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ダイアリーより綴る譚  作者: しゅんゑ
異世界侵攻編
47/48

温かいシーンをいれたいのは王道としてくれ・・・

受験期なので不定期投稿になりますが、なるたけドンドン投稿できるようにしていきますので、よろしくお願いします!!!

病院の白一色の天井を見つめるのにも飽きてきた頃、聞き慣れた足音と共に病室のドアが滑るように開いた。

視線を向ければ、そこにはいつもの二人組が立っていた。

「おはよ。」

どこか気恥ずかしさを隠すような、ぶっきらぼうながらも温かみのある声。露崎栄花だ。

「きたぞー。」

その隣で、飄々とした笑みを浮かべて手を振るのは風凪鳳花。

「立て続けに二人とも来てくれてありがとう。」

退屈な入院生活に差し込んだ光のような二人の来訪に、私は自然と表情を緩ませていた。

「どーってことないよ。暇つぶしにちょうどいいしね。」

栄花が照れ隠しのように言いながら、手際よく見舞い品をサイドテーブルに置く。一方で、風凪の方はじっと私の胸元に視線を走らせ、ポツリと失礼なことを呟いた。

「今日は胸出てないんだ。」

昨日のことを思い出す。あの時はまさか彼らが来るだなんて思いもしなかったから油断していて。恥ずかしい思いをしてしまった。

開口一番に言うことがそれか。この変態は何を残念がっているのだろうか。私は呆れを通り越して、ため息をつく気力すら失いそうになる。

「さすがにね。二度とあんなヘマはしないよ。ほらそこに腰かけて。」

ベッドの脇にある丸椅子を指差すと、二人は顔を見合わせながら着席した。

「では失礼して。」

「ところで、赤松っていつぐらいに退院できそうなの?」

栄花は座りながらそう問いかける。私はカレンダーを思い浮かべながら答える。

「明後日の午前中ぐらいかな。」

「あ、意外と早い。良かったね。」

栄花が心底ほっとしたように胸を撫で下ろす。その何気ない温かさが私を労わってくれている。

「でも、テスト大丈夫そう?入院中って全然勉強できないでしょ。」

不意に彼女から現実的な話題を振られ、私は凍り付く。

「あー!忘れてた・・・全然勉強してないよー。」

真っ白なのは病室の壁だけではない。私の脳内のテスト範囲もまた、一点の曇りもなくホワイトアウトしていた。

「アハハハ。ま、どんまい、どんまい。これも人生の経験だよ。」

花が他人事だと思って能天気に笑う。その余裕の表情が、今は無性に癪に障る。

「学年一位はうるさい!」

全教科満点なんていう、人間離れした成績を叩き出す天才に言われたくはない。私が食ってかかると、栄花が苦笑いしながら割って入った。

「ちょいちょい、元気すぎ。体に障るよ?まだ病み上がりなんだから。」

「経過観察ってことで入院してるだけだから。もう、体は元気。」

そう言って私は、わざと力こぶを作ってみせる。とは言っても華奢な細い腕しかないが。

あと、実際、彼らと昨日話せたおかげで、だいぶ心の方は良くなった。

「血出すぎちゃったから?」

栄花が小馬鹿にするように笑いながらそう言う

「やめてよー、そういうことになんだけどさあ。」

私はそう緩く応じる。一瞬ピリッと来たが、私があのことについて思い悩んでいることを感じ取った栄花なりの元気づけただと分かった。

「もう。昨日も言ったと思うけど、こんなこと二度としないでよね。・・・本当に、心臓に悪いんだから。」

栄花は腕を組み、釘を刺すように言った。その声には友達としての本真な心配が滲んでいて、私は小さくなるしかない。

「うん・・・」

神妙に頷いてはみたものの、沈黙に耐えきれず、私は話題を逸らすように頭を抱えた。

「あー、もう二人がテストとかいろいろプレッシャーかけたせいで吐き気してきた・・・。あと、何日後だっけ?」

「一週間とちょっと?」

風凪の無慈悲なカウントダウンが耳に刺さる。

「オッエー。」

私は口元に右手で吐くフリをした。

「えー、吐かないでねー。まあ、掃除するのは僕らじゃないからいいんだけどね。」

風凪がひらひらと手を振って茶化す。「いや、いいのかよ」と無性に突っ込みたくなったが、それを抑える。別に突っ込んでも良かったが、それよりも私は一つだけ彼を煽らなければならないのだ。

「いやー反応が違うよ、風凪。これは五条悟の物真似だよ。懐玉のときの。」

呪術ファンならすぐに分かるものを・・・ファミレスの時の風凪はどこへ行ったのやら・・・いや、もともと二流だったか。そう思いながら私は鼻を高くする。

「いや、マニアック中のマニアックじゃん。分かりっこないよ。」

風凪は見苦しく反論する。

「でも、ファンなら分かるでしょ?」

「もー、こういう拗れたファンがいるから作品から離れていく人が増えるんYO。」

「はあ?私別に拗れてないし!どこら辺が拗れてるっていう話!」

「もー、ダメだこいつは。脳がベルトルトにやられちまってる。」

「急にフーバー出さないでね。」

「ファミリーネーム呼び?逆張りー!」

風凪がわざとらしく髪をかき上げてのけぞる。その芝居がかった動きに、じわじわと笑いが込み上げてくる。

「・・・私、呪術廻戦知らないんだけど。何の話?」

ふと、静かな声が割り込んだ。

見れば、栄花が少し眉をひそめて、置いてけぼりを食らったような顔をしている。

「あ、そうだった。栄花は少年漫画とか読まないんだった、忘れてた。」

「お、すまんな。」

私と風凪は顔を見合わせて――

「「ゲラゲラゲラゲラ。」」

同時に吹き出した。タイミングまでぴったり揃ってしまって、余計におかしくなる。なぜここでこんなに息が合うのか・・・

「なにを言ってるのやら。それに、アタックタイタンネタは分かったし。」

栄花が呆れたようにように言い返す。

「日本人で進撃の巨人をアタックタイタン呼びしてるの初めて見たんだけど・・・フッ」

私は耐えきれず、また笑いが漏れる。

「そこまで、笑うの?」

少しだけ尖った声。さすがにからかいすぎたかも・・・それでも笑いは止まらなくて、私は腹を抱えながら風凪に振る。

「風凪もそう思わない?」

「ま、そう思わんでもないかな。」

わざとらしく肩をすくめる風凪。

「ならば良し。・・・って、さすがに笑いすぎか。私。」

自分でツッコミを入れてみるものの、虚しさが残るだけだった。そんな私を、風凪がどこか憐れむような目で見る。

「なんや、こいつ。・・・まあ、元気なのは分かったけど。」

「その元気、テスト勉強に出ればいいのにね。」

「うわあ。本当にテストどうしよー!」

一気に現実へ引き戻され、気が遠くなる。

「あー、ちなみに私、参考書今持ってるけど? あんたが苦手な数学のやつ。」

なんて天使なんだ。

「え、それって、私のため・・・に?」

自分に指をさし、若干甘えるように上目遣いを取る。

そのタイミングで、今度は風凪がリュックの中からノートを取り出した。

「ちなみに僕は、テスト範囲の要点を完璧にまとめたノートを、たまたま、偶然、持ってきたんだよな・・・。見る?」

ドヤ顔。うん、完全にドヤ顔だ、風凪。

“たまたま”と“偶然”。その言葉に、どれだけの準備が詰まってるのかくらい、私でも分かる。

それに――学年一位のまとめノート。

そんなの、欲しくないわけがない。むしろ、今の私にとっては命綱レベルだ。

「二人ともー・・・」

ちょっとだけ拗ねたつもりだったのに、声は思ったより弱くなった。昨日も思ったけど、やっぱ二人は私のことを思ってくれてるだなんて、思っただけで胸の奥がじんわり熱くなる。

 テストの絶望とは別の意味で、鼻の奥がツンとした。

「「ただし、」」

 ぴったり重なる声。え、なにその無駄なシンクロ。

「へ?」

「甘い蜜には厳しい鞭があるってこと。」

 にやっと笑う風凪。あ、これ絶対ろくでもないやつだ。

「そうよね。」

 栄花まで普通に同意してるんだけど。え、逃げ場ない感じ?

「え?」

「そうそう、赤松には、今から、あんなことやこんな・・・ブヘッ!」

 鈍い音。栄花のツッコミだ。

「それは本当に違うからやめてね。」

 淡々としてるのに威力高いのが栄花のツッコミ。まあ、そこも愛嬌というものだ。

「痛いし、その顔は何だ?それもありみたいな顔すんな。」

「し、してないけど?」

 いや、ちょっとしてた気がするんだけど・・・身震いしてきた。言わないでおこう。

「パチをコクなって。」

風凪が新たにおちょくる。これはまずいと思い、私はすかざず、本題を戻す。

「あのー、それで私は何をすればいいんですか?」

少し身を乗り出して尋ねると、栄花が一拍置いて口を開いた。

「退院したら、私たち三人で一緒に遊園地行かない?」

――え?

一瞬、思考が止まった。

「え、どういうこと?」

「最近三人で遊べてなかったから、久しぶりにってこと。」

栄花は、当たり前みたいに言う。

「そゆこと。僕も遊園地で遊びたい。」

風凪も軽い調子で続ける。

・・・なんでそんな自然なの。

 なんでそんな、私がいる前提なの。

「え、ああ。」

戸惑いがそのまま声に出る。

「その微妙な反応はなんや。行きたくないのか?」

「いや、行きたいよ。でも、いや、私なんかで・・・」

言った瞬間、ちょっとだけ後悔した。

でも、止められなかった。また、自虐してしまった。この二人の前ではやらないように努めていたのに。

「赤松が良いの。」

間髪入れずに、栄花が言った。

「え?どうして・・・」

「お前、答えは一つしかないじゃん。栄花に恥ずかしいこと言わせんじゃねえって。」

「鳳花が言ってくれてもいいよ。」

いや、どっちにしても私が恥ずかしい流れでは?

「まあ、ここまで来たらね?栄花から言ってもらいたいよな?赤松もそう思うよな?」

「い、いや。どっちでもいいけど・・・」

むしろ助けてほしいんだが。

「赤松、私たちは赤松と友達だから、赤松が良いの。」

その言葉は思いのほか、まっすぐだった。

変に飾らない、栄花らしい言葉。

その一言が、胸の奥にストンと落ちる。

「そ、そういうことだ。赤松。」

「で、でも私と遊園地行っても面白くないと思うよ。」

まただ。また、後ろめたい発言をしてしまった。これだから、私は私のことが嫌いになるっていうのに。なんでなの・・・

「面白いから誘ってんだろ?それに面白いとか関係ないじゃん。お前だから、誘ってるし、ここに俺たちがいるんだろ?」

風凪は、私の自己嫌悪を止めるようにぶっきらぼうなのに優しいこと言ってくる。

しかも、そのセリフはずるい・・・

「そもそも、面白いとか関係ないよ。三人で楽しかったらいいじゃん。」

栄花がやわらかく重ねる。

「昔みたいに、また遊んでいこうぜ。」

―――ああ、もう。

「二人とも・・・」

ダメだ。情緒がグワングワン急降下と急上昇を繰り返してちょっと泣きそう。

「それで、行きたい?」

「うん、行きたい!」

気づいたら、即答してた。

「だとしたら決まりだな!」

「じゃあ、いつ行くか決めちゃう?」

「あ、その前に。」

風凪が再び、少しだけ真面目な声になる。

「なんで、赤松は僕たちのことを呼んだの?」

「いや、その・・・」

 来た。この質問。想定はしていたけど、準備はしてなかった。

「何もじもじしてんの?」

 うぅ・・・逃げたい。でも。

「・・・もっと話したかったから。」

「ん?声が小さいよ?」

風凪が、にやにやしながら煽ってくる。無理無理無理。これ以上は―――

「もっと話したかったから!」

言った。言っちゃった。顔、絶対真っ赤だこれ。

私は顔を見られまいとうつむく。

「よく言えましたー。」

風凪が拍手している。うざい―。

「か、かわいい・・・」

栄花が口元を抑えて、下心を含んでいる目で私を見てくる・・・

「可愛いっていうな栄花!」

「いや、今のは尊死するレベルよ。」

「この意地悪ー。あと、風凪はウザい。」

「なんで、僕だけなん?」

 いつもの流れに戻る。

 それが、ちょっとだけ嬉しい。

「まあ、意地悪だったわね。」

栄花がフッと笑う。

「いやいや、栄花は便乗するなだし、赤松はテストの件で僕に感謝すべきでしょ。なーに責めとんのじゃ。」

「私は、事実を述べただけだから。」

「そういうことだよ、風凪。」

「まあ、もういいよ。」

 なんだかんだで、この空気が落ち着く。

「てか、もっと話したかったから呼んだって、そんな恥ずかしそうに言うなし。」

「え?」

「堂々と話したいから来てとか言えよな。」

「それが恥ずかしいから無理って話なの!」

「そう?私は別に無理じゃないけどなー。」

「栄花もそっち側なの?」

すこしたじろぎながら、少し顔が赤くなる。

「僕たちも、もっとお前と話したいよ。」

風凪は優しいまなざしで微笑んでくれる。少し、違和感があった。

「あ、ありがとう。」

だけど、じんわり、あったかかった。

「私たち、昨日あんな形であしらわれて悲しかったんだから。」

「ごめん・・・」

ちゃんと謝ると、少しだけ空気が軽くなる。

「だから、トランプ、付き合ってね。」

「もちろん。」

「ただ、楽しも。」

カードを切る音が、静かな部屋に広がる。他愛もない時間。

でも―――

さっきまでの不安も、躊躇いも、全部が嘘みたいに遠くなる気がする。

この時間だけは、大切にしたい。

そう強く思いながら、私はそっとカードを場に出した。

ほんの少しだけ、昔に戻れたみたいで、今を楽しんでいる自分に気づきながら。


病室の私のベッドの上にはトランプが散らばり、私たちは白熱した大富豪の真っ最中だった。

「はい、八切り。これで上がり。」

栄花が勝ち誇ったように手札を叩きつけると、最後に残された私は「あー! もう、あと一枚だったのに!」と悔し紛れに声を上げる。そんな喧騒の中、一番早くに上がり、戦いを見ていた風凪が、ふと視線を入り口のドアへと向けた。

「あ、誰か来るよ。」

「え、何?」

私が聞き返した、その直後だった。

「やっすかー。元気してるかー・・・って」

病室のドアを軽快に開けて入ってきたのは、仕立ての良さそうなジャケットを羽織り、きらびやかなアクセサリーを身に纏った青年だった。

「え、お兄ちゃん!!」

私が素っ頓狂な声を上げると、椅子に座っていた二人が目を丸くして振り返る。

「え、兄?」

トランプのカードを整えていた栄花がベッドシーツの上にバサリと置き、驚きを隠せない様子で立ち上がる。

「あ、お邪魔してます。」

「ああ、こんにちは。」

それに続くように、風凪も姿勢を正し、静かに会釈をした。

お兄ちゃんは人当たりの良い笑みを浮かべて、二人を興味深そうに眺めながら自己紹介を始めた。

「虞佳の兄の赤松芥子佳(からしか)です。」

「露崎栄花です。」

「僕は風凪鳳花です。」

丁寧な挨拶を交わす二人を横目に、私はベッドの上に散らばったトランプの山を所在なく見つめながら、顔を引きつらせる。

「ちょっと、待って。なんでお兄ちゃん居るの? 来るなんて連絡来てないんだけど?」

「いや、虞佳と話すためにサプラーイズって感じで来たかったんだけど、まさか先客がいたとは・・・ごめんな。」

悪びれもせずウィンクを飛ばすお兄ちゃんに、私はこめかみを押さえた。

「別にいいんだけどさ・・・大学いいの?」

「今日は休みだったからさ。」

「あ、そう・・・」

溜息をつく私をよそに、隣では栄花と風凪がコソコソと、けれどはっきり聞こえる声で話し合っていた。

「赤松兄って、イ、イケメンすぎね?」

「え、久しぶりに鳳花と共感できたかも。」

「一言余計じゃない?」

二人の称賛を聞いて、私は鼻で笑う。

「待って。お兄ちゃんはイケメンって言われたらそりゃイケメンだけど・・・ほら、あれ見て。」

私が指差したのは、お兄ちゃんの腕や首元でジャラジャラと音を立てる装飾品だ。

「あれ・・・?」

「お、どうした? 俺の服に何かついてるか?」

無邪気に首を傾げる兄を見て、風凪が納得したように頷く。

「なるほど、チャラいのか。」

「そうなの、何かついてるかって、付きすぎてるわっていう。」

「まあ、大半の女子は許せると思うよ?その顔面なら。」

私たち三人はお兄ちゃんに会話を聞かれないようにヒソヒソト話す。

「いや、違うの。」

私はこれから一言申すかのような面持ちで、二人に告げる。

「あの腕輪とかチェーンとか、全部親金なんだよね・・・」

「親?」

「金ッ?」

二人の声が綺麗に重なる。

「そう。これでもイケメンって言える?」

静まり返る病室。お兄ちゃんは居心地悪そうに自分のブレスレットをいじった。

「なんか・・・俺、邪魔?」

「いや、そ、そんなことないです・・・」

気まずくなった風凪が、話題を変えようと身を乗り出す。

「ところで・・・お兄さん?って大学どこにいってるんですか?」

「ん? お義兄さん・・・?」

お兄ちゃんは「おにいさん」という響きに過剰に反応し、ゆっくりと私の方を振り向いた。その瞳には得も言われぬ期待と誤解が渦巻いている。

「虞佳、お前・・・」

「な、何?」

「彼氏がいるなら言えよな」

「は?」

「え?」

「あ?」

私と風凪と栄花が一斉に絶句する。しかし、風凪は即座に口を開いた。

「いや。え?お兄さん、勘違いしてません?義理の兄に。」

「え、じゃないの?」

「違うわ。」

私が冷たく切り捨てると、お兄ちゃんは「なんだ」と肩を落とした。

「お兄ちゃんは頭がお花畑だから。」

「お花畑で、京東大学が務まるかよ。冗談に決まってるじゃん。」

さらっと、お兄ちゃんは反論しながら風凪に返答するように自分の大学を言える、そこだけはさすがだ。

「「京東大学?」」

二人の声が、今日一番のボリュームで響き渡った。

「ザッツ、ライト。」

お兄ちゃんは指をパチンと鳴らす。

「京東大学ってあの、世界を牽引していると言われるほど理系特化の、超が何個ついても足りないと言われているハイレベル大学?」

風凪がまるでジョジョのように早口で大学の説明をする。ちょっと面白い。

「これは、大物・・・」

栄花は口を押さえて驚いている。

「なんだ虞佳、言ってなかったのか。良い話題じゃないか?」

「うるさい。」

私がそっぽを向くと、栄花が信じられないといった様子で声を上げる。

「いやいや、これは赤松がおかしいでしょ。京東大学に兄が通ってるだなんて家族自慢できるじゃん。」

「別に面白くないでしょ。」

「いやいや、面白いでしょ!めったに聞けない研究のこととか聞けるかもなんだよ。」

風凪はなぜか興奮している。こいつってそんな勉強というか研究好きだったか?そう思いながら。お兄ちゃんの方を向くと、お兄ちゃんは優しく、けれど断固として制した。

「風凪君、残念ながら研究内容は家族にも知られてはいけないからそれは無理だよ。」

「えー。そうなんですか。」

「まあ、でも研究のノウハウとかは教えられるかもね。」

「マジすか!」

身を乗り出す風凪を見て、私はヤレヤレと肩をすくめていると、次は栄花が口を開き始めた。

「鳳花、がっつきすぎ。私の獲物にちょっかいかけないでね。」

「え?」

いきなりの発言にお兄ちゃんは驚いてきょとんとする。

「何を言ってるの?」

「え、お前ってそんな肉食だったっけ?」

栄花の口からは絶対出ないような、言葉に私たち二人は唖然とする。

「冗談よ。」

栄花はまるでいたずらが成功したような子供みたいにほくそ笑む。。

「焦ったー。僕の解釈が崩れるところだった。」

風凪が安堵したように胸をなでおろす。そして、解釈って、Vチューバ―オタクか。

「冗談か・・・」

そして、この変態は何を言い出すんだ。

「JKに夢みんな。」

私は冷たくあしらう。

「酷くない?」

お兄ちゃんの悲痛な声が聞こえてきたが無視をした。お兄ちゃんはため息を吐くと、自分のアクセサリーを自慢げに見せびらかす。

「ちなみに、親金であんなのを買えるのは、この大学のおかげ。奨学金とか将来の保証ってわけ。」

聞こえていたのか・・・

「だとしたら、いいんじゃない?」

風凪はそう、即座に肯定した。

「そう? 親金はさすがにじゃない?」

栄花が私にそう、小声(相手にギリ聞こえるぐらいの)で、即座に否定した。

「だよね、栄花!嫌だよね!」

私もそう、大声(ほかの部屋に迷惑が掛からないぐらいの)で、即座に否定した。女子二人の容赦ない言葉に、お兄ちゃんはついに半泣きになった。

「あのー。声が、大きい・・・兄、泣いちゃうぞ。親金、親金言われたら・・・」

「「「すみません・・・」」」

私たちは三人揃って小謝りする

そうして、ようやく静かになった病室で、お兄ちゃんは居住まいを正した。

「というか、君たちはまだ、ここにいるの?」

「まあ、できれば。もっと遊びたいし、遊園地のことも詰めておきたくて・・・」

風凪の言葉に、私は顔を赤くして制止しようとしたが、時すでに遅し。

「ちょっと、それは・・・」

「虞佳が、遊園地・・・?」

お兄ちゃんの声はまるで、我が子に柄が悪そうな友達と夜遅くまでカラオケに行っていたことについて叱責し始めるときの声色だった。

「は、はい。」

風凪は怖気つきながらも、うなづく。

「本当に?」

お兄ちゃんの声は授業中に余計なことをしていたのを見て叱責しようとする面倒くさい体育教師のような声色だった。

「本当よ・・・」

栄花はつばを飲み込んで、うなづく。

バサッ

お兄ちゃんは突然、天を仰いで震え始めた。

「俺は、俺は・・・今、猛烈に嬉しい・・・!!」

「は?」

「ん?」

「はあー・・・」

私が顔を覆うと、お兄ちゃんのシスコンぶりが全開になる。

「お兄ちゃん、シスコン気質もあるの。」

「要素多すぎじゃない?」

風凪が苦笑いしながら突っ込む。

「虞佳が友達と遊園地だなんて。お兄ちゃん初耳なんですけど!」

「そりゃ、言いたくないからでしょ!」

「反抗期、か。」

「違うわ。」

喧嘩腰の私たちを見て、栄花と風凪がクスクスと笑い合う。

「仲良さそうだね。」

「それな。」

「ちょ、何変なこと言ってるの?」

すると、お兄ちゃんは突然真剣な顔になり、栄花と風凪の前に立った。

「君たちは良い人だ!ぜひともこれからも、虞佳をよろしく頼む。」

「はい。」

「お兄ちゃんはお邪魔になりそうだからもう、帰るから。」

「さっさと帰れ愚兄が!」

「じゃーあね。」

嵐のように去っていくお兄ちゃんを見送って、私は大きく息を吐き出した。

「はあー・・・」

そして、静寂が、病室に戻ってくる。私は、お兄ちゃんが閉めていったドアを数秒間、じっと見つめていた。

(……お兄ちゃん、本当はあんなこと言いに来たんじゃないくせに)

普段はチャラチャラして親の金で着飾っている愚兄だが、実は誰よりも優しくて、誰よりも家族の機微に聡い。きっと、私が自殺をしようとした原因が、両親には話しにくいものだとお兄ちゃんは気づいていて、二人きりでじっくり話を聞いてやるつもりでわざわざ来てくれたのだろう。

けれど、病室のドアを開けたら、そこには風凪と栄花がいて、私が顔を赤くして怒りながらも楽しそうに大富豪に興じていた。その光景を見て、お兄ちゃんは「ああ、こいつはもう大丈夫なんだな」と察したのだろう。

だからこそ、自分の役割を『心配性の兄』から『空気の読めない邪魔者』に切り替えて、あえて茶化して帰っていったのだ。

(本当に、配慮ができるんだから・・・)

その不器用で、けれど深い優しさが胸の奥を温める。

彼なりのエールを受け取った私は、顔を上げて目の前の二人に視線を戻す。

「そんな恥ずかしいことじゃないと思うよ。きっと。」

栄花が優しく声をかけてくれる。

「なんか、赤松のこともっと知れたような感じがして・・・インスピレーションが湧き出たよ?」

風凪も栄花に続いて何か言っているが、

「慰めになってないよ・・・」

私が苦笑いしながら、風凪の方を見ると、風凪はなにやらスマホを手に取って何かをしている。そして、並行して風凪は口を開く。

「まあ、普通に、あんな妹思いの家族がいるだなんて・・・良かったじゃん。」

「まあ、そうだけど。」

「前向きに生きていこう。」

「はあー・・・」

これ以上、私の赤面を見せないために私は強引に話を戻すことにした。

「とりあえず、どうする?」

「遊園地の煮詰め、してく?」

「そうだよね。」

お兄ちゃんの残していった騒がしい余韻を振り払うように、私たちは布団の上にあるトランプを片付けて参考書もしまい、スマホの電源を付けた。


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