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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第5章 影の理、湿原の牙

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【3.鎌輪が研ぐ牙と爪】


鎌輪に戻った将門は、失った兵馬の大きさを静かに噛みしめていた。

(……正面からの戦では、良兼軍には及ばぬ。)

良兼軍は、規模こそ縮んだが、なお湿地帯に数百の捜索の手を伸ばしている。

だが、この湿原こそが将門の新たな活動拠点であった。

湖沼、湿地は足を奪い、森は視界を裂き、川筋は軍勢を分断する。

「大軍は、この地では動けぬ。」

ならば──揺動して敵を誘えばよい。

将門は心の内に、構えを巡らせてみた。


国巣くずの民が使う狩猟具、

いしゆみ飛礫とびつぶて

将門はそれらを手に取り、言った。

「この“牙”と“爪”があれば、大軍をも噛み砕ける。」

国巣の長・田油毘古が目を細める。

「……戦に使うおつもりか。」

「民を守るためだ。良兼を滅ぼすには、力が必要だ。」

国巣の者たちは短く頷いた。

「ならば、我らも牙を預けよう。」


将門は鎌輪の丘から湿原を見渡し、戦の形を描いた。

遠方から黒騎馬の騎射と大弓で敵を削ぐ

黒騎馬が突撃し、敵陣を分断する

乱れたところへ弩の一斉射

高所から 飛礫が降り注ぎ、隊列を粉砕する

(……互角どころか、殲滅できる。)

炎滅の夜に奪われたものの重さが、将門の胸に殺意を宿らせていた。


国巣の民は弩の弦を張り、投石用の革紐をなめし、湿原の通り道を案内した。

黒騎馬は泥濘を駆ける訓練を重ね、森の影に溶けた。

「ここからだ。我らの反撃は始まる。」

将為(相馬五郎)、将武(相馬六郎)

――弟たちが同時に頷いた。

この湿原での戦いは、彼らの初陣でもある。

将門は湿地の向こうに広がる良兼軍の影を見据えた。

(弟たちが初陣で勝ちを拾うに、ちょうど良い。)


――鎌輪、南の湿原

良兼軍の捜索隊は泥に足を取られ、苛立ちを募らせていた。

「もう三日だぞ。将門など死んでおるわ。」

「だが命令だ。“病気の小次郎を見つけ出せ”とよ。」

そのとき──

「いたぞ! 黒い馬影だ!」

「将門軍だ! 追え!」

兵たちは歓声を上げて駆け出した。

それが死地への一歩とも知らずに。


黒騎馬はわざと足跡を残し、湿地の奥へと誘い込んだ。

良兼軍は隊列を乱し、深みに足を取られて散開していく。

森の影から、将門の声が響いた。

「……今だ。」


湿地の高みに潜む国巣の民。

彼らを率いるのは弟の将為(相馬五郎)

五郎将為が手を上げる。

「……放て。」

ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ。

乾いた音が連続し、兵が次々と倒れた。

「どこから撃って──ぐあっ!」

「見えねぇ! 敵が見えねぇ!」

姿が見えない上、湿原が音を吸収して聴覚を鈍らせる。

敵兵に混乱が広がる。


森の上から影が動いた。

国巣の若衆が飛礫を投げ下ろす。

こちらを指揮するのは将武(相馬六郎)

ゴッ、ガンッ。

兜が砕け、肩が折れ、悲鳴が上がる。

「上だ! 木の上──」

見上げた瞬間、次の石が顔面を砕いた。

国巣の民は、森そのものが動くかのように影から影へ渡った。


混乱の極みに、黒騎馬が湿地の浅瀬を駆け抜けた。

この黒騎馬隊は、年長の弟、将頼(御厨三郎)に任せた。

「ひ、ひぃっ──!」

「馬が湿地を走るだと……!?」

黒騎馬は国巣の案内で“固い筋”を熟知していた。

将門が叫ぶ。

「散れ! 旋回せよ!」

黒騎馬は散開し、敵をさらに分断した。


悲鳴だけが湿原に響く。

逃げる兵は隠れた湖沼に沈み、助けを求めた者は弩に射抜かれた。

最後の一人が叫ぶ。

「ま、待て! 降参──」

その声は黒騎馬の蹄に踏み消された。

湿原には静寂が戻った。

将門は横たわる敵兵を見下ろし、静かに言った。

「……これが、新たな戦法だ。」

三郎将頼が頷いた。

「この戦法を繰り返せば、確かに良兼軍は疲弊する。」


将門は、広大な湿原の向こうを見据えた。

(……弟たちも、戦力の抜けた穴を立派に埋めてくれる。)

鎌輪の影の地に、反撃の牙が確かに刻まれた。


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