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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第10章 葦間に起つ者たち

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湿原に燃ゆる烽火

月が雲に呑まれ、湿原の闇は底なしの黒へ沈んでいた。

その静寂を裂くように、玄明の咆哮ほうこうが響く。


「行くぞォォ――ッ!」

獣皮をまとった国巣衆が、一斉に地を蹴った。

粗末な鉄片の武器を振りかざし、飢えと怒りを喉の奥から噴き上げる。

その奔流を前に、国豊は息を呑んだ。

――これは、民が積み重ねてきた怨嗟そのものだ。


湿原の先、河内郡の郡衙に隣接して、十を超える巨大な不動倉が黒々とそびえている。

本来は非常時の備蓄を守るための倉である。

だが今や、国司や郡司が私腹を肥やすための“隠し倉”と化し、民から搾り取った米が積み上げられていることを、国豊は知っていた。

それでも――これほどとは思わなかった。


玄明が手を振り下ろす。

「奪われた米を取り返せェ!!」


国巣衆が土塀へ殺到した。

丸太を担いだ者たちが突進し、正門へ叩きつける。

ドガァッ!!

土塀が揺れ、見張り台の役人が悲鳴を上げた。

「な、なんだ貴様らは――!」


返答は怒号だった。

丸太が二度、三度と打ちつけられ、門柱が土塀ごと崩れ落ちる。

その隙間から、国巣衆が雪崩れ込んだ。


玄明は誰よりも早く飛び込んだ。

弓を構えた官人が叫ぶ。

「止まれッ! ここは国府の――」


玄明は鼻で笑い、踏み込んだ。

弓を掴んで強引に引き寄せ、官人の体ごと地面へ叩きつける。

鈍い音とともに、男の腕が不自然な角度に折れた。


玄明は敵兵の槍を奪い、ためらいなく胸へ突き立てる。

血飛沫が闇に散った。

槍を引き抜くと、そのまま次の役人へ投げ放つ。

槍は唸りを上げて飛び、胸板を貫いた。


「民を奴隷にした報いだッ!!」

玄明の咆哮が、湿原に響き渡る。


国巣衆は不動倉へ殺到した。

扉を斧で叩き割る者、官舎に松明を投げ込む者、役人を縄で縛り上げる者。

「米だ、米だ――ッ!」

「見ろよ、こんなに隠してやがった!」

「集落じゃ、子どもが飢えてんだぞッ!」


倉の中には、山のように積まれた米俵があった。

国豊は言葉を失った。

――これだけの米があれば、どれほどの民が救われたのか。

玄明が米俵を抱え、国豊の前へ投げ出す。

「見ろ、国豊。これが“受領どもの正体”だ。」


胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。


そのとき、遠くから角笛の音が湿原を震わせた。

国巣衆のざわめきが一瞬で広がる。

「国府の援軍だァッ!!」


松明の列が闇を裂き、槍を構えた兵が迫ってくる。

国豊の背筋に冷たいものが走った。

だが玄明は、逆に笑った。


「上等だ。俺たちを“悪党”と呼ぶなら――」

玄明は槍を構え、闇夜に吠えた。

「悪党らしく暴れてやるよォォォッ!!」


国巣衆が応じる。

「ヒャッハァァァァァ!!」

闇夜の中、国府の兵と国巣衆の激突が始まった。


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