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ダイアリーより綴る譚  作者: しゅんゑ
異世界侵攻編
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53/56

こういう血なまぐさい努力が大事なんだよね

約一か月ぶりですね・・・

「―――先日突如として起き、国をまたぐ超広範囲に広まったのち、勢力を弱まったヨーロッパでの未曽有の大火災。国際連合はこの火災を、史上最悪かつ奇妙な火災と発表。専門委員会は突如として火が消せるようになったため、消火活動および調査を実施しました。そして、消火活動によってほとんどの火災範囲を鎮火できました。しかし、調査の結果は、この火災の発生源、火のメカニズム、火の進行方向の原因、すべてが謎に包まれていると発表。また、ドイツの首都ベルリンで起きた大規模な爆発の原因も分からないと発表しています。」

「いやー、本当に凄惨な火災ですよね。死者も一六〇〇〇人と言われていて、さらに国家が機能停止だなんて・・・」

「うーん、みんな死者数とか規模とかに注目していると思うけど、この火災が他と決定的に違うのはすべてが謎に包まれている所なんだよね。国際連合が力を挙げて調査しているのになに一つ火災の情報をつかめないのは本当に奇妙ですよね。」

「そうだよね。ネット上で一時期噂になった消えない火に関しても何もわからないだなんて。」

「では、まもなく、二〇時から専門委員会から新たな調査発表があるのでツッ―――」

ピッ、と乾いた電子音が響き、テレビの画面が黒くなる。

ニッグさんは手にしたリモコンの電源ボタンを押し込み、無造作にソファーのひじ掛けへと放り投げる。

一方、僕と花はダイニングテーブルに向かい合い、絶賛テスト勉強の真っ最中だった。残念ながら教科書や参考書はそれぞれ一冊ずつしかないので、同じ科目を同時に勉強しないよう、かつ偏りが出ないようにお互い気を遣いながらローテーションを回しているのだ。

「二人とも、家にいるときはずっと勉強してるね。友達とかっていないの?」

ニッグさんは、カリカリとシャーペンを走らせる僕たちに向かって、急に鋭利な言葉のナイフを突き刺してきた。

「は? ニッグさん、それ、ライン越えの発言ですよ。」

僕は思わずカッとなったが、そこはクールでイケメンな天才としての矜持で暴言を抑え込み、ニッグさんを注意する。

「本当に、そうです。言葉には気を付けてください。いくら彼が高校で影が薄くてあまり友達を作れなくて、しかも怠惰だったせいで帰宅部になっちゃって、暇な時間が―――」

「ちょい待ていや!」

僕は食い気味に花の言葉を遮った。

「心折れるで? 花。」

向かい合って勉強している、唯一の理解者であり仲間だと思っていた花からも容赦なくナイフをグサグサと刺されれば、さすがの僕でも心のHPがゼロになってしまう。

「なんか、大変だな。」

ニッグさんは気の毒そうな顔をして僕の方に近づき、ポンと肩を叩いた。

「僕が、同情された、だと。」

僕を貶してきた発端であるニッグさんから同情されるのは、控えめに言って意味が分からない。驚愕を通り過ぎて、もはや狂気すら感じる。

「まあ、マジレスすると、学力試験前なのでさすがに勉強しないとまずいんで。」

花はペンの動きを止め、ニッグさんに向かって淡々とそう告げた。いや、マジレスって言ってるけど、君も一度はこのギャグの流れに乗って僕の心にナイフを突き立ててきたよね? まあ、もういいんだけどさあ・・・。

「そうなのか。ちなみにその試験はいつあるの?」

「来週です。」

「なるほど。それは大変だね。」

ニッグさんは腕を組み、ふむと頷いた。

「というか、忘れたんですか、ニッグさん。僕たちは勉強だけじゃなく、ニッグさんからの魔力トレーニングもしてますよ。」

「まあ、それはそうなんだけど。そのトレーニングの時間と学校以外、ほとんどこの家で勉強して過ごしているではないか? っていう話さ。」

ニッグさんは少し呆れたように肩をすくめる。

「別に、それが僕と花のやらないといけないことなんだし、それで満足してるんだから良くないですか?」

僕は持論を提示してニッグさんを説き伏せた。天才を相手取るなんて、さすがのニッグさんでも一〇〇年早いわ。ガハハ!

「それもそうか。」

ニッグさんはあっさりと引き下がり、壁掛け時計へと視線を向けた。

「と、いうことで話していたら、そろそろ時間だ。」

「まあたしかにですねー。」

時計の針を見れば、時刻はほぼ二十時を指していた。僕と花は同時にペンを置き、勉強道具を机の端へと寄せる。

「じゃあ、はじめようか。魔力トレーニング。」

この「魔力トレーニング」というのは、二日前に始まった日課だ。

それまで僕たちが独自でやっていた、魔力の使い方を高めるための我流の修行が、ニッグさんの指導の下で魔力の使い方、及び魔力戦闘の力を身に着ける、という本格的かつ地獄のようなメニューへと進化したのである。

「まずは魔力との親和性を高めていくわよ。」

ニッグさんの号令で、僕たちはリビングの床に正座し、手を合わせて精神を落ち着かせる。

魔力との親和性を高めるこの修行は、まるで滝行のようなものだ。体内を流れる魔力と、体外へ放出される魔力の流れを研ぎ澄ます。これを行う目的は、魔力系スキルの効果を底上げすることと、体を流れる魔力をより深く認識し、身体操作の精度を高めるためだ。

ぶっちゃけ、僕と花は霊体を魔力で強制的に生かしているから、最初からだいぶ魔力との親和性が高い。だからやらなくていいと一番初めは思っていた。

しかし、これをしっかりやっておかないと、後者の目的である身体操作の向上が達成できず、この後の地獄の筋トレメニューがさらに真の“大地獄”になってしまう。だからこそ、このトレーニングだけは絶対に集中して行わなければならないのだ。

とはいっても、この瞑想状態は十分ほど続くため、思考の方ははやや暇になる。僕はこの時間を活用して、頭の中で魔力についての知識をおさらいすることにしている。

魔力トレーニング初日、僕と花はニッグさんに魔力とは何たるかを教えてもらった。その説明のほとんどは、魔力は万物に存在する力の根源であり、基本的には魔術と魂との繋がりを使って魔力操作スキルを発動し、操作できる、という僕らにもともとあった認識と同じであった。しかし、少し補足があり、それは魔力が世界を成り立たせている、ということだった。魔力質も物質も、魔力がないと存在できないのだとか 。

また、この魔力を使うにあたって、大切な要素は三つあるらしい。

一つ目は、一般スキルと呼ばれる耐性系と魔力系スキルの中の、魔力系スキル。これにはみなさんご存じのように「魔力操作」「魔力放出」「魔力感知」の三つがあり、これらを高めるにはスキル使用者の才能と鍛錬が必要になる。

二つ目は、魔力純度。魔術なしで魔力を使用した際に、使用者本人の魔力属性の性能をどこまで引き出せるかを示す度合いらしい。例えば、火属性の人が魔力弾を撃った時、魔力純度が低い人ならただの弾丸だが、魔力純度が高い人なら周囲を燃やし尽くす灼熱の弾丸になるということだ。ちなみに、これは生まれてきた時点で決まっているものらしく、ニッグさんが僕たちの魔力弾を見た感想は、「無属性にそもそも魔力属性に性能がないか、君たちの魔力純度がゼロかの二択になるぐらい、ただの魔力弾だ」という散々たるものだった。普通に悲しいね。

最後に、魔力量。魔力量はその名の通り魔力の総量で、どんなに鍛錬しても上限が変わることはないし、魔力の自然回復量も変わらない。完全に才能の問題だ。うん。ニッグさん曰く、僕と花の魔力量と魔力回復量は向こうの世界ではスライムレベルらしい。普通に悲しいね。

まあ、ニッグさんには隠しているけど、僕たちには魂を持たない魔力質から魔力を無尽蔵に吸収できるチートスキル、天吸があるから、全然余裕なんですけどね。ガハハ

「うん、いつも通り、良い感じに落ち着いているわね。」

そうやって頭の中を整理しているうちに、きっちり十分が経過したらしい。

「今日も昨日と同じメニューをやるわよ。」

「え! 嘘やん。」

何かの気まぐれで、あの地獄の筋トレメニューがなくなればいいのにと思っていたが、さすがに無理だったか。

「嘘じゃないし、魔力を乱すな。」

パシンッ!

もう魔力との親和性を高める修行はもう終わったのに、お坊さんが座禅の修行中に喝を入れる警策のように、僕の肩が叩かれた。ニッグさんが腰に下げている、中身の剣がしっかり入ったままの重い鞘で。・・・痛いよぉ。

「ニッグさん。このメニューっていつまで続くんですか?」

痛がる僕を横目に、花が恐る恐るニッグさんに禁断の質問を投げかけた。

「まあ、一か月ぐらいかな?」

「一か月・・・」

花の顔も急に曇る。もちろん、僕の顔も同様に絶望で染まった。

「基礎的な体づくりをしておかないと、もし魔力濃度が高い向こうの世界に行けることになったら持たないわよ。いくら魔力操作で虚を突いたって、魔術を使えない君たちは決定打に欠けていて雑魚だし、君たちの魔力操作を知っている相手には虚すら突けなくて、やっぱり雑魚だ。しかも魔力量の底が近いからもっと雑魚だ。」

「まあ、たしかに・・・」

「納得したならやるよ。」

そう言うと、ニッグさんはソファーにドスンと座り込み、指導者の威厳たっぷりにゴホンと咳払いをした。

「まずは・・・」

僕らはゴクリと唾を飲み込む。最初の筋トレメニューが何より重要であり、最大の難関だ。

「腕立て伏せ五〇〇回。体内の魔力を操作して完遂しなさい。ただし!フォームが崩れてたり、一度でも床に寝そべったりしたら、魔力の使用を禁止して一からやり直しだからね。」

「うぅ・・・」

昨日の腕立て伏せ四〇〇回で筋肉痛になった胸をさすりながらうめき声をあげる。

「やるしかないよ、鳳。」

「そうだね・・・」

僕は悲壮な決意とともに床に手をつき、腕立て伏せの姿勢をとった。

「じゃあ、昨日みたいにお互い十回腕立てやったら暗記事項を言うって感じでやってくか。」

花からの提案に、僕は短く頷く。

「おっけ。」

「では、はじめ!」

ニッグさんの冷酷な号令とともに、僕たちの長く苦しい夜のトレーニングが幕を開けた。


「―――四九七、はあ、はあ。うっ!四九八!ぐうー四九九!・・・ふう。ふっ!五〇〇!うっ!」

珍しい彼の必死の形相で絞り出した声とともに、花は限界を迎えた肉体を支えきれなくなる。 ドダンッ、と大きな音を立てて、一度もフォームを乱さなかった彼は、ついに冷たい床に顔を押し付けるように突っ伏した。

「ゴフッ!」

一方の僕は、三〇〇回あたりで早々にフォームが崩れてしまい、すでに言葉を紡ぐ気力すら残っていない。肺は焼け付くように熱く、あまりの過酷さに意識の端が白く霞んでいく。二人の衣服は、絞れるほどの大量の汗でびしょびしょに濡れていた。

「お疲れ。」

そんな僕たちの横で、ニッグさんは頬を伝う汗を袖で軽く拭いながら、何食わぬ顔で涼しい笑みを浮かべていた。ちなみに、この鬼のような腕立て伏せメニューにはニッグさんも付き合ってくれていたのだが、彼の体に浮かんでいるのはほんのわずかな汗だけで、疲労の色など微塵もない。この世界の厳しい魔力濃度というデバフが常にかかっているというのに、この化け物じみたスタミナはいったいどうなっているのか。さすがは阿修羅団の団長、格の違いを見せつけられる思いだった。

「でも、休んでる暇はないよ。立ちなさい。次は走り込み三〇キロメートルだぞ。」

「三〇?・・・もう、無理。」

あまりの絶望的な距離に、僕は床に這いつくばったまま魂の抜けた声を漏らす。

すると、隣で動けなくなっていたはずの花が、プルプルと震えながら上半身を起こし、すかさず僕の肩をガシッと掴んできた。

「し、死ぬなよ、鳳。俺一人で走らせる気か。俺たち、二人で一つではないか?」

「うんそうだね。」

「なんか、薄情、じゃない?」

「冷笑された方が良かったか?」

「いや、結構だよ。」

花はげんなりとした顔でパッと手を離し、ヤレヤレとばかりに肩をすくめた。こいつ、自分が一人で地獄を見るのが嫌なだけだろ。

「ほら、ぐずぐずしない。早く。」

ニッグさんの容赦ない催促が上から降ってくる。この人の辞書に慈悲という言葉はないらしい。

「はい・・・」

僕は全身の関節を鳴らしながら、ゾンビのようにうろうろと立ち上がった。

だが、出発する前にどうしてもやっておかなければならないことがある。

「その前にいいですか?」

「なんだ?」

「カロリーメイトっていう軽食を食べていいですか?」

「まあ、ただの栄養補給ならいいよ。」

ニッグさんは腕を組み、偉そうに許可を出した。魔力弾をこの人の頭に打ち込もうかと思ったけど、その衝動を堪えて、落ち着く。

「あ、ありがとうございます。」

「鳳、俺の分も頼めるかい?」

「もちのろん。」

僕は頑張ってテーブルの椅子に這い上がり、テーブルの上からカロリーメイトの箱を放り投げ、花はそれを空中でキャッチしてパキッと二つに割る。水分がすべて奪われそうなパサパサの食感は今の乾いた喉には最悪だが、背に腹は代えられない。僕たちは立ち上がって水道水で無理やり胃へと流し込む。

そして、もぐもぐしながらベランダに出てそこから魔力放出を駆使してふわりと地上に素早く着いた。そこから公道に移動した。

「よし、準備はいいな。じゃあ、位置について。」

「ドン!」

――って、相変わらずスタートの合図が適当すぎだろ!

心のツッコミを入れる間もなく、僕たちは有無を言わさず夜の闇に包まれたアスファルトへと放り出され、果てしない三十キロメートルの道のりを走り始めた。

魔力を使ってはいけない。

それが今回の絶対のルール。瞬魔も魔鎧も魔力操作(生命活動を除く)も使わず、頼れるのはこの生身の肉体と、底をつきかけた気力だけだ。一歩踏み出すごとに筋肉が悲鳴を上げ、肺胞が破れそうなほどの熱を帯びる。

『まじで、ニッグさんスパルタすぎる。』

僕はたまらず、ソウルコネクトを起動し、隣を並んで走る花に愚痴を叩きつけた。僕が肉体を操作しているから、普通に話すと周りの人に聞こえて独り言になってしまう。なにより走りながら口を開けて会話する余裕などハナから無いのだ。

『中学三年生のときの夏の七十二時間連続勉強の方が楽だな。』

『うわ、懐かしい!なんであんなことやろうと思ったのか今でも謎だけど、三日間徹夜で勉強したなー。』

花の言葉に、僕は力強く頷く。あの時はカフェインと意味不明なハイテンションだけで乗り切ったが、今思えば若気の至りにもほどがある狂気だった。誰かと一緒にやった覚えはあるけど昔のことなんて覚えてないね。

『・・・なんか、自分と同じ記憶を持つ者が他にいるって改めて思うとさ、こう、なんというか、脳みそがムズムズしないかい?』

『まあ、たしかに。・・・そういえばさ、昔、大分の方にいたときにさ、よく行ってた喫茶店あっただろ?』

僕の急な振り出しに、花は『また唐突だな』と返しつつ、わずかに眉をひそめて考えるそぶりを見せた。

『うーん、大分、喫茶店・・・あー、たしかによく行っていたね。って、それって小学三年生の時じゃないか?』

『あれ?そんな昔だっけ?』

『そうだよ。』

『まあ、そこで働いてた女の人、覚えてる?』

『女の人・・・?』

『ほら、あのさ、すごく可愛くて、甘え上手そうで、守ってやりたい系なのにどこか知的そうな、あの店員さんだよ!』

僕が脳内で熱弁を振るうと、花からは心底冷え切った呆れの思念が返ってきた。

『なんか君の性癖がモロに反映されてそうでキモいな。しかも、全然覚えてないし。』

『・・・なるほど。』

『何が「なるほど」なんだい?それに、なんで急にそんな話を・・・ッ!ああ、そういうことか。』

どうやら花も、僕がこの話を唐突に持ち出した真意に気づいたらしい。僕は花の言った『そういうこと』を論理的に解説するため、思考のスピードを上げる。

『どうやら、僕と花は、二重人格としてそれぞれが独立する前のすべての記憶を共有できているわけではないらしいね。』

同じ一つの魂から枝分かれしたはずなのに、記憶の解像度や、脳裏に焼き付いているデータに明確な差異がある。

『僕がさっき言った女の人は、僕の初恋の人だったんだ。そう言えば思い出さない?』

『・・・いや、さっぱり。』

『そうなんか。じゃあさ、花の初恋って誰なのさ?』

『俺の初恋?』

『うん。だって、僕の初恋の記憶を君が持っていないということは、君の初恋の相手も僕とは違っているはずだろ?まあ、そもそも僕はその初恋以来、誰にも恋したことないけどね。』

『なんだその恋バナの尋問は。修学旅行の夜のテンションかな。』

花は露骨に話を逸らそうと、足のピッチをわずかに上げる。

『おいおい、話をそらそうとしてるな? 早く教えろよー。』

『そらす気はなかったんだが・・・まあいいか。俺の初恋は・・・そうだね。』

花は走りながら少しだけ呼吸を整え、

『ないね。』

と、素っ気なく一刀両断した。

『えー?』

僕は疑惑の『えー?』を花に向ける。

『まあ、小学生の頃はほぼ一年ごとにあちこち転校してたし、中学生の頃は・・・まあ、特にそういうのに興味が湧かなかったし。』

その淡々としたトーンに、僕の中の名探偵(中二病全開)が怪しげな光を放つ。

『やっぱ、お前なんか隠してね?』

『いや、なんも隠してないって。というか、「やっぱ」ってなんだい。』

『だって、栄花もなんだか中学校のときの話を振ると、いつも変な表情をするし。』

『ま、待て。栄花は全然関係ないだろ。』

ソウルコネクトであきらかに花の動揺が僕に伝わってくる。僕はその隙を絶対に見逃さない。

『もしかして、お前らって・・・』

ほんの一瞬僕と花の間に静寂が走る。その静寂は花と作ったことのない異様なものだった。

『僕が記憶ないだけで、ヤッてしまっていたのか!?』

『は?』

あまりに斜め上の発想過ぎて絶句している花の気配がよく伝わってくる。この時点で、まあさすがに違うかと気づいたが、しかし、僕の妄想機関車はもう止まらない。

『いや、もっと詳しく状況証拠を整理するとだな。風凪鳳花と栄花はもともと友達だったけど、どっちかが青春の勢いでハメを外してヤッてしまい、その直後くらいに何かの不可解な衝撃があって、その生々しい記憶を持った君と、その記憶を持たない僕に分裂した。そして僕が主人格としてこの肉体の主導権を握り、栄花だけが風凪鳳花の「記憶喪失の秘密」を共有している、そういうことなんじゃないのか!?』

完璧なまでのストーリー構築だ。それをこの一瞬でペラペラと作れるというのだから、我ながら恐ろしいほどの天才的妄想力である。ガハハ!

『いや、全然違うから。というか、話の飛躍がエグすぎるし、なんで急に栄花がメインヒロイン枠みたいに出現したのかな?』

花は彼の頭の中で盛大に頭を抱えていることだろう。

『まあ、これを君がすんなり認めるわけにもいかないだろうし、君がそういう過剰な反応をするのも計算の内さ。』

『本当に、存在しない事実を勝手に妄想して思い込むのは簡単だが、それだけお前は愚かだという証明だ。』

『まあ、本当の真実である可能性は存在するし、僕が愚かなのか天才なのかは紙一重って・・・』

『そして、いつまでも君がそんな愚かな人間でいるつもりなら、俺はそろそろ本気で君を軽蔑しなくてはならない気がしてきた。』

花は僕の言葉を遮って、警告してきた。そして、脅すかのように魔力を一気に放出する。

『すまん、さすがに調子に乗りすぎたわ。反省する。』

僕はこれ以上踏み込むと本気で拒絶されそうだと察し、すっと身を引く。

『分かればよろしい。』

『あと、魔力だだ洩れだけど・・・ニッグさんに怒られるよ。』

『うん、今やめるよ。』

そう言うと花は魔力放出をやめる。ニッグさんがいる前ではうかつに天吸を使えないから魔力は放置だ。普通にもったいない。

『―――でもさ・・・中学校の時代について、お前たちは絶対に僕に何か隠してるよね?』

『・・・・・・』

『お、沈黙は肯定と捉えていいのかな?』

『答えづらい質問を投げかけられたから、ただ沈黙しているだけだ。』

『ふーん。まあいいさ。今のところは、しばらく目をつぶっておいてあげるよ。』

『へえ、ご親切にどうも。良い選択だ。』

夜のとばりを引き裂く冷たいアスファルトの上を、僕たちは無言のまま一定のペースで駆け抜けていく。先ほどまでのバチバチとした論争はどこへやら、今はただ、耳元を掠める風の音と、僕たちの肺が悲鳴を上げる荒い呼吸音だけが、規則正しく響いていた。

しかし、そこはそれ。

天才にして常に知的好奇心(中二病的な)の塊である僕の脳内で、わずか数分間の沈黙が耐えられるはずもない。

しばらくして再び思考の歯車が噛み合い始めると、先ほどの会話の続きが、ゾンビのようにムクムクと頭をもたげてきたのだ。この不可解で、けれどどこか運命的な自分たちという存在について、僕の好奇心は、ここで綺麗に整理をつけずにはいられなかった。

そう思いなおした瞬間、僕は口を開いていた。

『結論として、僕と花の関係は、単純な「魂の片割れ」とか「二重人格」とかいう陳腐な言葉で片付けるには、あまりに複雑怪奇すぎる。』

『確かにね。・・・じゃあ、家に戻ったら、ニッグさんに魂について詳しく聞いてみるか。』

『うん、それがいい。絶対に聞こうう。』

冷たい夜風を切り裂きながら、僕たちは果てしない距離を走ってゆくのだった。


『もう、ダメかもしれん。胸と腕は言わずもがな、股関節と太ももまでぶちぶち言い始めてきた・・・』

残りはあと五キロメートル。僕の限界なんて、とうの前に突き抜けている。

『では、どうする。』

隣を走る花も相当疲れているはずだが、僕ほど瀕死というわけではない。なぜならこいつは、僕と違って魔力を使って腕立て伏せをこなしたからだ!

『ズルい・・・』

『え?何か言った?』

『お前は・・・はあ、体力を、温存できたから良いよな!』

思わず不満が口から漏れ出してしまう。最初からフォームを崩しまくっていた僕の自業自得なのは百も承知だが、納得がいかないものは納得がいかないのだ。

花は心外だと言いたげな顔を作ったものの、それ以上は言い返さず、小さくため息を吐いて不意に目を閉じた。

『走ってるときに目を閉じたらあぶな――』

『今、魔力探知をした。』

僕の親切な忠告を容赦なく遮り、すまし顔で告げてくる。

『はあ!?使うなよ!ニッグさんが感知範囲内にいたら、スキルを使ったことが向こうにバレちゃうんだぞ。』

前にニッグさんと栄花から感知のコツを教わった際、そのリスクもセットで聞いたはずなのに何を考えているのか。

・・・ちなみに、そのコツを教わったところで僕たちはスキルを感知できないよ!向こうの世界でも稀にそれができない人がいるらしくて、確かアモイロイと呼ぶらしいんだけど、僕らは見事にそのタイプなんだって!ハハハ、面白いよね・・・はぁ。

『でも幸い、半径一メートル以内にニッグさんは絶対いない。だから大丈夫だ。』

『ったく、そういう命がけのギャンブルは僕の役割でしょーが。』

『どこに不満を持っているのやら。・・・まあ、ニッグさんが周りにいない以上サボれるよ。サボれば?』

少し圧を込めながら挑発するように投げかけてくる花。僕が一体何をしたっていうんだー(棒読み)。

『うーん。いや、それはダメだな。』

『ん? なぜだい?』

『あの人に嘘は通じないんだよ。前に一度試したけど速攻で看破された。あの時はマジで「人間ポリグラフかよ」って思った記憶がある。』

『それは魔術によって看破した、ということかい?』

『いや、本人曰く仕草や発汗量で見抜いているらしいけど・・・本当は嘘を見抜くスキルか魔術なのかもしれない。』

『なるほど。』

『なにはともあれ、サボるのは良くない。』

『じゃあ、最初から弱音を吐かないでくれたまえ。』

ぐうの音も出ない正論である。その通りだ、追い込まれている状況で愚痴ばかりこぼす奴は周囲の士気を下げるだけ。僕自身、そういうタイプは少し苦手だ。

そう思った瞬間、僕は即座に謝罪する。

『すまん、すまん。』

僕の素直な様子に、花はフッと小さく口元を緩め、前を向き直す。

『強くなることが君と俺の信念だろう?』

おっと、これはお決まりセリフか。この言葉まじで好きなんだよな。

『ああ。そして、この足の痛みこそが僕らを――』

「突き動かすぅううううううう!」

僕はソウルコネクトを切り替えて、夜の街に大声を張り上げた。コンビニに近いからもうここは使えなくなっちゃったけど。ガハハ!

「おいバカ!」

突然の奇声に驚く花に僕は弁明の言葉を続ける。

『いや、大丈夫でしょ。夜だし、家から五キロも離れてるし、人通りだって少ない。風凪鳳花なんて名前を知っている人なんて、ここにいるわけ―――』

「風凪・・・鳳花?」

『ない』、そう言おうとした瞬間、第三者の声がした。

そして、僕らの名前が聞こえた。

「へ?」

「あ。」

僕と花は情けない声を出しながら同時に声の方を見た。

そこに立っていたのは恐らくコンビニから出てきたバックを背負い、ミンティアを手に出して固まっている、見覚えのない女性だった。

「やっぱり、風凪鳳花だ。」

僕の顔をしっかりと見ると、彼女は僕を指さし近寄って来る。

本当なら、「はい、僕が風凪鳳花です。」と言いたいところだ。

「えっとー・・・」

マズいんよ。誰だかちっとも思い出せないんよ。さすがに初対面じゃない人にあなたは誰ですかとか失礼過ぎて聞けない。身長は栄花と同じぐらいだけど、立ち姿は結構大人びていて大学生に見える。でも、制服着ていて僕の名前を知ってるってことは高校生か。

・・・いや、これ、僕の中学校の制服じゃないか? まさか同校の女子中学生? でも、僕に後輩の知り合いなんていなかったはずだが。

『変わって。』

花は端的にそう告げながら、僕の肉体に入っていく。

『え、あ、うん。』

僕は、とりあえずここは花に任せようという思いで、言われるがまま花に肉体の主導権を渡す。

もしかすると花だけが知っている記憶かもしれないし、何よりさっきの奇声を聞かれた直後で死ぬほど恥ずかしい。

「久しぶりだね。」

花は彼女に向かって手を振る。

「星華―――。」

二人の間にふわりとなま温かい風が吹いた。


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