第九十二便 小姑なんて言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
ゴム紐 幌のカーテンを止めたり、比較的軽い荷物を固定したりするときに使います。
グリシーヌが気持ち悪い。
マスクの下で謎の民謡(多分)の鼻歌を歌いながら、かなりの悪臭(ヴィオレット談)のテントを回り、あれだけ拒絶していた西の国の兵士たちに薬草のスープを配って回っている。
『聖女だ』
『聖母様』
西の国の兵士たちには、笑顔で配膳するグリシーヌをそんな風に言う者も出て来た。
いや、違うから。
それ、色ボケ+小姑スマイルだから。
なんてツッコミ、多分今のグリシーヌには通じない。カーバイド火炎瓶からの一連の流れは、そのくらいグリシーヌをスカッとさせた、ってことか。
爆発を目の当たりにした厨二病は、『あれで南風のフェアリーを倒したのか?』と訊いた。
「まあ、似たようなものです」
実際にはガソリンだけど、お兄ちゃんは(説明を簡略化するため)話を合わせた。
『天使の羽衣だけでなく、さっきモーヴを拘束した時に使用した道具もそうだが、君は不思議な武器をたくさん持っているね』
「俺のいた世界じゃ誰でも入手できました」
『では、君は、〝鉄炮〟という武器を知っているか?』
厨二病の質問に、お兄ちゃんは少し迷ってから答えた。
「見たことはありません」
『そうか』
厨二病も少し考え込んだけど、すぐにロン毛を見た。
『ともかく、君たちが斃したのは南風のフェアリーに間違いない。また、ゴシェ将軍が言うように、その規模が小さい、ということも』
『だから言ったですの! ゴシェ将軍に謝るですの!』
『大変失礼しました、ヴィオレット姫様』
厨二病が大げさに頭を下げた。
『ヴィオレットじゃなくて、ゴシェ将軍に謝るですの!』
『会った時には、必ず。プルニェ大尉』
『ええ、ヴィオレット姫』
ロン毛も、こっちは比較的丁寧にヴィオレットに向かって頭を下げた。
『ですが、今問題にしなければいけないのは、南風のフェアリー含む、夏の魔女本体の動向です』
『本体の動向、とは?』
ヒゲが訊き返す。
『今は9月。元帥殿も夏の魔女の討伐とおっしゃったが、今朝倒した南風のフェアリーは、ただはぐれて来た程度のもの、と言う可能性は?』
「もちろん、それはあるでしょう」
お兄ちゃんが引き継ぐ。
「ただ、南風のフェアリーが現れた村に住む南の国出身の女性が、『三十年前も、昨夜のように普段とは違う風が吹いた』と言われていました。もし、同じような風が、もっと大きな規模で吹いてきたら?」
『その通りだ』
ロン毛が頷く。
『三十二年前も、小さな嵐とともに来襲した小規模の南風のフェアリーにより、海沿いの町が全滅した。それから七日ほど経ってから訪れた大きな嵐の翌日、南の国は滅亡した』
『では、今回元帥殿たちが斃したのは、一種の先遣隊だと?』
『そう考えていいかと。シェーヌ将軍は冬の魔王と対峙したことがあると聴く。夏の魔女とはもちろん全てにおいて異なるとは思うが』
『いや、やはり先遣隊、というか、予兆のようなものはあった。そして、そこから、やはり七日ほどで国が消滅した点も同じ』
『だとすると、五日後にこの場では遅いか?』
厨二病が呟いた。ヒゲとロン毛が目を合わせ、無言で頷く。
『モーヴ、目はどうだ?』
厨二病が妹を振り返った。
『もう大丈夫です』
金髪が頷く。
『では、君は残れ』
『は?』
金髪の前にグリシーヌが声を上げた。皆が一斉に彼女を見る。
『あ、い、いいえ』
グリシーヌが慌てて取り繕う。
『いえ、あの、荷車の騎士様がせっかく解放したのに、それでは意味がないし、び、モーヴ姫にも失礼かと』
確実に〝ビッチ〟とか言いかけたのに、すがるような目でお兄ちゃんを見るグリシーヌ。
この女、ホンモノだ。
「ええと、まあ、そうですね」
お兄ちゃんが頷く。
「モーヴ少将も王族と言うことですし、東の国の戦力などについて参考になる意見も言えるでしょうから、会議に参加された方がいいかと」
『しかし、王族だけ連れ帰り、残りの兵士が人質では示しがつかない』
金髪はそう言うと、勝手に馬から降りやがった。
『私が残る。だから、拘束した兵士たちを解放してくれ』
「別に彼らは、治療中抵抗されても困るので拘束していただけですから、モーヴ少将が残っても残らなくても後程解放する予定でした」
『とはいえ、前線の責任者の私が残った方が、捕虜の統率もとりやすいだろう』
「まあ、それはそうですが」
『それに私は、きさまに生殺与奪権を握られている身だ』
「そんなもの握った覚えはないですが」
『お待ちください!』
グリシーヌがお兄ちゃんの前に出た。
『つまり、モーヴ少将、いいえ、モーヴ姫も捕虜として残る、ということですか?』
『当然です、グリシーヌ姫』
金髪が頷いた。
『ここに残りながら、兵士たちが捕虜で責任者の私は別、というわけにはいきません』
『ならば、こちらの命令にはすべて従っていただける、と』
『その覚悟です』
金髪の言葉に、グリシーヌがお兄ちゃんを見た。
『荷車の騎士様。モーヴ姫のおっしゃる通りです。モーヴ姫に捕虜の代表として残っていただいた方が、ディレター王子が戻られるまで、無用な混乱を避けられます』
「そうですか?」
『ご安心ください。仮にも王族、失礼のないよう私が責任を持ちますから』
「うーん」
お兄ちゃんは少し迷ったけど、最終的に「グリシーヌ姫様がそこまでおっしゃるなら」と同意した。
でも、オレは見たよ?
お兄ちゃんを説得した後のグリシーヌのいやらしい笑い。嫁いびりを企んでる姑、小姑の顔だよ、それ?
一応強敵として忠告するけど、ヒロインポジ維持したいなら、その顔やめなよ。
「それでは、モーヴ少将も捕虜としてお預かりします」
『ああ』
金髪が厨二病に頷いた。それからお兄ちゃんを振り返り、睨む。
『だが、荷車の騎士! 私はきさまに心まで……』
うるせーよっ!!
『ただし、荷車の騎士のお水をくれるなら……』
結局それかよっ!




