異世界って中世ヨーロッパぐらいの文明なことが多いよね。僕もその風潮に乗っかることにします。王道を貫きたいからです。
僕らは昼休みの喧騒から逃れるように、人気の少ない裏階段の踊り場へと避難していた。手にした購買のパンを齧りながら、僕はニッグさんへと意識を向ける。僕はニッグさんとこの学校を見学しながら彼女から向こうの世界の大まかなルールを聞いた。そのルールというのは大きく分けて三つ。
一つ目は殺生の禁止。ただし、奴隷を除く、だ。まあ、人を殺していけないのは当たり前だが、奴隷を除くって、人権どこ行ったー!と言いたくなるし、奴隷っているんだという驚愕の気持ちがあった。
二つ目は上級以上の魔術の使用禁止だ。下級から中級は殺傷能力が低いから普通に使用していいのだが、上級以上になると殺傷能力が高くなって許可がないと使用できないのだとか。
三つ目は、これが驚きなのだが、新興宗教の禁止だ。向こうの世界では神は確定的な物で、民俗信仰を除き、新たな帋を立てて信仰することは世界の混乱を招くから禁止されているのだとか。
―――なんか、現状、異世界に行ける可能性がないのにロマンだけ膨らませるのは、ちょっと悔しい。これは絶対ニッグさんの前で言ってはいけないんだけどね。
だから、そんな邪念を振り払うように、ニッグさんの方を見る。すると、ニッグさんも購買のパンを、それは、それは旨そうにほおばっていた。毎度思うが、小動物みたいでかわいいな。
「あっ!質問いいですか?」
ふと思いついた疑問を、僕は隣にたたずむ彼女に投げかけてみた。
「なんだ?」
ニッグさんは不思議そうに首を傾げる。
「そっちの世界にもここみたいな学校ってあるんですか?」
「あるぞ。」
「あ、やっぱり。」
「やっぱりってなんだ。」
僕が納得したように頷くと、彼女は怪訝そうに眉をひそめた。
「だってニッグさん、飛行機に乗ったときとか大きなショッピングセンタ―に行ったときにはめっちゃ驚いてたのに、学校にはちっとも驚かないし質問もなかったので。そっちの学校ってどんな感じなんですか?建物とか。」
彼女は僕たちの世界の文明である飛行機とか大きな商業施設には驚いていたのに、現代的な学校の建物を見ても特に動じる気配がなかった。ニッグさんは腕を組み、かつて自分が過ごした世界を懐かしむように遠くへ目をやった。
「そうだな・・・ここに比べれば、はるかに建物が大きければ生徒数も多いね。私が通っていたチロアーフ最大の学校、マサチューリッヒ学術大学ではたしか一学年から七学年まであって一万人以上の生徒数を誇っていたわね。」
「え、い、一万・・・一学年に一五〇〇人いるだなんて・・・」
本当の本当に、想像以上の規模に、僕は思わずパンを噛みちぎる手を止めた。僕の通う高校なんて全校生徒を合わせても千人に満たないというのに、一学年でその数を優に超えているらしい。
「まあ、国内で唯一の国立大学だから国からの支援はもちろんギルドのスポンサーについてるから設備が整っていてね。定員がなくて筆記試験と実技試験の合計点で合格点を取れば誰でも入学できるから、国内のほとんどの学問とか魔術、剣術を志したい子供が通うのよ。」
「あー、それなら納得です。さすがにそこらへんにそんな規模の学校があったらヤバいですもんね。」
「そうね。」
「いやー、魔術と剣術を学べる学園・・・ロマンというか、夢があるなあ。」
男子高校生なら誰もが一度は夢想するシチュエーションだ。そんなファンタジーの王道を行くような場所で青春を送れるなんて、羨ましい限りである。しかし、ニッグさんは意外そうに僕を見つめ返した。
「私はここの学校の方が夢、あると思うぞ?」
「え、なんでですか?」
「だって、ヒコーキとかテレビとかを作る技術を学べるのだろう?こっちの世界ではそこまで学問は発達していないから、面白そうだなと。」
確かに、魔力とか魔術、剣術の代わりに科学を極めたこの世界も、彼女らの視点からすれば魔力とかに等しい奇跡に溢れているのだろう。
「そちらの学問とかって、具体的にどのようなものなんですか?」
「そうだな・・・私が習ったのは魔獣語学と算術、歴史学ぐらいだな。あ、魔獣語というのは魔獣が話す言語のことで、算術というのは・・・」
「いや、ニッグさん。さすがに僕にもそこらへんは察せますよ。」
流石に現代の高校生を舐めすぎだ。算術という言葉の意味くらいは僕だって理解できる。時折見せるこういうズレが、どこか抜けていて微笑ましいのだが。
「ああ、まあ、そうね。それで、他の代表的な分野で言うと神話研究、民族研究、地理学、生物学、霊魂学などがあるな。」
「すみません。霊魂学はさすがに察せないっすね・・・」
急にファンタジー特有の怪しげな学問が飛び出してきた。
「えーっと、簡単に言うと霊体と魂、ステータスについての研究なんだけど。例えば、なぜ魔獣の血をひく者が死ぬと霊体が消滅するのかだったり、生命力はどこに起因してるかだったりを調べるっていう感じ。」
「ん?ということは普通、霊体って死んだら消滅しないということですか?」
「まあ、当たり前ね。」
「ほへー。」
魔獣のときは死んだら霊体が消滅していたから、みんな死んだら体が消滅するのかなって思ってたけど、そんなことないと知れて、良かったです。はい。
「質問は以上か?」
「はい。」
「だったらこちらも質問しよう。そっちの学問には何がある?」
ニッグさんはここぞとばかりに身を乗り出し、探るような視線を僕に向けてきた。
「えーっと、結構多いんですけど。大きくくくれば自然科学、社会科学、人文科学の三つですね・・・っていっても分からないっすよね?」
「あのさあ。なぜ私が分からないと確信しておきながら、『分からないっすよね?』と質問する?普通に、分からないに決まっているだろう。」
ニッグさんは不服そうに頬を膨らませ、ジト目をぶつけてくる。この人うざいなと思ったけど、喉元でその言葉を抑える。
「あっ、すんません。じゃあ、説明すると、自然科学はこの世界の物質とか生命の法則を扱う分野です。社会科学は社会制度や経済活動を対象にする分野で、人文科学は、歴史や文学から人間の精神や文化を掘り下げる分野っすね。」
僕はちょっと早口で説明した。そして、一息ついてニッグさんの方を見ると、驚愕の目をしていた。今度は何に驚いてるんだ?
「一ついいか?」
「なんですか?」
「これをどれくらいの人間が学ぶのだ?」
「えーどれくらいって難しいな。そもそも、これら全部を学ぶんじゃなくて、どれか一つを選んで学ぶんですからね。で、それを踏まえると・・・ざっと八十億人中十億人以上いるんじゃないんですか?」
「は?」
十億という数字を聞いた瞬間、ニッグさんは言葉を失った。ちょっと盛ったかもしれないと思い、僕は咳払いをして訂正する。
「さすがに多かったかもっす。五億人以上かな・・・?」
「は?」
そして、驚愕のあまり彼女は綺麗に整った口をあんぐりと開けたままフリーズしてしまった。
「口を開きっぱなしにしないでください。キャラ崩壊するんで。」
「おっと、失礼した。」
ハッと我に返り、慌てて手で口元を隠して咳払いをするニッグさん。
「で、なにが『は?』なんですか?」
「いや、なんで八十億人とか把握してるんだっていう疑問と、最低でも十億、五億人がそんな超高等教育を受けているというのに対する驚愕が私の中でぐるぐるしてるんだよ。」
まあ、たしかに僕自身、世界人口が約八十億と特定した方法には関心(感心?)を持っていた。しかし、だいぶ少なく見積もったのに五億で驚いたり、超をつけるほどの高等教育ではないのに過剰に上に見ていたりするのは少しオーバーリアクションだと思う。そこで、僕は今までの質問と解答のズレに違和感を覚え、根本的な文明レベルのズレを確認したくなり、一つの問いを投げかけた。
「・・・質問を質問で返して申し訳ないんですけど。そっちの世界ではその世界の天が回ることで一日が過ぎるんですか?」
「え、当たり前だろう?」
何を当然のことを聞くんだ、と言いたげにニッグさんは胸を張った。ああ、やっぱり、僕は静かに天を仰ぎ、これ以上説明するのを諦めた。
「まあ、ニッグさん。もうこの世界はそっちの世界よりも学問とか社会制度とかが百倍以上進んでるっていう認識でいいです。もっと知りたいことがあれば自分で調べてください。幸い、文字すらもそちらの人語と日本語が同じなんですから。」
「なんか、そういう『あ、こいつに何を言っても無駄だ』みたいなあきらめの目を向けるのやめて。そして、ちゃんと私と向き合ってよ。」
「いや。すみません。可能ならそうしたいんですけど、僕が話すよりも書物を読むほうが早いです。あっ、ちょっと常識が違いすぎるんで、調べるときは気を付けてくださいね。」
天動説を信じている人に、地動説や近代社会制度、さらには科学技術の基礎をゼロから説明する労力を想像してほしい。僕にはそんな教育者としての熱意もなければ、昼休みという限られた時間の中で講義を開く体力もない。
「なによそれー。フンッ。」
案の定、ニッグさんはあからさまにそっぽを向いて拗ねてしまった。
「えー、拗ねないでくださいよー。」
僕が苦笑いしながらなだめていると、非常階段の扉からもう一つの聞き慣れた声が響いた。
「どうも。仲は深まったかい?」
声の主は花だ。花は弁当をもっており、ドサッと、僕らより一段下の階段に座り昼食の準備を開始した。
「じゃあ、花は逆にこの状況がそう見える?」
「いや、見えないね。」
「ご名答だよ、花。」
「何があったんだ?」
「いや・・・」
僕が説明に窮していると、ニッグさんが待ってましたとばかりに花に告げ口を始めた。
「ねえ、聞いてよ、ハナ。ホウが質問攻めしたのに、このセクターゼロ団長である私が質問するターンになったら『書物で調べろ』って流されたんだけど!」
「まあ、ちょっと待って。これには訳があるんだ。」
説明がニッグさんの方に偏っていたので、僕は丁寧に訳を説明しようと・・・したかった。
「うーん、でも質問を流すのは良くないと俺は思うよ。」
「そうよ。」
二人がかりで追及され、僕は頭が痛くなってきた。これだから、早合点野郎どもは嫌いなのだ。
「だーかーらー天動説の人が地動説の人に自分の立場を理解せずに聞いてくるんだよ!」
「・・・ごめん。理解できなかった。なぜ急に天動説の話が出てきた?」
流石の花も、僕の衝動的で突飛な例え話に首を傾げた。
「なんか、『学問ってどれくらい進んでる?』っていう質問で、その前の会話からだいぶ文明のレベルがニッグさんの世界の方が遅れてるなって思ってたの。それで、天動説かどうか聞いたら。『え、当たり前でしょ』って言われて、説明するのが無理だなって思ったの。」
「なるほど。」
花は僕の意図を察したようで、納得したように相槌を打つ。
「へ?何が『なるほど』なのよ?そもそも天動説って何なの?」
完全に置いてけぼりにされたニッグさんは、ますます眉間のシワを深くした。
「それも、本で調べてみてください。」
「はー?酷いよー。」
「んー、すみません・・・」
僕がため息混じりに謝罪していると、背後から無遠慮で、しかし聞き慣れた足音と声が近づいてきた。
「あ、いた!」
「ん?」
急に声をかけられその方向を見ると、非常階段の枠に左肘を預けたクラスメートの姿があった。まるでモデル気取りのような、どこか気取った立ち姿だ。冷笑不可避である。
「教室にいねえなって思ったらこんなところにいたのかよ。しかも、独りで。」
「うん、まあね。」
やってきたのは皆さんの予想通り、佐久間扶郎君である。もちろん、佐久間には僕と僕の隣にいるニッグさんが見えていない。だから、彼から見れば、花・・・風凪鳳花が一人で非常階段に佇み、ブツブツと独り言を呟いている怪しい奴に映っているのだろう。
「よっこらせっと。一緒に昼飯食べるっきゃないっしょ。」
「お、さうだな。」
「えー、現代仮名遣いやめてね。」
佐久間は花の隣に適当に腰掛け、自分の弁当を広げた。花のしょうもない冗談に即座にツッコミを入れつつ、当然のように僕らのパーソナルスペースに入ってくる。
すると、ニッグさんが興味深そうに僕の顔を覗き込んできた。
「彼は、誰だ?」
僕はしても意味がないが、一応シーンの雰囲気を崩さないために、極小の声でひそひそと彼女に答えた。
「この人は僕らの友達の佐久間扶郎。」
「と、紹介されても、話せないから聞いた意味ないんだけどね。」
ニッグさんはハッと気づいたように、少し気まずそうに、そして不満げに息を吐いた。
「じゃあ、初めから聞かないでくださいよ。」
「いや、私だって質問する途中で気づいたんだから仕方がないだろう?」
「あー、はいはい。」
「コケにするなー!」
僕のあしらうような態度に、ニッグさんは顔を少し赤くして、僕を押す。その力が思った以上強くて頭が手すりの棒に当たって―――
カーン!
「痛!」
「あ、ごめん。」 階段の金属製の手すりに頭を痛烈に打ちつけ、僕は思わず痛みに耐えかねて声を上げた。
「・・・ん?なんか今、音がしなかったか?」 異変を察知した佐久間が首をかしげ、不審そうに階段の上を見上げる。完全に存在を察知される一歩手前の危機的状況だ。だが、そこはさすがというべきか、花が間髪入れずに自然なトーンでフォローを入れた。
「え、それな。なんか上の方で聞こえたから三年坊の馬鹿がバカしたんじゃん?まったく、三年生ってやんちゃなんだから。」
「そのフレーズって三年生を対象にして良いのか?普通一年生とか二年生とかが対象なんじゃないのか?あとなんか、結構近くでしなかったか?」 鋭い勘を発揮する佐久間に対し、花は一切の動揺を見せずに鼻で笑ってみせる。
「んなわけないだろ。完全に上の方で聞こえたって。」
「ああ、そうだったけ?」
「そうだよ。」
「ほなそうか。」
花の堂々とした嘘に押し切られ、佐久間はあっさりと納得して自分の弁当へと視線を戻した。胸を撫で下ろしながら、僕は花に向かって小さく口パクと視線で感謝を伝える。
「ありがとう、花。」
『バカをするな。』
頭の中に直接響くような呆れた声で、花から念押しのお小言が飛んでくる。
「ふぁーい。ってー、これは危なかった、危なかった。」
冷や汗を拭いながら、僕は隣の元凶へと視線を向けた。
「まったく、気を付けてよね。」
ニッグさんはヤレヤレと肩を落としながら僕に注意する。
「いや、逆ぅ!あんたが押したんじゃろがいー・・・あっ。」
思わず素でツッコミを返してしまい、慌てて口を押さえる。さすがに、団長様相手に軽口が過ぎてしまった。失敬。
「前言撤回テイクツー!・・・いーや、ニッグさんが押したんじゃないですか。」
今度は礼節のあるツッコミを入れた。
「フッ、ちょっと遅いわよ。」
ニッグさんは微笑みながら指摘を入れる。「いや、そもそも事の発端はあなたですよね?」と言おうとしたがネタ路線に進んだ方が面白いと思って指摘を受けることにした。
「あー、さすがにアウトでしたか。」
「いいや、嘘嘘、許容よ。」
「目上の人に対しても軽口を言っちゃうのが、僕の悪い癖。」
僕は絶対ニッグさんには伝わらないけど、某刑事ドラマの真似をします。面白そうだからです。
「まあ、私が悪かったんだから大丈夫よ。」
「それは本当にそうですよ。気を付けてください。」
「はーい。」
「はあ。」
反省の色が見えるような見えないような軽い返事をするニッグさんに、僕は軽くため息をついた。
そして。残り少なくなった購買のパンを口に放り込み、苦笑交じりにこの騒々しくもどこか賑やかな昼休みを過ごすのだった。
タゴサク好きです




