天才キャラの服装が終わってるのはかなり王道
2026/06/18アビスバロウについて書き直しました。
日にちは経ちに経って、火曜日の夕方! 直行便とかいう便利なものがなかったせいで、花の指示の下、空港をあちこち転々とする羽目になり、僕のスタミナは完全にすり減っていた。まったく、この世界の航空インフラは僕のような天才を無駄に歩かせるために存在しているんじゃないかと邪推したくなる。ガハハ!
ただ、その無駄に長かった旅路にも、唯一の収穫というか、面白い変化はあった。僕の後ろを歩くニッグさんは、この二、三日間で驚くほどこの地球という世界に馴染んでみせていたのだ。最初は飛行機のエンジン音に「なんだこの巨大なものは!?なにかが高速に回転してるな・・・これに人をいれて、細切れにしたら・・・」と言って、腰に携えている短剣の柄に手をかけたり、街のテレビ画面が光るたびに「魔力を使わない発光術式だと・・・」と目を剥いていた異世界の女騎士が、今では機内食のビーフ・オア・チキンを冷静に選び、ホテルのテレビなどの電子機器を手慣れた手つきでいじっている。この人の順応力は、見ている分にはなかなかに愉快で、そして少しばかり不気味でもあった。
日本へ向かう旅の途中、僕は『ソウルコネクト』を使って、留守番をしている花とひたすら情報の擦り合わせを行っていた。
ニッグさんから聞き出した、彼女の故郷にまつわる生々しい情勢―――僕たちの世界と似ているようで、その実態はディストピアめいた異世界のリアルについてだ。彼女の口から語られた異世界の情報は、僕のひねくれた好奇心を刺激するには十分すぎるものだった。
彼女が所属している国家「チロアーフ」。あらゆる種族が平等に共生する王政の多種族国家だという。ニッグさんはそんな国のアルスファード家という超上流貴族の令嬢らしい。ニッグさんはチロアーフについて、それはそれは熱弁してくれたのだが、その内容がなんともまあ愛国心に満ち満ちていて、例を挙げればきりがない・・・うん、だいぶこの人は、あれだな。思想が強めというか、国家による愛国教育が骨の髄まで染み渡っているらしい。狂ってるなあ・・・
で、そんなチロアーフと三百年前から敵対しているのが、「ニドイ」だ。表面上はここも多種族国家で、なんと“社会主義の理想郷”なんても赤くて、おめでたい看板を掲げているのだという。だけどその実態は、ニドイ軍が絶対的な暴力で国民を縛り付ける、軍部独裁の監視社会らしい。富も権力もすべて中央の軍上層部に吸い上げられる構造になっているとのことだ。まあ、つまり、どこへ行っても社会主義なんて大体独裁で終わるもんっちゅうことや。
そして、魔獣たちが不気味に引きこもっている鎖国国家であり、「魔王」という名前の王(それって名前なの?役職なの?)が統治している「アビスバロウ」。ニッグさんが直近でつかんだ話によると、ここは先ほどのニドイとともに、この世界を、魔獣を送り込んで支配しようとしていたらしい。まあ、なんか。このあたりは栄花から聞いた情報と大方同じだった。つまるところ、普通に僕たちに危害を加えようとしたカスであり、僕らの敵だということだ。また、ニッグさんからビッグな朗報を聞けた。ニッグさんと初めて会った時、光の柱で魔王城が破壊されたとかなんとかで、偶然ニッグさんが転移の渦に巻き込まれたと言っていたが、おそらく今はその光の柱で破壊された魔王城の修復やニッグさんの生存(およびイレギュラーな事態)を危惧して、こちらへの再転移は行われないだろうとのこと。つまり、当面は魔獣の襲撃を気にしなくていいかもしれないらしい。これは実にうれしい。魔獣の相手はもう散々だからな。
―――てな感じで、異世界ファンタジーとやらに期待していた割には、蓋を開けてみればロクでもないものだった。まあ、憧れというものは、近づいてしまったら意外と現実感が出て薄れてゆくものだ。とはいっても、実際に僕自身が異世界へ赴いたわけではないから、あっちに行けばもっとファンタジーあふれる楽しい光景があるのかもしれないけれど。
しかしながら、憧れの薄れた異世界に比べれば、いま僕の目の前に広がっている日本の景色は、なんと平和で、なんと退屈で、なんと愛おしいのだろうと思える。成田から実家までの見慣れた街並みを眺めていると、柄にもなく胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。日本の太陽は、いつだって僕たちを平等に、
そして静かに照らしてくれる。 ほんっとうに、この退屈さこそが至高の贅沢だ。景色を見つめるだけで、全身の細胞が「ここが僕の故郷だ」と叫んでいるような気がした。日本国万歳である。
「ふいやー! 久々に帰ってきた我が家って、なんか変な匂いするよねー。」
実家の玄関を開け、僕は家に一歩足を踏み入れた。
「第一声がそれかい。」
呆れたような、しかしどこかホッとしたような花の苦笑いが、薄暗い玄関で僕たちを出迎えてくれた。
「あーそっか。ただいまー。」
自分の家なのにどこか余所余所しい気分になりながら、僕は靴を脱いで中へ入る。僕のすぐ後ろでは、ニッグさんが小さくお邪魔しますと蚊の鳴くような声で呟き、借りてきた猫のように肩をすぼめて後に続いた。異世界の精鋭部隊の団長さんも、日本の狭い一般家庭の玄関口ではただの迷子のようだ。(絶対そんなことない)
「うん、『おかえり』・・・と言う前に、少しいいかい?」
花が僕の前に立ち塞がり、値値踏みするような視線を上から下へと走らせた。その目が、明らかな困惑に染まっていくのを見て、僕はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「分かってるよ。この服装でしょ?」
僕はこれ以上ないほど自慢げに、自分の胸元を親指で差した。 原色のイエローが眩しい、海外の服屋でもらった南国感溢れるド派手なアロハシャツ。ボトムスには、もはや視覚的暴力と言うほかないゼブラ柄のハーフパンツ。さらに仕上げとして、現地の怪しいバザールでノリでもらった、不気味な呪いが込められていそうな木彫りのネックレスをジャラジャラと提げている。完璧だ。どこからどう見ても、海外旅行で浮かれ倒した無敵の観光客である。ガハハ!
「なんでそんなに服のセンスが終わってるんだ・・・」
花は頭を抱え、心底哀れむような声を漏らした。ひどい言われようだ。天才の美的センスを理解できないとは、凡人の脳味噌はこれだから困る。
「というか、問題はそこちゃうやろがい。」
「いや、本当にセンス終わってるから。」
「だってさあ、海外の服って派手なものだから、日本人の僕には基準がわからなかったんだもん」
大真面目な顔でトドメを刺しに来る花に、僕はすかさず言い訳をまくしたてた。
「百歩譲ってそれはいいとしてだ。その服、どうやって調達したんだい? 君は今、霊体化していて周りの人間には見えないはずだろう?」
そう、花の疑問はもっともだった。今の僕は霊体の状態だ。本来なら、僕の姿も、僕が身にまとっているものも、普通の人間には見えないはず。それなのに、このアロハシャツは僕の霊体と同じように、周囲の現実世界から綺麗に隠蔽されている。
「いやなんかさ。今までは二人が一つの肉体に入ってて、片方が霊体になって外に出るときは、着てた服がそのまま霊体側にもコピーされる感じだったじゃん? でも向こう(海外)にいるときは花が日本に留守番してたから、その肉体共有の技が使えなくて、着てた服がなくなっちゃってさ。どーしよーってなったわけ。」
「それで?」
「なんか、ただそこら辺の服を拝借して着るだけだと、服だけが宙に浮いて『透明人間が現れた!』って大騒ぎになってまずいじゃん? だから、周りに見えなくなれーって念じたらさ。肉体がなくたって、触れた服の魔力質を剥がせるようになって、霊体と同調させて周りから見えなくすることができちゃったんだよ!」
「はあ。」
僕の素晴らしい感覚的な説明に、花の目が点になる。
「いや、説明ムズイんだけど、なんか『シュパー!』ってやったらできちゃったの」
「そうか、シュパーね・・・」
花は完全に考えるのを諦めたみたいに、深いため息を吐き出した。まあ、無理もない。そもそも、肉体から霊体へと分離する際に、衣服がどういう原理で複製され、現実の物質と魔力質に分かれているのか、僕たち自身も完全に解明できているわけじゃない。まあ、いつか分かる時を待とうっちゅうことやね、と心の中で呟きながら結論を保留する。
「それはそうと、そちらの方の服のセンスはとても素敵ですね。」
僕への辛辣な態度から一転、花の視線がニッグさんへと向くと、その声のトーンが目に見えて優しくなった。 ニッグさんが着ているのは、僕が選んだ(と言い張りたいが彼女が自分で選んだ)シンプルな白のブラウスに、動きやすそうな黒のスラックス。無駄な装飾を一切削ぎ落としたその佇まいは、彼女の引き締まった肢体を上品に引き立てていた。僕のアロハシャツとは文字通り雲泥の差だ。
「え、私か? ま、まあ……ありがとう。」
ニッグさんは、まさか自分が褒められるとは思っていなかったようで、大きな目を丸くした後、ほんのりと頬を桜色に染めて視線を斜め下に逸らした。このギャップにはもう慣れたもんよ。いちいち心臓がトゥンクってなることもなくなったわ。
「少し待たせてしまってすみません。初めまして、ニッグ・アルスファードさん。」
花は格式高いホテルの支配人のように丁寧にお辞儀をする(冷笑不可避)と、リビングの椅子を引いて彼女に座るよう促した。
「えーっと、んんっ。初めまして。・・・ハナ、でいいよね?」
「はい。風凪花です。」
ニッグさんは花の返事に頷きながら、居住まいを正して椅子に腰掛けた。
「それから、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私たちは協力体制にあるのですから。」
「そう、だよね・・・」
花の言葉に、ニッグさんが視線を泳がせる。
「え、警戒してたの?」
僕が純粋な疑問を投げかけると、花はさも当然と言わんばかりに肩をすくめた。だが、ニッグさんはフッと不敵に微笑み、花の座る側の机の端を細い指でコンコンと叩いた。
「なら、この机の下に忍ばせてある包丁も、そろそろ片付けたらどうだい?」
「へー・・・」
次の瞬間、花は何の躊躇もなく机の裏側へと手を伸ばし、ガムテープか何かで固定されていたであろう、ギラリと鈍く光る包丁を引っ張り出した。そして、それを事も無げにカチャリと机の上に置いたのだ。
「え、ほ、包丁!? そこまでやる!? 花、お前いつからそんなヤバい奴になったの!?」
僕は思わず一歩後ろに引いた。自分の片割れが、まさか自宅のリビングで暗殺者のようなトラップを仕掛けていたなんて聞いていない。 花は至って平然とした顔で僕に冷たい視線をよこすが、その額にはうっすらと汗が滴っていた。ポーカーフェイスを気取ってはいるが、本能的な恐怖は隠せていない。
「心外だな。自分よりも圧倒的に強い、見知らぬ異世界の軍人が来るんだ。まったく警戒しない方がおかしいだろう?」
「そりゃそうだけどさあ……でも包丁は用意周到すぎでしょ!」
「ふんっ、まあ無理もない。命を狙い合う世界にいた身だ、私は気にしていないよ。」
僕が苦言を呈すと、当のターゲットであったはずのニッグさんは、気を悪くするどころか、むしろ花の徹底した危機管理能力に感心すらしている様子だった。
「とは本人が言ってくれてるけどさ、ちょっとは謝った方がいいんじゃねえの?」
僕はそれでも花を注意する。いくらなんでも、初対面のゲストを包丁で迎えるのは日本の法律的にも倫理的にもアウトだ。
「それもそうか。・・・ちょっと包丁はアレでしたよね。すみません」
「いや、大丈夫よ。」
「でも・・・僕はこれで、もっとニッグさんのことを警戒するようになりましたよ。」
花が目を細め、ニッグさんの顔をじっと見据える。その声音には、いつもの穏やかさとは違う、こちらを狙う肉食動物を警戒するような鋭さが混じっていた。
「え、それな。僕も隠してた包丁をニッグさんに見透かされた瞬間、ヒヤッとしたわ。」
僕の言葉は本音だった。机の下の、絶対に見えない位置に隠されていた刃物を、初入室の瞬間に見切るなんて。僕には、いや、僕たちには逆立ちしても真似できない察知能力だ。
「まあ、私も君たちのことを警戒していたからね。これくらい、セクター・ゼロの団長にかかれば見つけるなんて造作もないさ。」
「簡単とは・・・」
若干自慢気だが・・・いや、それでも彼女なりの謙遜のつもりなのだろうが、全く謙遜になっていない。異世界のトップランカーの規格外さに、僕はただただ冷や汗を流すしかなかった。
「とりあえず、これからのことをどうしましょうか?」
花が包丁を脇に退け、本題を切り出すように両手を組んだ。
「そうね。とりあえず、住む場所とか、食料とか。」
「そういえば、鳳からいろいろ聞いたのですが、ニッグさんは迎えが来るかどうか分からない状況だとか。」
「まあ、そうね。そもそも私が異世界にいるということ以前に、私の国はアビスバロウやニドイとは違って、異世界の存在も、私の生死すら把握していないでしょうから。もしかすると・・・ここに永住することになるかもしれないわね。」
ニッグさんはそう言うと、自身の膝の上で白く細い指をきゅっと絡ませた。彼女は、自分が事実上、故郷から永久に追放されたのだと理解しているのだ。その横顔に漂う深い孤独感に、僕の胸がわずかにチクリと痛む。
「まあ、なんとかなるんじゃないですか?」
僕はわざと軽い調子で、彼女の重苦しい空気を吹き飛ばすように言った。天才の僕が知恵を貸してやるんだから、飢え死にすることだけはあり得ない。
「鳳の言う通り,、なるようになりますよ。」
「二人とも、ありがとう。」
花が僕の言葉に同調すると、ニッグさんの口元に、微かな、しかし本当に安心したような笑みが咲いた。それを見て、僕のひねくれた心も少しだけ満足する。
「つーか、住む場所はここでいいんじゃない? というか、それ以外に手段がない気がする。僕と花は二人で一つの肉体に入って一緒にベッドで寝て、ニッグさんはリビングのソファーを使えばいい。これなら省スペースだ!」
僕としては、これ以上ないほど合理的で完璧な案を提示したつもりだった。しかし、花は即座に、信じられないものを見るような冷たい目を僕に向けてきた。
「鳳。そういうのは普通、僕たちがソファで寝て、ニッグさんをベッドに案内するものなんだよ。」
「いや、私は別にベッドでなくても構わないが・・・」
ほら見ろ、と僕は心の中で快哉を叫ぶ。
「ほら、本人もそう言ってるんだし!」
「ダメだ。」
「それは男女平等に反してないか?」
僕はこの現代社会の金科玉条を盾に抵抗を試みる。レディファーストなんて僕の辞書にはない。
「ダメだ。」
「どうしても?」
「ダメだ。」
「私は本当にどちらでも―――」
「ダメ、です。」
花の笑顔には、一切の反論を許さない絶対的な圧があった。これ以上粘ったら、さっきの包丁が僕の霊体に飛んできかねない。
「・・・まあ、いっか。てなわけで、ニッグさんはベッドで寝てください」。
「では、ありがたくそうさせてもらうよ。」
「お願いします。」
花が満足げに深く頷く。まったく、どっちが主人格なんだか分かりゃしない。
「じゃあ、次は食料に関してか。」
僕は「どうする?」と花に視線を投げる。すると、花は顎に手を当てながら口を開いた。
「最悪、僕たちが霊体と肉体で別行動するのをやめて、僕と君のエネルギーを一人分に節約すれば、ニッグさん一人分の食費を捻出することはできる。だけど、それはさすがに生活が厳しくなるね。」
「・・・うーん。じゃあさ、食料は万引きで調達するってのはどう?」
僕は、これからの生活費を考慮し、最もコストパフォーマンスの高い手段を提案してみた。僕に倫理観を期待してはいけない。ルールなんて破るためにある、というのが僕の信条なのだから。ガハハ!
「まあ、ニッグさんがそれをしてくれるのなら・・・ニッグさんは万引き、できます?」
そして、花の返しも大概おかしかった。止めるどころか、即座に実現可能性を確認しにかかっている。やっぱりこいつも僕の片割れ、同類だ。
「・・・自分の誇りの上では『したくない』と言わなければならないが、経済的にそこまで追い詰められているのなら、別にやれないことはない、かな。」
しかも、ニッグさんの口調はどこかやる気満々だった。 ここ数日で気づいたのだが、この人、自分の姿が見えない(あるいは霊体と同調できる)ことを利用して、いろいろ悪いことをしてみたい欲があるんじゃないだろうか? 前、空港内のコンビニ的なところで食事を済ませようとしたときも、ニッグさんは妙に興奮した顔をしていたし、服の試着のときなんかは「全裸で外に出たらまずいよね!?」と鼻息を荒くしながら、脱衣途中に試着室のカーテンを少し開けて、外にいる僕に逐一確認してきた。・・・思った以上に頭のネジが外れていると見受けられる。
「じゃあ、それでお願いします。」
「まあ、だいたいこれで方針は決まりだな。」
「そうだね。」
「うん。二人とも、本当にありがとう。」
なにはともあれ、万引きの肯定という最悪のライフハックを共有したところで、僕たちの今後の生活方針は大筋で決定した。ニッグさんにも、この地球の(アングラな)生活に早く慣れてほしいものだ。
「つーか、僕、勉強しないとまずいんだった。ってことで勉強しまーす!」
「唐突だな。」
花がいつものことかのように突っ込む。
「時は金なり、だからね。」
時計の針を見て、僕は一気に現実に引き戻された。天才を自称してはいても、期末テストの勉強をさすがにサボりすぎている。じわじわと焦りが生じてきたわ。
「はあ、行ってらっしゃい。僕はもう少しニッグさんと仲を深めるとするよ。」
花の見送りの声を背中に受けながら、僕は寝室の机へと向かう。椅子に座ろうとしたとき、「いや、お前も勉強しろよな」と言い返そうとしたけれど、こいつは僕が海外にいた間に自分の分の勉強を終わらせているタイプだと気づき、僕は口を閉ざした。
まあ、ニッグさんはあのセクターゼロの団長さんですからねえ・・・




