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『完璧に嫌われたはずが、氷の公爵だけは嘘を見抜いて離さない〜戦場カメラマンの悪役令嬢〜』  作者: 羊皮紙のヤギ


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第51話 暴かれた、弟妹たちの声

 大広間に充満していた、あの悦楽に近い断罪の熱気が、一瞬にして霧散した。


 代わりに流れ込んできたのは、奥歯が鳴るほどの凍てついた沈黙だ。

 シャンデリアの光さえも、その場に漂う重圧に屈し、影を濃く落としている。


 レオン・ノワールクール公爵が提示した、買収の証拠と偽の鑑定書。

 それによって、アルベール殿下の「正義」は、土台から音を立てて崩落し始めていた。


 けれど、この物語の真の残酷さは、政治的な不正の露呈だけでは終わらない。

 私の隣で、ステラが一歩、震える足取りで前へ出た。

 彼女の琥珀色の瞳は、広間の隅、人だかりの隙間で怯える二人の子供を捉えていた。


 ヴァルモン公爵家の嫡男、十四歳のエドガー。

 そして、その傍らで震える十歳のエレーヌ。


 彼らは、「大罪人」となった私との接触を固く禁じられていた。

 ただ、遠くから姉の破滅を、汚物でも見るかのような目で見つめるよう教育されていたはずだ。


「エドガー様。エレーヌ様」


 ステラの声が、静寂を優しく、けれど断固として貫いた。

 彼女は懐から、あの特効薬に添えられていた、小さな、走り書きのメモを取り出した。


「これを見てください。……わたくしが痛みで苦しんでいた夜、枕元に置かれていた、あの方の筆跡です。……鑑定士様も認められました。これは、セレスティーヌ様のものです」


 ステラは、膝をつくようにして子供たちと同じ目線に降りた。


「あの方は、わたくしを助けてくれました。……そして、あなたたちのことも、ずっと……」


「嘘だ……っ!」


 エドガーが、ひび割れた声を上げた。

 それは、水気を失った枯れ葉が擦れ合うような、弱々しい響きだった。


「僕が……、僕が道端で拾ってきたあの花を、あなたは『汚らわしい』と吐き捨てた。僕の顔など二度と見たくないと……、そう、仰ったのに」


 記憶の奥底で、痛みが脈打つ。

 小さな、泥だらけの手。差し出された、名もなき野花。

 それを冷酷に払い除けた私の指先の感触が、今さらになって焼けつくような熱を帯びて蘇る。


 ステラは、エドガーの震える手を、そっと包み込んだ。

 そして、レオン様が用意していた、もう一つの記録……使用人たちの証言録を、彼らに見せた。


「エドガー様。あの方があなたを突き放したのは、己が断罪された際、あなたたちに火の粉が飛ばぬようにするためだったのです。……『冷酷な姉』として嫌われていれば、あなたたちが彼女を見捨て、公爵家を守るための正当な理由になる。……彼女は、世界中から憎まれるという盾で、あなたたちを、この家を、守り抜こうとしたのですよ」


 ステラの言葉が、石床に重く沈殿する。


「お姉ちゃん……だったの……?」


 エレーヌが、ポロポロと大粒の涙をこぼした。

 ステラは、レオン様から手渡された、小さな木彫りの犬と、手縫いのシルクリボンを、エレーヌの掌に置いた。


「誕生日の朝、枕元に届けられていた名もなき贈り物。……使用人たちが、見ていました。セレスティーヌ様が、夜中に一人で、心を込めてこれらを用意されていたのを」


「お姉ちゃん……っ、夜中に……、こっそり……。あの、温かい手は……お姉ちゃん、だったの……?」


「姉上……っ! ああ……っ!」


 エドガーが、耐えきれないというように両手で顔を覆い、その場に泣き崩れた。

 激しく震える肩が、彼の中に押し寄せた絶望的な後悔の質量を物語っている。


「僕たちを守るために……っ! ずっと、たった一人で! あんなに、あんなに冷たい言葉を……っ!」


 弟の、魂を削り出すような号泣が、高い天井を震わせる。

 ステラは、泣き崩れる彼らの背中を、慈しむようにさすり続けた。

 彼女のその横顔は、もはや「犠牲者」ではなく、真実を救い上げる「解放者」のそれだった。


 私の肋骨の裏側が、ミシリと音を立てて軋んだ。

 三十三年の前世、そして十五年の今世。

 隠し通してきたはずの、私の不器用で、醜いほどの愛。

 それが今、ステラという光によって、白日の下に曝け出されている。


「……やめて」


 唇から、かすかな、掠れた音が漏れた。

 顔の筋肉を制御していた細い糸が、ぷつりと断ち切られた感覚がした。


 微笑むことも、気高く振る舞うことも、もうできない。

 歪んだ視界の端で、貴族たちの顔から、急速に赤みが引いていくのが見えた。


 ベアトリクス侯爵令嬢は、震える手で自身の口元を覆い、幽霊でも見るかのように私を見つめていた。


「……私たちが、あの時、嘲笑っていたのは……。彼女が、ご自分を切り刻んでいる、その瞬間だったというの……?」


 大広間に満ちる空気は、泥濘のような重苦しさへと変わっていった。


 そして、玉座の前。

 アルベール殿下は、ついに膝から崩れ落ちた。

 彼は自分の両手を見つめ、呻くように声を絞り出した。


「俺は、王子として、正義を成したと……。そう、思っていた。だが……。最も優しく、最も孤独に戦っていた人間を……。俺は、この手で、殺そうとしていたのか……っ」


 彼を支えていた確信は、今や彼を切り裂く凶器へと変わっている。


 私は、ガタガタと震える自分の両肩を抱きしめるようにして、ただ立ち尽くしていた。


 その時。

 私のすぐ隣、レオン様が、私の震える肩に、そっと大きな手を置いた。


 厚手の革の手袋越しに、彼の体温が伝わってくる。


『お前は、もう、隠さなくていい』


 私は、もう「透明な記録者」ではいられない。

 ステラが拾い上げ、レオン様が支え、家族が叫んだこの真実の真ん中で。

 私は、血の通った、一人の人間として、立っていなければならなかった。

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