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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第4章 炎滅の夜、影の再起

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【5.炎の夜を越えて】


豊田が炎に呑まれ、将門は影を負って鎌輪へと拠点を移した。

その敗走は、坂東一円に衝撃を走らせ、常陸の国衙にも、国豊にも、深い影を落とした。

だが、影は影を呼び、散り散りとなった郎党、家人、従僕、そして家族までもが、それぞれの道を辿りながら、ひとつの地──鎌輪へと集まり始めた。


深い霧が森を覆う早朝、湿地の向こうから馬の嘶きと蹄音が響いた。

「殿はご無事か!」

常羽御厩の別当・多治経明たじのつねあきらが、黒騎馬の生き残りを率いて駆け込んできた。

将門の姿を見るなり、経明は大きな体を震わせ、髭面を濡らして泣いた。

「殿……よかった……!」

その涙は、炎に呑まれた常羽御厩の記憶を背負った男の涙であった。

将門もまた、目頭を押さえた。

丘に上がると、黒騎馬二十騎と、助け出された軍馬三十頭が草を食んでいた。

二百近い軍馬のうち、炎を怖れて散った馬を探し集め、ここまで連れてきたのである。

「殿のためなら、何度でも探し出しまする。」

経明の声は、焼けた鉄のように固かった。


そして、その日の午後──

高望王の五男にして、将門の父・良将の兄弟の中で、ただひとり初めから将門に与力してきた平良文たいらのよしふみが、泥に塗れた姿で鎌輪へ駆け込んできた。

そして、将門を見るなり膝を折り、額を地に擦りつけて哭いた。

「将門殿……君の御前は……」

炎の中で乳飲み子の将国まさくにを良文に託し、そのまま姿を消したという。

「どこを探しても……もう……」

将門は、その言葉に激しく動揺し、遂に慟哭した。

炎滅の夜に失ったものの重さが、いまさらのように押し寄せた。

その声に驚いたのか、良文の腕の将国が大きく泣き出した。


さらに数日後――

信太の浜に、一艘の舟が打ち上げられた。

舟には、将門の正室・公子、長男・良門、そして滝姫がいた。

公子は良兼に囚われ武射城に戻されていたが、兄の公雅・公連が父の暴虐を憎み、

妹とその子らを救うため密かに舟を手配して逃がしたのである。

漂着した舟を見つけたのは、将門を探して北へ向かっていた国豊の郎党であった。

国豊は急報を受け、信太の浜へ駆けつけた。

痩せ細った公子と衰弱が見える二人の子が寄り添っていた。

滝姫は荒れた浜風の中で空を見上げ、星の巫女としての静かな気配をまとっていた。

国豊が近づくと、小さく囁いた。

「……七曜の星に、光が戻ってきた……」

その声は幼いが、確かな霊性を帯びていた。

公子は国豊の姿を見るなり崩れ落ちた。

「……殿は……ご無事なのでしょうか……」

国豊は膝をつき、静かに答えた。

「必ず、お連れいたします。将門殿は生きておられます。」

公子の瞳に、わずかな光が戻った。

国豊は深く息を吸い、公子と二人の子を抱え上げた。

(……この方々を、必ず将門殿のもとへ。)


鎌輪の丘に公子が姿を現したとき、将門は言葉を失った。

公子は痩せていたが、その眼には炎にも折れぬ強さが宿っていた。

「殿……生きていて……」

将門は公子と子らを抱きしめた。

胸の奥に、久しく忘れていた温かさが戻った。

滝姫は将門の胸に触れ、ふっと空を見上げて囁いた。

「……破軍の星は、再び輝く……」

その言葉に、将門の胸が震えた。

炎滅の夜に失われた光が、影の地でふたたび灯ったのである。

国豊はその光景を静かに見守りながら、胸の奥に複雑な思いを抱いた。

(将門殿……どうか、もっと我を頼ってほしい。)


その夜、焚き火の前で将門と国豊は向かい合った。

「国豊……お前が連れてきてくれた。この恩は忘れぬ。」

国豊は静かに言った。

「常羽御厩は馬寮の牧。これを焼き討ちした良兼・貞盛の罪は重い。

朝廷に訴えれば、必ずや裁かれましょう。正しさを公に示すのです。」

将門は炎を見つめた。

「……我は敗れ、すべてを失った。それでも良兼を滅ぼさねばならぬ。」

国豊は焚き火越しに言った。

「将門殿……貴殿はなお、人を惹きつける光を失わない。

その光を広く示すのです。」

将門はゆっくりと頷いた。

「是非もない、お前の力を貸せ。再び、共に京へ上ろう。」


妻子が戻り、将門の心は再び整った。

「朝廷に訴えねばならぬ。我が正しさを公に示す。」

将門は、鎌輪の留守を、

御厨三郎将頼、将為(相馬五郎)、将武(相馬六郎)──

三人の弟に託した。

それぞれが将門を支える柱であり、この地を守るに足る器量を備えていた。


こうして将門は、鎌輪を新たな拠点と定め、京へと歩みを進めた。


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