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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第7章 宿命、冬空に揺らぐ

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貞盛、闇に沈む


将門が武威と信望をもって坂東八国の調停者として名声を高めていたその頃、坂東の片隅で、もう一つの影が静かに蠢いていた。

――平貞盛である。

追討官符が出た以上、常陸のどの族も、貞盛への支援を躊躇ためらった。

「貞盛殿……申し訳ない……。将門殿の武威には、到底……」

その言葉は、貞盛の胸に深く突き刺さった。

(……どこへ行けば……我は……)

坂東の地で、貞盛は完全に孤立していた。


そんな貞盛を拾ったのは、壬生氏であった。

(……あれは、貞盛殿ではないか)

壬生義宗――

かつて信太浮島に渡り、国豊の密殺(暗殺)に失敗した男。

だが、隠密としての腕は衰えておらず、坂東八か国の情勢を探り続け、今朝方、行方郡の本拠へ戻ってきたばかりであった。

(……これは思いも寄らぬ拾い物よ)

義宗は、憔悴しきった貞盛を館へと招き入れ、兄・成宗にひき合わせた。


貞盛は、ひとまず、壬生氏の館に落ち着くことができた。

壬生氏は、義宗の集めた情報をもとに、将門の動向、良兼の病状、坂東平氏諸族の動静など、現在の坂東八か国の情勢をつぶさに貞盛に伝えた。


数日後、

壬生氏の館。

薄暗い広間に、灯火が揺れていた。

成宗は、憔悴した貞盛を前に、静かに口を開いた。

「さて……貞盛様。今後、いかがするおつもりで?」

貞盛は、唇を震わせたが、言葉が出なかった。


その沈黙を待っていたかのように、義宗はゆっくりと、しかし鋭く言葉を重ねた。

「今のご境遇で、無手のまま上洛し、朝廷に訴えようなどとお考えなら──

それは賊がひとりで都へ迷い込むのと同じこと。

門前払いどころか、捕らえられて斬られて終わりです。」

貞盛の顔が強張った。

義宗は、さらに一歩踏み込む。

「本来、常陸一国の棟梁として、堂々と朝廷に乗り込まれるべきお方です。ですが……いま貴方様に欠けているのは軍事力。まずは、これを埋めねばなりません。」

その声は、まるで貞盛の胸の奥に直接流れ込むようであった。

「貞盛様は、高望王の嫡流。坂東平氏の正統なる惣領であられる。

傍流の良兼、良正、そして将門などに、いつまで大きな顔を許しておくのです?」

貞盛の眼が揺れ、その奥に沈んでいた怨念が、ゆっくりと浮かび上がる。


成宗は、そこを逃さなかった。

「下野の藤原秀郷様の騎馬軍勢は、坂東随一。しかも、貞盛様にとっては叔父筋にあたるお方。これほど頼りになる後ろ盾はございません。」

成宗は、声を潜めて続けた。

「秀郷様を恃みましょう。まずはそこからです。ご安心を──

私は秀郷様と、すでに約束がある。必ずや貞盛様のお力となってくださいます。」

貞盛の呼吸が荒くなる。

義宗は、最後の一押しを加えた。

その声音は甘く、しかし毒を含んでいた。

「軍を得て、身の安全を確保したのち、堂上の公卿たちに賄賂まいないを渡して味方につければよい。忠平卿ただ一人が反対しても、周囲を抑えてしまえば済む話です。」

灯火が揺れ、貞盛の影が壁に大きく伸びた。

――まさに、貞盛の“洗脳”であった。

義宗の言葉が、貞盛の心をじわじわと絡め取り、逃れられぬ網のように締めつけていった。


壬生氏の兄弟には、別の計算があった。

常陸介の親子は、将門を恐れて大掾の国豊に頭が上がらぬ小心者。

そんな者たちに従っても、壬生氏に利はない。

(……貞盛様が検非違使けびいしにでも出世すれば、

その功を扶けた我らにも相応の見返りがあろう。

――信太浮島も、いや、それ以上の荘園すら望めるやもしれぬ。)


壬生成宗・義宗の兄弟の眼は、野望の光を宿していた。

こうして、壬生氏は貞盛を抱き込み、次なる策へと動き出した。


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