第九十五便 異世界での結婚適齢期なんて訊かないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
日よけシート 夏は必須ですね。
お兄ちゃんとヴィオレットがおかしい。
日が暮れる前に、畳んだキャノピーを持って帰ってきたのはいいけど、何か変だ。
出発前、ヴィオレットは子供特権でグリシーヌやオレがムカつくレベルでお兄ちゃんにベタベタしてた。でも、帰って来てからは妙によそよそしい。
『まさか、荷車の騎士様、ヴィオレットを……!』
グリシーヌもとっくに気付いてるようだ。
二人が帰ってきた時、OBD2はオフのままだったから、その時の様子はオレにはわからない。
お兄ちゃんが持ち帰ったキャノピーを荷台に入れ、夕飯づくりの手伝いに行った後に慌ててスイッチを入れてくれた(らしい)グリシーヌによると、『何だか距離感が違う』ってことだった。
『ゆ、許せないわ。妹の分際、じゃなくて、いい大人がガキを手籠めになんて……!』
オレも一瞬、マジで疑った。でも、その後の様子を見る限り、ヴィオレットがお兄ちゃんを怖がっている感じはない。ただ、目が合ってもすぐ逸らしたり、逆に遠くからお兄ちゃんの様子をちらちら伺ったり。
『妹の、じゃなくて戦士のくせに、あれじゃまるで恋する乙女そのものじゃないっ! 姉より乙女な妹なんて(以下略)』
不思議なもので、他の人があんまりにもムキになると、意外にこっちは冷静になるもんだね。
今まで、お兄ちゃんもそういう感じだったのかな?
……ていうか……。
『あれ、ヴィオレット、服違くね?』
『あ……』
グリシーヌも気付いたようだ。その場に立ち尽くし、ヴィオレットを見つめている。
と、お兄ちゃんがオレたちのところに戻って来た。
「一部の兵士たちは既に回復してるみたいですね」
お兄ちゃんは道具箱からグラインダーを取り出しながら言った。
「行き帰りに通りましたが、東の砦に残った人たちも回復してるみたいでしたよ」
『荷車の騎士様』
グリシーヌがお兄ちゃんの言葉を遮り、微笑みかけた。
「はい?」
『ヴィオレット、服が変わってるみたいですが』
「え、あ、ああ」
お兄ちゃんが目を伏せやがった!
「東の砦に、ヴィオレット様の着替えがありましたので」
『何か、髪も少し濡れているような』
グリシーヌが畳みかける。お兄ちゃんはヴィオレットを一瞥すると、また視線を落とした。
「ちょっと水浴びをしていただきました」
そうしてグラインダーを持って戻ろうとするお兄ちゃんの前にグリシーヌが回る。
『なぜですか?』
お兄ちゃんに詰め寄る。
『なぜ、二人きりの時に水浴びをする必要があったのですか?』
しばしの無言の後、お兄ちゃんはグリシーヌから視線をそらし、言った。
「すみません。グリシーヌ姫様には、ちょっと言えません」
乾いた破裂音。
グリシーヌが顔を手で覆って走り去った。お兄ちゃんは頬をさすりながらオレを振り返る。
「今回はちゃんと通訳したよ?」
「うん、わかってる」
お兄ちゃんはドアを開けて運転席に腰かけた。
「念のために訊くけど、グリシーヌが思ってるようなこと、ないよね?」
「うーん」
あれ? 歯切れが悪い?
「ねえ、フッフ」
「何? 返答次第じゃ殺すよ?」
「この世界での結婚適齢期って、何歳くらいなんだろうね?」
「はぁぁっ!!??」
オレは思わず叫んだ。
「まじでヴィオレットをどうにかする、ってかしたの?」
叩く手も蹴る足もないけど、とにかく罵る。
「バカッ! ロリコンっ! ペドッ! 異常性欲者っ! 淫行条例違反っ! 強制わいせつ罪っ! 死刑っ! 死刑だよっ!」
「あ、いや」
お兄ちゃんがオレ(スマホ)を見る。
「フッフが思ってるようなことはしてないよ。するわけないし。俺からすれば、ヴィオレット姫様はただの子供だ。っていうか、モーヴ少将でさえおっさんの俺からすれば子供に見える」
「犯罪者の言うことなんて信じませんっ!」
「いや、本当に。21世紀を生きてきた日本人からすれば当たり前の感覚だよ」
「そうでもないよ。どこの世界にも変態はいるし」
「そういう特殊な層といっしょにしないでよ」
お兄ちゃんはそう言うと、向こうで夕飯の準備に携わるヴィオレットや金髪を見た。グリシーヌの姿は見えない。
「ただね、日本でも昔は結婚が早かったと言うし、ヨーロッパも同じだろう。前にも言ったように、女性は子孫を残すことを期待される。戦士であるヴィオレット姫様も、戦場に出る前ではそういう教育を受けて来ただろうし」
「で、どうすんの?」
オレの声もグリシーヌ並みに冷たい。
「オレの燃料がなくなって、ただの鉄の塊となったら、〝うるさい監視役もいないし、後はやりたい放題だ〟って始めるわけ?」
「そのことなんだけどね」
『元帥殿!』
鬼ちゃんが言いかけたところで、ヒゲが歩み寄り、声をかけて来た。
ここでっ!?
今ここで声をかけるっ!?
……題して、〝何の役にも立たないどころか、大事なところで邪魔をする男の肖像〟。
注1 高橋葉介先生、すみません。




