた。
すでに千余の兵が戦支度を整えたが、将門の意図するところは、あくまで「調停」であった。
壬生氏らによる国豊襲撃の経緯を糾す、
奈河久慈の藤氏との和解を成立させる、
玄明に対する追討命令を撤回させる、
――そのための和平交渉を仲介する。
「我が武威を示すことで、維幾は向こうから折れるであろう。」
此度の軍旅は、その体裁の心づもりであった。
しかし、維幾ら国府側は「将門が国府を襲撃に来た」と断じ、国府の手前数里に軍を展開した。
将門の調停を拒絶し、「宣戦布告」を行ったのである。
国府軍の先鋒、良正の騎馬武者が、黒騎馬と遭遇し矢を放ったことで戦端が開かれた。
黒騎馬を率いるのは弟・将頼(御厨三郎)。
将為(相馬五郎)、将武(相馬六郎)も黒騎馬として参戦している。
――相手方に宣戦布告され、攻撃を受けたとなれば、将門も反撃をせざるを得ない。
黒騎馬を束ねる三郎将頼は、国府軍の布陣を一瞥し、即座に判じた。
「横長の布陣か……歩兵の壁など、突けば容易く崩れるわ。」
と、笑った。
黒騎馬は、得意手の斜めからの突撃で、敵陣を真正面からではなく左右から切り裂く。
五郎将為の隊は右から回り込み、六郎将武の隊が左から突撃する。
主として伴類で構成された敵陣は、瞬時に崩壊した。
「踏み止まれ! 槍を構えよ!」
貞盛は必死に叫んだが、前衛は黒騎馬の突撃に恐怖し、次々と逃げ出した。
その間に距離を詰めた国巣衆の弩や短弓が一斉に火を噴く。
石弾が人馬を薙ぎ倒し、矢が雨のように降り注ぐ。
国巣衆を指揮するのは藤原玄茂と玄明である。
国府軍の隊列は崩れ、指揮は乱れ、兵は恐慌に陥った。
先鋒が逃げれば、隣も逃げる。
潰走は瞬く間に全軍へ伝播した。
三千の国府軍は数では勝るが、将門軍の機動力には到底ついていけなかった。
勝敗は、初めから決していた。
貞盛と良正が、いかに踏みとどまらせようとしても、もはやどうにもならない。
良正は、国府へ逃げ込む兵の多さを見て撤退を決め、自軍に向けて叫んだ。
「疾く退け! 我らは水守へ退く!」
良正の郎党が続き、迂回しつつ戦場を離脱していく。
この動きを見て、将頼は追撃しようとしたが、将門は制した。
「調停の相手は国府だ。叔父御を追う必要はない。」
しかし、国衙へ逃げ帰る兵たちへの、国巣衆による追撃は止まらない。
その勢いのまま常陸国府を取り囲んだ。
将門は、
「これで、常陸介も、我らとの交渉に応じるであろう。」
と、胸を撫で下ろしたのであった。




