第八十七便 敵に塩を送るとか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
オキシドール 消毒液ですね。一応持っています。
『本気だったのか?』
今までしらんぷりしてたくせに、厨二病がわざとらしく訊く。
でも、よくよくみれば、その顔には驚きだけじゃなく焦燥まで見える。
『君たちにとって最高の駒だよ?』
「中将殿が一応は言葉を違えない方だとわかりましたので」
お兄ちゃんが林の方を見やる。厨二病も肩越しに見やると、またお兄ちゃんに視線を戻す。
『一度撤退させて、もう一度侵攻させる可能性は考えないのか?』
「その合図を送る前に、そちらの射手をヴィオレット姫様が撃ちます」
お兄ちゃんがルーフキャリアの上を一瞥した。
いや、多分その前に自分が撃たれるよ。まあ、オレのせいでもあるけど。
「それに、モーヴ少将を解放しても、こちらはまだこの野営地の兵士たちを抑えています」
お兄ちゃんが追い打ちをかける。
「もし西の国が、王族さえ取り戻せば他の兵士たちを平気で見捨てるような国なら、俺は遠慮なく攻撃できます。今日のように、あなたたちの攻撃が届かない空から」
厨二病は無言でお兄ちゃんを見ている。
「天使の羽衣は一つじゃない。次は空を飛ぶ軍隊を率いて、西の国に本当の雷と本当の血の雨を降らせますよ」
厨二病の配下たちの顔色が変わる。自軍の精鋭の惨状を見れば、それも当然か。
そして何より、金髪が両腕で自分の肩を抱いて体を震わせる。
いくらお兄ちゃん(の水)に落ちたとはいえ、恐怖は即席催涙剤ほど簡単に洗い流せるものじゃないんだろうね。
『天使の軍団、だと……?』
厨二病が彼らの心情を代弁するように呟く。
「ちなみにフッフ、魔獣は今、東の国が外国から輸入した薬草を運んでいます。これを全て、今テントの中で苦しんでいる西の国の兵士の皆さんに提供します」
え?
それ訳すと、下手すればマジでヴィオレットに撃たれるよ?
せっかくオレが金髪外患誘致から救ったのに、モブの兵士たちのために死刑に足突っ込むの?
でも、厨二病たちもグリシーヌたちも、オレの通訳を待ってる。
『ええと……』
「これはポローニャ王のご命令です」
王の名前が出て、その場の全員が反応する。オレは仕方なく訳すけど、「ポローニャ王のご命令」の部分を強調する。
『何?』
『何だと?』
厨二病の部下たちがざわめく。
『そんな、お父様が!?』
『まさか……?』
グリシーヌとヴィオレットが鬼から人間に戻り、目を見合わせる。
『ポローニャ王が……』
ヒゲが髭に手をやる。
「すでに東の国の兵士には十分な量が渡っています。ポローニャ王は、余るようなら西の国の兵士に与え、可能な限り救うように、とおっしゃいました」
厨二病は無言でお兄ちゃんを見つめている。キモい。
『まさか、敵国に薬草を送るなど……』
金髪が唸る。ヒゲが顔を上げた。
『いや、我々北の難民、そしてゴシェ将軍たち南からの難民も受け入れて下さったポローニャ王なら、十分あり得る』
「ええ。ポローニャ王は、華美な城の建造や豪奢な生活など、自身の権力の誇示より民の幸福を追求なさる方ですから」
『た、確かに、お父様なら……』
『言いかねないですの』
娘たちが呟く。厨二病がこっちを見ると言った。
『ポローニャ王の高潔な人格の噂は我が国にも届いているし、父も一目置いていた』
えー、あのおっさんが?
何にも考えてないだけじゃない? どこかお兄ちゃんに通じるものがあるよ、あの人。
でも、厨二病の言葉にお兄ちゃんは笑顔で頷き、続けた。
「これから俺たちは、赤い涙の雨を浴びた兵士たちの応急処置と並行し、病に苦しむ兵士たちに薬草を煎じます。早ければ明日、遅くとも数日のうちに多くの兵士は回復するでしょう。もちろんこの作業には、我々だけでなく、東の国の王女様たち自らも従事されます」
姉妹が無言で顔を見合わせる。
「国のために貢献して来た自分たちを簡単に見捨てる国と、敵であるにもかかわらず自分たちを救ってくれる国。しかも王女様たちが汗を拭いながら。病から回復した時、彼らはどちらを選ぶでしょう?」
『荷車の……』
「あ、それから」
厨二病が口を開きかけたのをお兄ちゃんが遮る。
「言い忘れていましたが、空から観察できるということは、地上からよりはるかに簡単に、精度の高い地図を作れる、ということです」




