第2章 怨と義の京召喚 【2.怨火、武蔵へ走る】
【2.怨火、武蔵へ走る】
――真壁・源護の館
灯火が揺れ、護の影が壁に大きく伸びていた。
「……近う寄れ。」
呼ばれた郎党が膝をつく。
源護は低く、しかし明瞭に告げた。
「大掾・藤原国豊は将門に与し、我が訴えを退けた。――常陸国府は、もはや頼りにならぬ。」
郎党は驚愕に目を見開いた。
「だが、我ら嵯峨源氏には武蔵権介・源仕殿がおられる。将門の武威と名声が高まる今、胸中穏やかであるはずもない。あの御方なら、将門の野心を見逃すまい。」
護は机上の巻物を取り、固く封を結んだ。
「これを武蔵国府の権介殿へ届けよ。
――『常陸国衙は将門に与し、我が正しき訴えを退けた』
――『坂東の脅威、いま排除すべし』
そう伝えよ。」
郎党は深く頭を下げた。
「はっ……! しかし道中は危険にございます。迂回すれば――」
護は手を振って遮った。
「構わぬ。夜陰に紛れ、最短を行け。これは我が家の存亡を賭した使いだ。」
怨と焦燥が混じった声だった。
郎党は巻物を懐に収め、月なき夜を選んで馬を走らせた。
常陸から下総、そして武蔵へ――
蹄音は闇に吸い込まれていった。
――武蔵国府・源仕の館
夜明け前、疲れ切った馬が外門前に止まった。
「常陸の源護殿よりの使者にございます! 権介・源仕様にお目通りを!」
門番が奥へ走り、やがて灯火を掲げた史生が現れた。
「……源護殿の使い、とな?」
郎党は震える手で巻物を差し出した。
「『将門の狼藉、もはや看過できず』――その訴えにございます……!」
史生の目が鋭く光る。
封を切り、巻物を広げた瞬間、その瞳がわずかに細められた。
「……常陸国府が、将門に与した……か。」
郎党は深く頭を垂れた。
「源護殿は、『国豊殿は将門に心を寄せ、正しき訴えを退けた』と……」
史生は巻物を静かに置いた。
「承知した。権介さまに必ずお伝えしよう。」
郎党は安堵し、帰途についた。
後日、史生から報告を受けた武蔵権介・源仕は、巻物を眺めながら呟いた。
「……護殿にも非はある。だが――」
その瞳に鋭い光が宿る。
「下総の平将門……やはり侮れぬ。」
源仕は筆を取り、迷いなく書き進めた。
「一、下総国の平将門、常陸にて皇統の豪族を殺害し、館を焼く
一、大国玉の領主・平真樹もこれに与し、国の秩序を乱す
一、常陸国衙はこれを黙認し、奏聞を怠る
一、早急に将門・真樹・護の三名を召し進め、真偽を糺すべし」
墨が紙に吸い込まれていく。
書き終えた源仕は巻物を巻き、固く封を結んだ。
「……この解状(上申書)を京の弁官(太政官の実務官)へ投解(提出)せよ。」
史生が深く頭を下げ、巻物を受け取る。
源仕は立ち上がり、東の空を見つめた。
「あの男は、我にとっても脅威……。
ここで朝敵に貶め、その力を削げるならば、安んじて眠れるというものよ。」
その声には、将門への因縁を思わせる冷たい決意が宿っていた。




