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『完璧に嫌われたはずが、氷の公爵だけは嘘を見抜いて離さない〜戦場カメラマンの悪役令嬢〜』  作者: 羊皮紙のヤギ


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第28話 選択した破滅

 背後で、重厚な扉が閉まる重い音が響いた。


 その瞬間、大広間に満ちていた怒号と熱狂は、厚いオークの材に遮られ、遠い海の底の鳴動のように遠のいた。

 廊下に立ち込めているのは、ひび割れた石の冷気と、使い古された蝋燭の焦げた匂いだけだ。


 私は、扉の取っ手を握ったまま、しばらく動くことができなかった。

 肺の奥に溜まったガラスの破片が、呼吸を揺らすたびに内側を切り裂く。


『お前は、誰も傷つけたくなかったんだろう』


 鼓膜の奥で、あの男の声が、呪詛のように、あるいは福音のように鳴り響き続けている。

 レオン・ノワールクール。

 氷の深淵を湛えたあの瞳が、私の顔に張り付いた仮面を、無残なまでに透視(スキャン)していった。


「……っ」


 私は弾かれたように顔を上げ、廊下を歩き出した。

 ヒールの音が、静まり返った回廊に、歪な心音のように跳ね返る。


 誰にも見られてはならない。

 誰かに、私のこの内側の震えを悟られてはならない。

 私は、完璧な「悪女」として、この学園を去る。

 それが、私がこの世界のために用意した、唯一の整合性なのだから。


 吹き抜けの回廊に出ると、祝祭の夜を彩る魔力灯の光が、中庭を青白く照らしていた。

 そこではまだ、事情を知らぬ学生たちが、恋人たちと語らい、将来の希望を語り合っている。

 そのあまりにも眩い光景を、私はファインダー越しに眺めるだけの、亡霊のような心地で通り過ぎた。


 ふと、前方から数人の学生たちが歩いてきた。

 かつて、私の取り巻きとして、その靴の先まで磨き上げんばかりに媚びへつらっていた令嬢たちだ。


 彼女たちは私を見ると、一瞬だけ恐怖に顔を引き攣らせた。

 だが、すぐにその表情は、獲物を見つけたハイエナのような、醜い優越感へと変わる。


「あら。お一人ですの? セレスティーヌ様」


 中心にいた令嬢が、扇で口元を隠しながら、粘りつくような声で嗤った。

 彼女の視線は、もはや私を敬う対象ではなく、道端に転がる石ころを眺めるような、剥き出しの蔑みに満ちている。


「アルベール殿下のお隣には、もうステラ様がいらっしゃるとか。……残念ですわね、毒を弄ぶようなお方は、お似合いの場所へ行かれるのがよろしいかと」


 冷ややかな嘲笑が、周囲から重なって響く。

 その波長は、私の存在を、社会的な死へと追い込んでいくための、正確なリズムを刻んでいる。


 私は、筋肉一つ動かさず、彼女たちを一瞥した。


 ――被写界深度、固定。

 ――感情の露出、ゼロ。


 脳内にある「記録者」の回路が、冷徹に作動する。

 彼女たちの嘲笑を、ただの露出過多(オーバー)なノイズとして、構図の外へと追い出す。

 私は無言のまま、彼女たちの間を、ただ風が吹き抜けるように通り過ぎた。


「な、なんですの! あの態度は!」

「もう公爵令嬢でもないくせに……!」


 背後で上がる、苛立ちの混じった喚き声。

 それでいい。

 私を憎んで。私を蔑んで。

 そうして、私という存在を、あなたの記憶のゴミ溜めに捨てて。


 石段を降り、学園の大きな正門が見えてくる。

 そこには、ヴァルモン公爵家の紋章が刻まれた、重厚な馬車が待機していた。

 御者のジャンの青白い顔が、灯火に照らされて浮かび上がる。


 私は一歩一歩、自分という存在を、この学び舎から切り離していく。

 十五年間。

 この場所で、私は多くの「像」を記録し、そして多くの自分を殺してきた。


 門をくぐり抜けた瞬間。

 私の世界を繋ぎ止めていた、最後の重力が切れた。


 もう、戻れない。


 私はよろめくように馬車へと歩み寄り、差し出された手を借りることもなく、その闇のような車内へと身を投げた。

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