第九十四便 垢BANとか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
プラダンボール 本編では出てきていますが、養生などに。
「……もう……すこ……かい……」
また自称女神のぶつぶつ言う声が聴こえる。
やっぱりだ。
オレの三感が外界と遮断されると、自称女神と交信できるらしい。
「えーと」
「あっ、あなたは?」
自称女神の驚いたような声が聴こえる。
「ど、どうしたんですか? こんな時間に」
「女神のくせにそんなこともわからないんですか?」
とは思ったけど、一応経緯を説明した。
「そうですか。まあ、一時はどうなることかと思いましたが、一応順調に進んでいるようですね」
「順調って、何がですか?」
「あ、こっちの話です。というか、二日で元帥とは、荷車の騎士もすごい出世ですね」
「それ、あのアホ王様がノリで言ってるだけだし。てか、中世ヨーロッパ風なのに、元帥だ大尉だって本当にあるんですか?」
「インストールした辞書の訳語の問題です。この世界での通訳担当はあなたなんだから仕方ないでしょう」
あいかわらずテキトーなこと言ってるし。
「そ、それより、ちょっと訊きたいんですけど」
「何ですか? 異世界ドローンに喋らせろとかなら聞きませんよ」
「違うよっ! っていうか、それも便利そうだけど、そうじゃなくて、あの、お兄ちゃんって、元の世界での一部の記憶がないみたいなんですけど」
「……それがどうかしましたか?」
自称女神は少し間を置いてから訊き返した。オレはずっと考えていたことを言ってみる。
「あの、実はお兄ちゃん、元の世界では特殊工作員だったとか?」
「はい?」
「だって、パラグライダーで空飛んだり、助手席から特殊なドリフトしたり、金髪、じゃなくて敵の騎士を人質にとったりしてるし」
「ああ、そのことですか」
女神の声の緊張が少し和らぐ。
「それでしたら、全くそのようなことはありません。荷車の騎士は、元の世界ではどこにでもいる運送屋さん。極めて平凡な人物でしたよ」
安心すると同時にちょっとムカつく。
「えー、でも、平凡な人があんな風に動けるもんですか?」
「まあ、彼の職業柄、筋力や敏捷性、バランス感覚などは必要ですし、ある程度の運動能力はありますが、そうですね、百人いれば二十番~三十番目くらいの、平均より少し上、というだけのレベルです」
「パ、パラグライダーとかは?」
「パラグライダーなら、職業関係なく人口は増えていますよ」
「そうかもしれないけど、走ってる車の屋根に降りるなんて、普通出来ないでしょ?」
「着地点については、あなたたちの方で調整したではないですか」
「それはそうかも知れないけど」
オレは言葉に窮した。
確かに、自称女神のいう通りだ。
オレだって、事故前の明確な記憶はないけど、お兄ちゃんが普通の人だったって言う感覚はある。
自分でも戦闘への恐怖を語ってたくらいだし。
でも、スマホにあるはずの一部の記録にアクセスできないっていうから、もしかしてそういう過去を、このうさんくさい自称女神が隠蔽してたのかも、って思ったんだけど。
「うさんくさいとか隠蔽とか、人聞きが悪いですね」
そういえばこの女神、ひと(じゃないけど)の心読めるんだっけ。
「でも、そんなこと言っても、人間関係の記憶が抜けてるってのはおかしくないですか?」
「異世界に送られる時に特殊なことが起きるのは、世の常ではありませんか? チートなスキルを与えられたり、レベルやステータスカンストだったり、全属性魔法使えたり、実は最強の剣士だったり」
「それ全部プラスの変化じゃん! 何でお兄ちゃんの場合だけ記録が消えてるとかアクセスできないとか、マイナスな変化ばっかりなわけ?」
「ちゃんとあなたに翻訳能力を与えたではないですか」
「世の異世界組の99パーセントは異世界言語喋れるのがデフォですぅ!」
「その他、スマホにいろいろなアプリインストールされているでしょう?」
「アプリだけじゃん! 偶然荷物がなかったら……。……あ」
「と、とにかく、荷車の騎士には異世界言語も魔術もレベルもスキルも剣技も、全てにおいて適性がない程の凡人だったということでしょう」
「お兄ちゃんをダメ人間みたいに言うなっ!」
「いいではないですか。元の世界での技能がそれなりに役立っているみたいですから。……まあ、へたな倫理観は邪魔と言えば邪魔ですけど」
「お兄ちゃんは真面目なんですよっ!」
「そもそも、過去の記憶など必要ですか?」
自称女神が変に落ち着いて言った。
「異世界に行く者の多くは、元の世界に執着しません。それまでの人間関係などなかったかのように、新しい世界での生活を満喫します」
「た、確かにそういうパターンは多いかもしれないけど」
「元の世界での家族、友人、恋人たちの悲しみに思いをはせていたら、異世界で前に進めません。強大な敵や美しいお姫様を前にしてもそれどころではなく、日々昔日を思って泣き暮らすでしょう。それはもう、スキルやレベル以前の問題です」
「そ、それは……」
「元の世界である程度の人間関係を構築していたのに、異世界に来たらそれをすっぱり忘れてチートで無双でハーレムでウハウハなんて、それはもうどこか頭のおかしい人ですよ」
「うう……」
「そう考えれば、過去などない方がいい。というか、そもそも、元の世界で充実した毎日を過ごしている者を異世界に送る必要自体感じません。以前の生活に拘泥しない、むしろ決別したいと思っているような者が選ばれて然るべきでしょう」
「そ、それはそうでしょうけど……。……ん?」
ちょっと芽生えた違和感。
「え、ええと、それって、異世界に送る人は選んでるってことですよね」
自称女神の返事がない。
「でも、オレ、オレとお兄ちゃんは間違えて送られたって、最初に」
「そ、そんなことより! あなたはそんなにのんびりしていていいのですか?」
あきらかに慌てた口調。相変わらず怪しい。
「もうガソリンの警告灯がついてからかなり走ってますよね?」
「それはもう、仕方ないですよ」
オレはためいきをついて(でないけど)言った。
「さすがに異世界でガソリンスタンドあったら何か怒られそうだし」
でも、一応抵抗する。
「ふつう、異世界に来た車なら、ガソリンなくても魔法か何かで走れるようにしてくれるもんだと思うけど」
「そんなご都合主義は通りませんよ」
「アプリとか荷物とか、他にたくさんご都合主義っぽいものがあるのに??」
「ええと、忙しい忙しい」
「またそれかよっ! どうせツリッターの煽りで忙しいとかそう言うレベルでしょっ!」
「そこらの雑魚と一緒にしないで下さい。私のフォロワーは(自主規制)」
聴こえない(聴きたくない)。
「い、言わせてください!」
「どうせ半分くらい別垢でしょ?」
「し、失礼なっ! 9割9分です!」
「BANされろっ!」
「それぞれ現存する人類個別の名前で登録してるから問題ありません」
「なりすましじゃん! ちゃんとしたアカウント持ってる人がやばいじゃん!」
「全てアカウント非保持者を選んでいますから、その点はご心配なく」
「それどうやって調べたんだよっ!」
「私は女神ですよ? そのくらいお茶のこさいさいです」
「超職権乱用じゃん! 他の神様ーっ、こっちです!」
……。
………。
…………。
返事はない。
逃げた。
一応記録しておこう。
〝自称女神 「私のBAN回数は53万です」〟
元の世界でツリッターが後10万年くらい続けば、確実にそうなるだろうし。




