第九十六便 通訳できないセリフを言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
ドリルの刃 インパクトドライバーなどに装着して、穴あけなどに。
自分が邪魔だってこともわからず、ヒゲのおっさんがお兄ちゃんに言った。
『グリシーヌ姫はどうされました?』
「あ、えーと……」
『まあ、それはともかく、そろそろ夕飯の準備ができました。ご一緒にどうぞ』
そしてオレを見る。
『魔獣殿もご一緒に。……というか、魔獣殿は何を食べるのか? 人間?』
『なわけないでしょっ! もし人間食べるとしても、シェーヌさんだけは絶対食べないよっ!』
『ははは、冗談です』
ヒゲが豪快に笑う。
「ご機嫌ですね」
お兄ちゃんが言うと、ヒゲが満面の笑みを浮かべた。
『ええ』
『お兄ちゃんのおかげで西の国に勝ったから?』
『それはもちろんあります。だが、それだけじゃない』
ヒゲが背後を振り返る。
『今日の昼まで殺し合うために対峙していた者同士が、今はああして一緒に夕飯の準備をしている。これは元帥殿と魔獣殿がいなければ決してみられなかった光景です。北出身で、東の国に救われた身だからこそ思うことかもしれませんが』
『そう言えば、さっきマスクしてたの見て思ったんだけど、シェーヌさんて耳が少し尖ってるよね』
オレがふと訊いた。シェーヌがはっとして耳に手を当てる。
『い、いや、お恥ずかしい』
おっさんがそんなことしても萌えないからっ!
ほんの一部だからっ!
「フッフ、シェーヌさんに何言ったの?」
お兄ちゃんが小声で訊く。
「『耳が尖ってるね』って」
「だめだよ、そういう身体的特徴を言っちゃ」
『これは我々民族特有の特徴で』
シェーヌが聞いてもないのに語りだした。
『かつてあった王都の住人、特に王族は、もっときれいに尖っていました。わしのような不格好な耳をした者は、いなかものとバカにされたものです』
『それが辺境に押しやられた理由?』
『まあ、それも一つですな』
何かアホっぽい。滅びるべくして滅んだんじゃない、北の国って。
『っていうか、この島の国って、名前ないの?』
『名前?』
『ほら、みんな〝北の国〟とか〝東の国〟とかだけど、普通、国家を名乗るなら自分とこに名前つけるよね?』
『ああ、それですか』
シェーヌが笑った。
『もちろん、ありますよ。例えば西の国は、本来は〝ラシーヌ帝国〟を自称しています』
あったんだ?
『南はクメース皇国、東はイームート国、わしの故郷の北はエミシュ王国を名乗っておりました。ただ、それぞれが自国こそこの島の支配者だと主張し、他の国のことは西だの東だのと言う。わしのような難民の問題もあり、方角での故障の方が一般的になってしまった次第です』
「そういえば、国が違っても言葉は通じるんですね?」
オレの通訳を通じてお兄ちゃんが訊いた。
『ええ。もちろん方言はありますが、それぞれの首都や王族、兵士間で使われている言葉にはそれほど違いがありません。逆に方言は、同じ国の中でも聴きとれないほどですが』
そしてシェーヌは、お兄ちゃんを見た。
『元帥殿がどこから来たのかわかりませんが、故郷に戻れない、という寂しさは、わしも理解できるつもりです』
ヒゲのくせに優しい目だ。
『そして、新しい仲間と出会えた喜びも』
向こうで西と東の兵士たちが呼んでいる。
ヴィオレットが手を振り、金髪も笑顔を浮かべている。
『行きましょう。今日の主役がいなければ始まらない』
「ええ」
お兄ちゃんが頷く。
「でも、シェーヌさんは一つ大事なことを忘れています」
そしてオレのダッシュボードを撫でる。
「今日の、というか、この物語の主役は、俺じゃありませんよ」
……お兄ちゃんのバカ。
そんなセリフ、通訳できるわけないじゃん。




