第八十六便 NTRとか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
電気計測器 新しい電子機器をつけるときに。
もしかして忘れられてるかもしれないけど、ここは戦場だ。
変なビデオの撮影現場じゃない。
野営地には倒れ、呻いている兵士が相当数いる。
真ん中で立ってる人が元凶だけど、今はそれには触れない。
それより、よく言われるように、大きな戦いの舞台には〝魔物〟がいるという。
日本からしたら身近なところでは甲子園球場だったり、もっと世界規模でサッカーのW杯だったり。
点の取り合いのスポーツの場に魔物がいるくらいだから、戦場にはもっと恐ろしい魔物がいてもおかしくないよね?
もちろん、鬼がいても。
……例えば、オレの隣。
『〇×△□……』
聞き取れない呪詛の言葉を口の中で吐きながら、見るだけで石にされそうな表情でアレな現場を凝視してる。
『ヴィオレット、ヴィオレット』
オレは(小声で)屋根の上で弓を構える大尉に話しかけた。
『ちょっと、グリシーヌを何とかしてよ』
『そうですの』
何だか声が低い。
『お姉さまに冷静になってもらうのには、少将を撃つか荷車の騎士を撃つか迷うところですの』
鬼がもう一人。
『うーん、お兄ちゃんでいいんじゃない?』
あ、オレも鬼だった。
ヴィオレットの弓が張る。狙いはどう考えてもお兄ちゃん。
オレの冒険もここまでかな。まあ、もう燃料もないしね……。
なんて思った時だ。
『元帥殿!』
ヒゲの声が張り詰めた空気を破いた。
『治療とはいえ、相手は敵の少将。いつまでも跪かせたままというのはいかがかと』
ヒゲは伊達じゃなかった!
「何の役にも立たない男の肖像」とか言ってごめんなさい!!
「あ、はい」
お兄ちゃんが振り返り、それから金髪に視線を戻した。それから甲冑の肩に軽く手を添える。
「失礼しました。お立ち下さい」
惚けたような顔でお兄ちゃんを見上げていた金髪が、頭を少し降って顔に残る雫を払った。それから周りを見回し、ちょっと顔を伏せて立ち上がる。
『もう、ないのか?』
ここだとぎりぎり聴こえるくらいの声で訊く。
「はい?」
『荷車の騎士、きさまの水……』
視線がお兄ちゃんの握ってるボトルに向く。
「あ、ああ。フッフに積んでありますが、他の兵士の皆さんにも回さないといけないので」
お兄ちゃんが背後を振り返り、東の国のマスクをしたヤンキーどもに囲まれた兵士たちを見やった。
「少将さんはもう大丈夫だと思います。視界もだいぶ戻って来たでしょう。一度お兄さんの所にお戻りください」
金髪は逡巡の後、お兄ちゃんに背を向けて歩き出した。まだ目がよく見えない分、ここの殺気を敏感に感じ取ったのかも知れない。
でも、数歩進むと一度振り返った。
『情けをかけられるのは武人の恥。治療中の乱暴な口調は、私を慮ってのものだったのだな』
お兄ちゃんがオレを見る。オレは無言で知らないふりするけど……。
何そのふざけた解釈!?
そこは極悪非道のお兄ちゃんを軽蔑するとこだろーがっ!
『治療のことと合わせて礼を言う。あ、ありがとう』
頬を染めて少し頭を下げる。
「何だかよくわからないけど、気にしないで下さい」
『だ、だが! 荷車の騎士!』
金髪がお兄ちゃんを睨みつけた。
『わ、私は、心まできさまに屈したわけじゃない!』
やめろやめろ! オレがぶち折ったはずのフラグ立て直すなっ!
『……でも、きさまの水をくれるなら、話は別なんだゾ(〝ゾ〟は意訳)』
……金髪ンデレは、キンキンに冷やした〇〇のおいしい水とフラグが立っていた。
賢そうなのにバカでよかった。
「すみません。繰り返しますが、他の兵士の皆さん用ですので」
『へっへっへっ。欲しかったらもう一度跪いて足をな』
「フッフ!」
お兄ちゃんがオレを振り返る。
「また変なこと言ってるのが、何となく口調でわかったよ」
……するどい。
でも、かえって良かったかも。金髪ンデレ、マジでやりそうな雰囲気だったし。
何か言いたそう、というか、もっと水をくれオーラを全身から発しながら、金髪は兄のところに戻った。
妹の様子を確認し、彼女が馬の背に乗るのを手伝うと、ずっと無言だった厨二病がお兄ちゃんを見た。
てか、この光景黙って見てるって、厨二病、シスコン+NTR属性でもあんの?
人として終わってるよ!




