第九十七便 時なんて来ないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
温度計 特に外気の温度計は冬期に便利です。
夕食、というよりほぼ宴会は夜中まで続いた。
お酒も入ったみたいで、シェーヌさんや他の兵士、西あらためラシーヌの捕虜までお兄ちゃんに絡んできてたけど、下戸のお兄ちゃんは適当にあしらってた。
ヴィオレットもちびちびと酒を飲んでた。この世界では、未成年は飲酒禁止、というようなものはないらしい。
帰って来たばかりのよそよそしさは薄れて、また、『荷車の騎士の膝の上に座るですの』とか言ってたけど、今度はお兄ちゃんが何かと理由をつけて逃げ回った。ヴィオレット自身も、単に酒で陽気になって甘えていた様子で、日中程お兄ちゃんに固執はしていないようだった。
金髪は逆に、酒は控えめにして、後はひたすらお兄ちゃん(の水)を狙っていた。
「すみません。今日はもうないんですよ」
お兄ちゃんが謝ると、金髪は今度はオレを見た。
『魔獣。荷車の騎士を説得してくれ』
『ないものはないって言ってるじゃん! つーか、あんた捕虜なんだからおとなしくしてなよ!』
『何だと? 魔獣の分際で!』
『黙れ冷水ストーカー!』
『まあまあ、そう言わず』
シェーヌさんが間に入る。
『水がつなぐ縁もまた、神の導きかと』
『そんなもの認めないですの! 敵は敵ですの!』
ヴィオレットまで参戦して訳が分からなくなったけど、東の兵士も西の兵士も皆笑い、はやし立てた。
『たった一日で休戦どころか同盟まで話を進めてしまう荷車の騎士殿は、きっと神の使いだ』
『天使の羽衣で空を舞うなど、そうとしか考えられない』
『南風のフェアリーを倒せる人間などいるわけがない』
『戦姫と恐れられたモーヴ少将までも篭絡するとは』
『誰だ今言ったのは!?』
『余計なこと言うのは誰ですの!?』
『まあまあ、それもまた神のお導きかと』
『黙れ! ヒゲの分際で!』
『黙るですの! ヒゲのくせに!』
ばかばかしくて通訳する気にもならなかったけど、陽気に騒ぐ様子を、お兄ちゃんは笑顔で眺めていた。
そう言えば、この国、というかこの島の宗教って、結局どうなってるんだろう。
〝聖母〟とか〝鬼〟とか〝般若〟とかいう言葉も出て来たけど。
まあ、〝鬼〟や〝般若〟は、自称女神のインストールした辞書だから適当な言葉を当てただけだと思うけど。
……なんて、考えたところで、オレはもうすぐ〝時が来る〟んだけどね。
ただ、グリシーヌの姿をずっと見かけなかったのは、ちょっと気になった。。
厨二病の提案で、もともと金髪用だった大きめのテントにグリシーヌたち姉妹も休息できることになった。不満そうな金髪をよそに、その時点では、グリシーヌは『×捕虜〇恋敵の監視ができる』と同意してたけど、お兄ちゃんとヴィオレットが戻って来てからの事件後は、結局そこに一人でこもってたみたい。一度シェーヌさんが声をかけに行ったけど、『食欲がない』って返事だったらしい。
『そう言えば、さきほど元帥殿のところから走り去っておられたが、何かありましたか?』
戻って来たシェーヌさんが、喧騒から抜け出したお兄ちゃんに訊いた。
「まあ、難しい年ごろですから」
お兄ちゃんが苦笑する。
『そうですか。ポローニャ王が見えるまでには、いつものグリシーヌ姫に戻っておられるといいのですが』
「王様、見えるんですか?」
『はい。西との同盟の調印のため、昨日すぐに使いを送りました。早ければ明日にはお見えになるかと』
「そうですか」
お兄ちゃんがちょっと考え込む。
そりゃそうだ。
夏の魔女の討伐って言っても、ガソリンがあったからできたこと。同じ作戦は使えない。
お兄ちゃんは確かに同盟(予定)の立役者だけど、今後の計画は白紙状態のはず。
〝もしかしたらお兄ちゃんは凄腕の特殊工作員〟っていう淡い期待も、自称女神に打ち砕かれたし。
オレのいない未来が怖くて訊けなかったけど、ほんと、これからどうするつもりだろう。
そんなことを考えながら、三日目の、そしてオレにとって多分最後の夜が更けていった。




