第九十九便 「あなたの心です」とか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
ひげそり 車の中に長くいるので、一応最低限のみだしなみとして。
『私がどうかしましたか?』
暗黒微笑だ。
たいていの〝暗黒微笑〟は、自分ではそう思ってても実際は「ドゥフフフ」って感じだと思うけど、これは絶対暗黒微笑だ!
『ど、どうかしたって……?』
『私のことを話してたでしょ? 荷車の騎士様と』
『え、えーと』
「グリシーヌ姫様」
お兄ちゃんが会釈するのが振動でわかる。
「さきほどは姫様を悲しませるようなことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
『でも、理由は教えて下さらないんですよね?』
笑みを絶やさずグリシーヌが訊き返す。
「え、ええ」
お兄ちゃんは相変わらず歯切れが悪い。
「大変申し訳ありませんが、今は」
グリシーヌはお兄ちゃんをじっと見つめ、それからため息をついた。
『まあ、それは今は忘れます』
そしてお兄ちゃんを、今度はいつもの笑顔で見つめる。
『何があったか教えて下さらないのは不満に思います。でも、荷車の騎士様が、ヴィオレットの尊厳を踏みにじるようなこと、なさるはずがありませんから』
そしてちょっと上目遣いになる。
『さっきだって、ヴィオレットをテントの中で寝かせたら、まるで逃げるみたいに帰って行っちゃうし』
「あ、起こしてしまいましたか?」
『最初から起きてました!』
グリシーヌがムキになって言う。
『あんな風なままで、眠れるわけありません』
「すみません」
お兄ちゃんが頭を掻く音が聴こえる。グリシーヌが恨みがましい目でその姿を見る。
『わ、私には何もし……、言って下さらないのに、ヴィオレットとは二人だけの秘密を作ったり、ビ、モーブ姫の肩を抱いたり』
「え? 俺、モーヴ少将にそんなことはしてませんよ?」
お兄ちゃんが慌てて否定するが、グリシーヌが食い下がる。
『なさったじゃないですか! お、お水を顔に……、恵んであげた後、モーヴ姫を立たせる時』
「ん? ああ、あれですか」
お兄ちゃんが困惑した口調で答える。
「モーヴ少将は甲冑を着ていましたからね。俺としては、少将さんの入った箱を持ち上げる感覚だったんですが……、失礼でしたか?」
グリシーヌが目を丸くして、それから吹き出す。
『プッ』
「え、ええと……」
『そ、それ、本気でおっしゃってますか?』
本気に決まってるじゃん。
ていうか、自分だって裾掴まれたこと忘れてるし。
あ、でも、足も掴まれてたよね?
……人間掴むところたくさんあってムカつく。
……いや、〝掴まれ度〟だったら、いつもハンドルやシフトレバー掴まれてるオレが余裕で勝ってるし。
『もう、荷車の騎士様ったら』
オレがそんなことを考えてる間も、グリシーヌはいつものように笑っていた。でも、すっと真顔になり、もう一度お兄ちゃんを見つめる。
『それはそうと、荷車の騎士様』
それからオレを見る。
『それにフッフ』
『何?』
『これからどこへ行くつもりなの?』
ギクッ!
何だかバレてるし。
『イヤー、ナンノコトカナ?』
『人の失敗や失言をあげつらうのは得意なのに、自分がされるのは苦手なのね、フッフ?』
それ、オレたちの元の世界では〝突っ込むのは得意だけど突っ込まれるのは苦手〟ってことだけど、そりゃどうでもいいか。
『他のみんなが酔いつぶれて寝てるのに、こんな投石器の影でこそこそしてれば、おかしいと思うに決まってるでしょ?』
そして視線を上げてお兄ちゃんに微笑みかける。
『同盟を提案し、夏の魔女討伐を宣言されたのに、全部ほったらかしで、いなくなってしまうおつもりじゃないでしょうね? 荷車の騎士様?』
そりゃそうだ。
そりゃそうだけど、ガソリンがないんだよ。
パラグライダーとかは使えるけど、オレだけじゃなくて、電源使うものはそのうちに役に立たなくなるんだよ。
「もちろん、そんなつもりはありませんよ」
お兄ちゃんがノーテンキに笑う。
「俺は運送屋ですからね。途中で荷物を放り出すわけにはいきませんよ」
それ、勢いで言ってるだけじゃないの?
でも、お兄ちゃんはオレにも伏せていたことを言い始めた。
「ただ、ちょっと確認したいことがありまして。元帥も一日だけの話。ディレター中将たちが戻るのは、どんなに早くても三日後とのこと。その間に、一日、いや、半日でいいので休みをください」
グリシーヌがお兄ちゃんをじっと見つめ、そして答えた。
『わかりました』
「ありがとうございます」
『ただし、必ずお帰りになる、という、証拠をください』
「証拠」
『はい』
グリシーヌが一歩近づく。
『私を、私たちを見捨てずにお帰りになるという、確かな証拠を』
今度は視界の中のグリシーヌの(しょぼい)ドレスのボタンが一つ下に移動する。
でも、この作戦を既に学習したオレなら……。
「ちょ、ちょっと待ってください」
お兄ちゃんが一歩後退る。
お兄ちゃんも学習してたみたいだ。
とはいえ、ここで安心して手を抜くのはしょせん素人。勝利を確信した今こそ畳みかけるっ!
『待て。本気なのか?』
超意訳。
神(自称だけど)がオレにくれた、最大の武器。
ボタンがまた一つ上に移動し、グリシーヌの驚いた顔が見えた。そしてその頬が更に染まる。
『はい』
「証拠って言っても難しいですが、サインでもしますか? この国の文字がわかりませんが」
『証拠なら、唇だけじゃない。全身に刻んでやる。この意味が解るか?』
そう。ここでゲスな発言をしとけば、
a 嫌われる。
b あえて嫌われるようなことを言い、姿を消すことで美化される。
と、どっちでも正解になる。
さすがオレ。
ほら、グリシーヌ。とっとaルートに進んでよ(本音)。
『はい、もちろんです』
グリシーヌはしかし、俯くと、ドレスの一番上のボタンを外し始めた。
は?
何やってんの?
一つ目が外れ、両手はその下に移る。
指がかすかに震えている。
お、オレの完璧選択肢を破るとは……。
フッ、熱い戦いだぜ……!
だが、術者というものは、その術を破る方法も考えるものだ。
そして当然、その対処法も。
お兄ちゃんの行動パターンから、可能性の低い順に。
①抱きしめて止める・・・・・・・淫行条例違反
②頭ポンポン、または撫で撫で・・・・・・・暴行傷害罪
③抱きしめようという手を何とか意志の力で止め、『何言ってんだ』とか言って、挙句の果てにヒゲか誰かが出て来て『奴は大変なものを盗んでいきました』と言い出す・・・・・・・著作権法違反
よし、完璧っ!
でも、お兄ちゃんの手がオレの前、つまり、お兄ちゃんとグリシーヌの間に入った!
すでにグリシーヌは三つ目のボタンを外している。
ちょっと待ってお兄ちゃん?
抱きしめるどころか、揉みしだくつもり?
ま、まさか、本来なかったはずの選択肢、
⓪ ピー・・・・・・・打ち首獄門
を取るつもり?
お兄ちゃんの手はゆっくり伸びて、そして……。
『フッフ』
オレ(スマホ)を掴んで自分を向かせた。
「また変なこと言ったでしょ?」
「え、え、えーと」
「グリシーヌヒメ」
お兄ちゃんが片言で言う。
「フッフ、グリシーヌヒメ、フタリ、ジョウダン、スキデス」
グリシーヌの指が止まる。そしてまた吹き出す。
『クスクス、わ、わかっちゃいましたか?』
お兄ちゃんも笑う。グリシーヌはオレを覗き込むと、笑顔で睨んだ。
『フッフがいたずらばっかりするから、たまには仕返ししないと』
「本当に仲がいいですね、二人は」
お兄ちゃんがそう言うと、首からストラップを外し、グリシーヌにオレ(スマホ)を渡した。
「ちょっと準備するんで、二人で話していてください」
そう言うとお兄ちゃんは、オレ(本体)に戻り、ルーフキャリアの荷物や荷台下の収納ボックスを確認し始めた。
その姿を見ながら、オレ(スマホ)を握ったグリシーヌに言う。
『びっくりした。本気かと思ったよ』
『本気だったよ』
『え?』
顔をそむけた彼女の表情はわからないけど、その声は明らかに冗談ではなかった。
『グリシーヌ……』
その覚悟みたいなものに圧倒される。
でも、すぐに気を取り直して、戦いを再開する。
『で、でも、グリシーヌには、まだいくら何でも早いんじゃ?』
『何言ってるの?』
グリシーヌがオレを見る。目頭が少し赤い。
『私はもう十六だよ?』
『ジェーケーじゃん! アウトじゃん!』
『フッフが何言ってるかわからないけど、お母様は、私の年にはすでにヴィオレットを身ごもってたわ』
オレ、無事死亡。
十六歳、元の世界なら高一で二人目妊娠って、やっぱ中世ヨーロッパ風ファンタジー世界って最低だわ。
注1 『カムイ外伝』 相打ち狙いのこの姉もかわいそうなんですが。
注2 『カリオストロの城』 この時ルパンは何歳って設定でしたっけ?




