【2.雪渓の戦い】
将門軍は、雪深い山腹を、息を潜めて登っていった。
踏みしめる雪の音だけが、白い山中にかすかに響く。
黒騎馬は馬を下り、手綱を引きながら進む。
急峻な斜面では馬を使えず、蹄が雪に沈むたび、白い息が闇に散った。
国巣の者たちは、先頭に立って足場を確かめながら進んだ。
「兄上、良兼軍はこの先の谷に籠っております。」
将頼が低く報告する。
将門は頷き、雪に覆われた尾根の向こうを見据えた。
(……ここで終わらせる)
黒騎馬は馬を木立に繋ぎ、槍を携えて散開した。
国巣の弩兵は、雪を払って身を伏せ、木々の影に溶け込むように潜んだ。五郎将為は谷の入口を塞ぎ、六郎将武は尾根を押さえた。
良兼軍は、雪の谷に追い詰められていた。
夜の帳が山を覆い、白い闇をさらに深くしていく。
「兄上。良兼軍は谷底に集まっております。兵の疲労甚だしく、戦意はすでに尽きております」
将頼の声は、雪の静けさの中でひときわ鮮明に響いた。
将門は空を見上げた。
雪は、敵の足を奪い、音を吸い込む。
冬の山は、将門に味方していた。
「総攻撃は夜半とする。黒騎馬は谷の入口を塞げ。国巣の弩兵は尾根に散開し、逃げる者を射よ。五郎、六郎は左右の斜面を押さえよ。」
「承知!」
将門は太刀の柄に手を置いた。
左眼の重瞳には、炎のような光が宿っていた。
その頃、谷底の良兼軍は、与党からの兵と兵糧の支援で軍勢そのものは立て直しつつあった。兵の数も、武具も、将門軍と対峙する条件は揃っている。
だが、山中での潜伏は長く、将門軍に追われ続ける緊張が、兵たちの体力と気力をじわじわと削っていた。さらに、この凍てつく寒さと不眠の連続が、兵の身体を蝕んでいた。
雑兵たちの士気は下がり、心は折れかけていた。
兵がひとり、またひとりと雪に座り込む。
「良兼殿……敵は本当に来るのでしょうか……」
その声には、恐怖と疲労が入り混じっていた。
そのとき──
谷の上から、雪を踏みしめる音が聞こえた。
ザッ……ザッ……
良兼は顔を上げた。
(……来たか)
兵たちは立ち上がり、槍を構える。
だが、その眼には、もはや勝利を信じる光はなかった。
谷の上には、黒い影が並んでいた。
「良兼よ、すでに囲みを成した。繞りに隙無し!」
将頼の声が、谷に響き渡った。
将門は、谷底の灯火を見下ろし、
静かに息を吐いた。
「……撃て」
その一言で、尾根に潜んでいた弩兵が一斉に弦を引いた。
「敵襲──! 将門だ──!」
短く太い弩の矢が、雪を裂いて谷底へ降り注ぐ。
良兼軍は混乱し、立ち往生する。
斜面に据えた弩の矢衾が退路を塞ぎ、逃げ道は完全に断たれた。
五郎将為の手勢が槍を持って斜面を駆け下り、六郎将武の手勢が尾根から飛礫を投げつける。
良兼軍は、谷底で総崩れとなり、兵たちの叫びが雪の闇に消えていった。




