表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第12章 常陸国府陥落

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/78

三者の交錯

平貞盛は、父・国香以来の郎党を呼び集め、かつて嵯峨源氏に仕えた旧臣らにも声を掛け、兵を募った。しかし、集まった騎馬武者は百騎にも満たず、所領の伴類や俘囚をかき集めても五百に届かぬ。


あまりの兵の少なさに、貞盛は、苛立ちを抑えきれなかった。

傍らには十六になったばかりの弟・繁盛が不安気に立っている。

元服して間もない若武者姿である。その初陣を飾る軍勢は心細い。


重ねて北方の諸族へ檄文を飛ばし、自ら高望王嫡流の旗を掲げて参陣を促した。

だが、沈黙するばかりで、応じる者はほとんどいない。


かつて下野国境で将門と対峙した折、良兼は北方の諸族を巡り、自らの威光を示すことで、数日のうちに千余の兵を集めた。貞盛もその光景を間近で見ていた。


――なぜ、あれほど容易く兵が集まったのか。


だが、貞盛は見誤っていた。


良兼の軍勢は、威光ではなく、怖れと威圧によって集められたことを、良兼に頭を垂れた族長たちの顔には忠誠ではなく、怒りを含んだ恐怖が貼り付いていたことを、貞盛は知らなかったのである。

真壁・茨城・那珂の諸族は、長年にわたり源護、平良兼、そして受領国司らの苛烈な徴税と圧政に苦しめられてきた。


この機を観て、将門の台頭に希望を託す者が多いのは、むしろ当然であった。

彼ら北方の諸族は平真樹を介して将門に通じ、貞盛の檄文に対しては、むしろ反旗を翻す者が多かった。

その報が届くたび、貞盛は言葉を失い、胸には重い失望が積み重なっていく。


高望王嫡流の旗印を掲げれば、兵など自然と集まる――。

その思い込みは、すでに坂東の現実から乖離していた。


貞盛は郎党の進言に従い、将門追討の名目で藤原秀郷に援軍を求める書状をしたためた。秀郷の姉は源護の正妻であり、此の真壁館の御方である。


秀郷は、将門との直接衝突を避けつつも、その武威を少しでも削いでおきたいという思惑もあって、在地官人に貞盛の支援を命じた。

その呼びかけに応じ、下野芳賀の官人や田舎武士が集まり、ようやく千余の兵が貞盛の許に揃った。


常陸介・維幾は貞盛の父方の叔父、その子・為憲は従兄である。

「まさか……、国府に誘き寄せて討つような真似はすまい。」

――貞盛は、朝敵と名指しされた追討官符が未だ取り下げられていないことで、寡兵で国府に赴くことにも怖れを抱いた。


此度は、水守の良正も国府の召集に応じて兵を率い、貞盛と合流した。

合わせて二千余。

貞盛は、久しぶりに叔父、平良正と挨拶を交わしつつ常陸国府へ入城した。


貞盛は、結局は身内の力に支えられていることを痛感しながらも、身内を疑う程に猜疑心を抱くようになっていた。



常陸国府

常陸介・維幾は、正庁の大広間で報告を聞きながら、眉間に深い皺を刻んでいた。


伴類ばんるいばかり千余……実戦経験に乏しい。これで将門を迎え撃つのか。」


従者が怯えた声で言う。

「将門は千余と聞きますが、その兵は精鋭揃いとか……

やはり、国衙に籠もり、持久戦に持ち込むべきでは?」


維幾は首を横に振った。

「国府は戦うための拠点ではなく、政務のための館である。

――籠れば袋の鼠、格好の餌食となろう。」


国府内の正倉には、朝廷の官物が納められており、万一、焼失でもすればその責任を問われる。だから、国府を戦禍に晒すわけにはいかない。

一方で、この常陸国府は、倉庫間の物流に配慮され、見晴らしの良い平原の中にある。

川も堀も無く、土塁も柵も騎馬の襲撃を抑えるのに十分ではない。

むしろ、広い平原で、逃走経路を確保しておいた方が良い。


――維幾は、戦略的に詰んでいた。


その時、貞盛と良正が入城するとの報が届く。

騎馬武者を含む二千余が加わり、ようやく三千の軍勢となった。


維幾は胸を撫で下ろしつつも、どこか不安が消えなかった。


維幾は、傍らに立つ為憲に命じた。

「為憲。……汝は門外まで、貞盛殿と良正殿を出迎えに行け。軍事の采配は、汝と貞盛殿に託す。」



その頃、

平将門は、鎌輪宿かまわのやどりで、静かに軍旅を催していた。

すでに千余の兵が戦支度を整えたが、将門の意図するところは、あくまで「調停」であった。

壬生氏らによる国豊襲撃の経緯を糾す、

奈河久慈の藤氏との和解を成立させる、

玄明に対する追討命令を撤回させる、

――そのための和平交渉を仲介する。


「我が武威を示すことで、維幾は向こうから折れるであろう。」


此度の軍旅は、その体裁の心づもりであった。


しかし、維幾ら国府側は「将門が国府を襲撃に来た」と断じ、国府の手前数里に軍を展開した。

将門の調停を拒絶し、「宣戦布告」を行ったのである。


国府軍の先鋒、良正の騎馬武者が、黒騎馬と遭遇し矢を放ったことで戦端が開かれた。

黒騎馬を率いるのは弟・将頼(御厨三郎)。

将為(相馬五郎)、将武(相馬六郎)も黒騎馬として参戦している。


――相手方に宣戦布告され、攻撃を受けたとなれば、将門も反撃をせざるを得ない。


黒騎馬を束ねる三郎将頼は、国府軍の布陣を一瞥し、即座に判じた。

「横長の布陣か……歩兵の壁など、突けば容易く崩れるわ。」

と、笑った。


黒騎馬は、得意手の斜めからの突撃で、敵陣を真正面からではなく左右から切り裂く。

五郎将為の隊は右から回り込み、六郎将武の隊が左から突撃する。

主として伴類で構成された敵陣は、瞬時に崩壊した。


「踏み止まれ! 槍を構えよ!」

貞盛は必死に叫んだが、前衛は黒騎馬の突撃に恐怖し、次々と逃げ出した。


その間に距離を詰めた国巣衆のいしゆみや短弓が一斉に火を噴く。

石弾が人馬を薙ぎ倒し、矢が雨のように降り注ぐ。

国巣衆を指揮するのは藤原玄茂ふじわらのはるしげ玄明はるあきである。


国府軍の隊列は崩れ、指揮は乱れ、兵は恐慌に陥った。

先鋒が逃げれば、隣も逃げる。

潰走は瞬く間に全軍へ伝播した。


三千の国府軍は数では勝るが、将門軍の機動力には到底ついていけなかった。

勝敗は、初めから決していた。


貞盛と良正が、いかに踏みとどまらせようとしても、もはやどうにもならない。


良正は、国府へ逃げ込む兵の多さを見て撤退を決め、自軍に向けて叫んだ。

「疾く退け! 我らは水守へ退く!」

良正の郎党が続き、迂回しつつ戦場を離脱していく。


この動きを見て、将頼は追撃しようとしたが、将門は制した。

「調停の相手は国府だ。叔父御を追う必要はない。」


しかし、国衙へ逃げ帰る兵たちへの、国巣衆による追撃は止まらない。

その勢いのまま常陸国府を取り囲んだ。


将門は、

「これで、常陸介も、我らとの交渉に応じるであろう。」

と、胸を撫で下ろしたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ