主人公のお仕置きシーンはマストでしょ
ドアを開ける音が玄関に響く。
「おかえり。」
「戻りました。」
「ただいまでーす。」
花はそのまま洗面台の方へ手を洗いに行き、僕はキッチンで手を洗う。
ニッグさんはキッチン前のリビングにあるソファーに深々と腰掛け、僕が作り置きしておいたカレーを頬張りながらテレビを眺めていた。
「今日の魔力トレーニングはここまでにしておく。魔力操作のオーバーワークは良いが、運動のオーバーワークは厳禁だからな。」
皿を片手に、あとこれ美味しいな、とこちらを振り向いて言った。
だらけきっているな、この人は。
これで可愛くなくて、居候している理由が家賃滞納とかだったら、すぐさま家から追い出すところだ。ヤレヤレ。
というか、と僕は水道の水を止めながら尋ねる。
「そっちの世界でもオーバーワークはダメなんですね。やっぱり、体を休めるのも訓練のうち的な物ですか?」
「いや、怪我をしてもそれを治す回復薬に限りがあるからだ。別に私の世界にいる分にはオーバーワークは問題ないぞ。」
「あ、結構パワープレイなんですね。」
「まあ、この世界には即座に回復する術がないのだからそう思うのは当たり前か。」
テレビを見ていたニッグさんは、僕に返答しながら急にソファーから立ち上がり、画面をがん視した。
「・・・え、待って、この男結構イケメンじゃん。けー、ぽっぷ?これは新しい扉を開いてしまった。」
うわ、ニッグさんって面食いだったのかよ。ちょっと解釈がズレてたけど、まあ許容範囲か。
それにしてもK-pop系のイケメンが好きなのか。
別にK-popを否定するつもりはないけれど、僕の思うイケメンはアイドルというより三〇、四〇代の少し渋みがかかった俳優さんだからな。
二〇代の若造は僕のストライクゾーンから外れているんだよなあ。
「あのー、ニッグさん。少し俺たちが休憩したら質問していいですか?」
僕がキッチンからニッグさんの様子を見ながら心の中で独り言をしていると、洗面台の方から花の声が聞こえた。てか、あいつはいつまで手を洗っているんだよ。
「ああ、構わないぞ。」
「ありがとうございます。」
そういえば、ニッグさんが寝巻になっているってことは、僕らが走っている間にシャワーを浴びたのか。僕らも早く浴びないと、さすがに体が汗くさい。
「ねえ、花。どっちがシャワー浴びるかじゃんけんよ。」
そう言いながら洗面台の方へ向かう。
「あ、すまない。俺が先だ。」
洗面台のドアを開けると、脱衣中の花がそこにいた。
「え、えぐいな。我儘すぎだな?」
この家は洗面台と風呂場、トイレが一緒になっているから、手を洗ったらすぐにシャワーを浴びられるけれど・・・非常に公平性に欠けている。
「早い者勝ちだよ。」
花は当然のような顔でそう言いながら、遠慮なくズボンを脱ぐ。
「あ、ふーん。早い者勝ちね・・・」
僕は即座に指先を向け、花を囲うように結界を張った。
「は?ちょっと、鳳?」
花は咄嗟に回避しようとしたが、関節を固定された上に周囲を結界で覆われ、そもそもこの部屋の狭さもあり、ガッチリと拘束されてしまった。
「すまない、早い者勝ち、だろう?」
僕は勝ち誇ったかのように口角を上げながら、素早くバスルームの中へ入り、迷わずシャワーを浴びた。
まだお湯になっていない冷たい水のまま浴びたため、寒さで体がビクッと跳ね上がる。
これ、あるあるだね。
「君、早くシャワーを浴びたいがために着衣したまま水をかぶるなんて。どうかしてるんじゃないか?」
「いや、だってお前がいきなり結界に拘束されて動揺している隙に浴びに行かないと、結界で拘束し返されちゃうじゃん。」
「はあ、そこまで考えていたならいいよ、先に浴びて。」
花は、呆れながらズボンを履きなおす。
「不毛な争いを避けてくれてありがとう。」
僕はシャワーを浴びながら服を脱ぎ始める。
「大人っていうものはときに、子供の我儘にたいする寛容な心が求められるものだ。」
「あっそ。」
「鳳、しっかり反省したか?」
花は頭にかけたバスタオルで濡れた髪を雑に拭いながら、椅子にぐったりと腰掛けている僕を冷ややかな目で見下ろしてきた。
「ああ、私がしっかり説教してやったよ。」
ソファーでテレビを見ていたニッグさんが誇らしげに胸を張って答える。
そう、僕がシャワーから上がり、さっぱりした気分でリビングに戻ってきた瞬間、待ち構えていたニッグさんに容赦なく襲撃されたのだ。ニッグさんは魔力を使わず、純粋な物理の腕力で僕をボコボコに叩きのめすと、仕上げとばかりに僕の首元へ冷たい剣の刃を突きつけてきたのだった。そして、
「二度と身内相手に魔力で不意打ちの喧嘩などするな」と強烈なくぎを刺されたのだ。
・・・まあ、さすがに僕の風呂場での行動がやりすぎたということだろう。でも、なんでニッグさんが、風呂場でのことを知ってるんだろう?
「結構、ホウをボコるのは気持ちよかったぞ。」
ニッグさんは楽し気に花にそう伝える。この人は本当に同じ人間なんでしょうか、
「ありがとうございます。でも、やりすぎないでくださいよ。肉体が再起不能になったら俺も困りますから。」
花はニッグさんにお辞儀をしながら、事もなげにそんな悪者が言うような内容を口にする。
このクソ野郎、僕が体を洗っている隙にニッグさんに言いつけやがったな。不意打ちの拳はめちゃくちゃ痛かったんだからな。あとで絶対にぶっ殺してやる。
「大丈夫だ。死にはしない。」
「・・・どんな説教をしたのか気になりますが、まあ触れないでおきましょう。」
僕の散々な惨状を横目で見ながら、花はあえて深入りを避けるように肩をすくめた。
「いいや、花には知る義務が、ある。」
満身創痍で床に倒れ伏したまま、僕は怨念の籠もった鋭い視線を花へと浴びせる。
「あ、意識あったんだ。」
「気づいてなかったって、マ?」
息も絶え絶えな声で突っ込む僕を、花はまるで路傍の石ころでも見るかのような目で見つめ返した。
「でも、俺はニッグさんに聞くことがあるから、その話はあとでね。」
「おのれ・・・おい、拘束するな。僕は何もしないから。」
僕は手足を厳重に紐で拘束され、さらに花が魔力を用いて、僕が机に突っ伏すような姿勢で頭を固定した。なんて惨い仕打ちなんだ。これが人に施すことなのかなあ?この人は本当に同じ人間なんでしょうか。
「とりあえずね。」
「はあ。まあ、このままでいいけどね!」
僕は言い返す気力もないので渋々この拘束を受け入れることにした。
「では・・・ニッグさん、聞きたいことは一つつだけです。」
花は質問しながら、僕の向かいの椅子に座った。
「うむ。」
「魂とはどういうものですか?」
「大雑把だな。そもそも、どういう経緯でこの質問になった?」
「それは、ランニング中のこと。」
あ、そういう語り部風の口調で進めるのね。
「鳳と俺は昔の話をしていました。そこで鳳と俺は、片方にはある記憶と片方にはない記憶について初めて、気づいたのです。」
「本当に初めて、なのかい・・・?」
ニッグさんは片手を花にかざしながら質問を挟む。いや、どういうタイミングと意図でそんな動作をしたんだ?
「俺と鳳の話で初めて話題にあがったということです。」
僕が疑問を抱いた矢先、花が淀みなく答えた。
「へー。」
ニッグさんは関心なさそうに返事をした。
「では、話を続けますね。・・・もともと我々は、ただの魂の片割れ同士、つまり、鳳の主人格とする二重人格だと認識していましたが、二人とも記憶が不完全である、となると完全な記憶を持ち、性格だけが違う二重人格とは話が違うと思ったのです。」
にしても、花は言語化能力に長けているな。僕が漠然と抱いていた疑問を見事に整理して見せるなんて。さすが、僕と同じ魂を持つ者だぜ!ガハハ!
「で、君たちはその、話が違うのならどんな話なのか、を聞きたいという認識で良いな?」
「はい。」
「まあ、私はあまり魂に関して詳しくないから、その質問への解答も深い知識も教えることができない。」
「そうですか・・・」
「だが、君たちは二重人格やただの魂の片割れといった、一単語で表せるようなものではないという、君たちの仮説には賛同できる。」
「そういえる根拠は?」
「二重人格については、私も昔少し聞いたことがあるからだ。二重人格はいわば、主人格の魂の性格にバグが生じて主人格の魂に寄生するようになった魂の片割れだ、と。寄生している魂は主人格の記憶を触媒に、主人格の魂が眠っているときに霊体を操作できるようになる。」
「鳳と俺も、その説明全部に当てはめられることができると思います。」
「そうだ、ここまでは君たちに当てはめることができる。しかし、だ。このとき、主人格は二重人格になる前の完全な記憶を保持しなければならないんだ。いや、正確には完全な記憶を保持していなければおかしい。」
「それは、魂の片割れは主人格の記憶を触媒にしているだけで奪ってはいないから。」
花はポツリと呟いた。まるで、オシャレなカフェでパソコンをカタカタと叩きながら店員さんを呼び、可愛い店員さんが来た瞬間にタイピングを止め、キーボードに片手を添えつつもう片方の手で人差し指を立てて、「ブラックコーヒーをひとつ。」と低い声でオーダーするキザな男かのように。
というか、毎度毎度思うのだが、カフェでデスクワークする奴ってカッコつけだよな。絶対に集中力が下がっていると思う(以下略)。
「そうだ。故に、時間を費やし記憶を増やすことはできるが、二重人格というだけで記憶を無くすことは決してできないんだ。」
「なるほど。その、完全な記憶の保持というのが鳳と僕に当てはまらないんですね。」
「ああ、以上が、私が持っている魂に関する浅い知識だ。」
「いや、全然深い知識でしたよ。ありがとうございました。」
「まあ、私の世界に行くことができれば、魂について詳しい者が多くいる。君らの問を解消したいのなら、彼ら彼女らに聞いたほうがいい。」
「はい、わかりました。ありがとうございます。」
「あのー、話し終わったなら、この拘束、外してもらえますか?」
「・・・どうします?ニッグさん。」
「まあ、しばらくこのままでもいいんじゃないか?」
「は?おい!」
「じゃあ、私はテレビでも見ているとするよ。」
「俺は勉強しますね。」
「お、お前ら!せめて頭の拘束は―――」
その瞬間、僕の頭を押さえつけていた魔力がフッと解けた。
「紐は自分でどうにかできるだろう?」
「いや、難しいよ。」
紐を解くなんて繊細な魔力操作、僕にできっこないだろ。
「まあ、これも修行の一環と思えばいいだろ。君のその魔力操作でどうにかしたまえ。」
ニッグさんはテレビのリモコンを手に取りながらあっさりと言い放った。修行なんて本当に都合のいい言葉だな、と僕は毒づく。
「そんなー。」
最悪、ハサミを魔力で引き寄せて持ってきて切ればいいか。
結局鳳は、結び目の一点ではなく、紐に一本の針金を入れるように魔力を込めて、その魔力を丁寧に操作して紐を解きました。
2026/9/20追記:タイトル付けるの忘れてた・・・




