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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第4章 炎滅の夜、影の再起

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【3.常陸を支える義を求む】


将門と良兼が坂東一円を揺るがす抗争を続けていたその頃、

常陸国では、国豊の周辺にも、別の火種が静かに燻り始めていた。

国豊は、国衙の政務を預かる判官として、国内の税所を監督する立場にあった。

在庁官人の一角、百済王くだらのこにきし氏は、徴収した租税を正倉へ納めることを怠り、再三の督促にも耳を貸さなかった。それどころか、国豊が自ら聴取に赴いた折、逆に矢を射かけるという暴挙に出たのである。

「……国衙を、侮っている。」

国豊は、静かに怒りを燃やした。

さらに百済王氏は、国豊を“浮島ごときの小領主”と侮り、信太の村々へ襲撃を仕掛け、略奪を働いた。

だが、国豊は“名ばかり大掾”の文官ではない。

若き日より鍛えた武と、浮島の郎党の結束があった。

――戦いは、短かった。

国豊は郎党を率いて襲撃者を迎え撃ち、これを殲滅した。

百済王氏の兵は誰一人として戻らず、郎党の多くが討たれた。

恐れをなした当主は、ようやく国府への徴税に応じ、正倉は満ちた。

紛争は終息し、常陸介・維幾も胸を撫で下ろした。


かつて常陸国では、坂東平氏と嵯峨源氏という二つの大族が姻戚を結び、

その“利”が国中の力の均衡を保っていた。

だが、将門の台頭によって、この均衡は否応なく崩れ、

在庁官人の中には“鬼の居ぬ間”とばかりに私腹を肥やし、

己が力を誇示する者が現れ始めていた。

しかし──百済王氏の襲撃を退けた国豊の武威を前に、

維幾・憲為の親子でさえ、国衙の政に口を挟むことを憚るようになった。

頼みとする壬生氏も、自領に籠ったまま動かない。

国豊は、この混乱をただの乱世の兆しとは見なさなかった。

(……今こそ、常陸の秩序を立て直す好機。)


彼は、常総の在地豪族と同盟を結び、あるいは結び直し、

「力の拮抗」を保つことで国内の安定を図ろうとした。

租庸調の徴収を安定させ、中央との連携を密にし、律令を行き渡らせる。

それこそが、自分に課された“義”であると信じていた。


――そんな折、国豊のもとに、胸を抉るような報せが届いた。

「将門殿が……良兼らの夜襲に遭い、本拠を焼き討ちされたと……」

国豊は息を呑んだ。

「……なんだと。」

常羽御厩も、豊田営所も、村々も焼かれ、将門は敗走したという。

「大国玉の岳父殿を頼り、真壁へ向かったそうですが……

途中で行方が分からなくなったと……。」

国豊は拳を固く握りしめた。

(なぜ……なぜ我に助力を求めなかったのだ。)

自分は、以前より強くなったはずだ。

浮島の郎党も鍛えた。

常陸国内での発言力も増した。

――それなのに。

将門は、自分を頼らなかった。

焦り、悔しさ、そして胸を締めつけるような不安が、

国豊の心をかき乱した。

しかも、今なお三千の良兼軍が将門の行方を捜し回っている。

将門の与党と目される自分が動けば、浮島も、信太も、民も巻き込まれる。

国豊は、悶々とした思いを抱えたまま、ひとつの決断を下した。

「……せめて、行方だけでも探らねばならぬ。」

夜明け前、霧の立ちこめる中、国豊は郎党数名を連れ、静かに浮島を発った。

胸の奥には、ただひとつの願いがあった。

(将門殿……どうか、生きていてくれ。)


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