第八十五便 超絶意訳とか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
車載用冷蔵庫 持ってる人は少ないですが、あるといいですね。
は?
何それ?
外患誘致どころか、『んほぉぉ』が国境線越えて来やがった。
お兄ちゃんの手の上のオレ(ドローン)は、ほぼお兄ちゃんと同じ視線。そこから見降ろす金髪は、同じ甲冑姿でも、ものすごく弱々しく見える。
お兄ちゃんがいくらアレでも、これはほだされかねない。やばいやばいやばい!!
「フッフ、ありがとう。電池も厳しいだろうし、一応幌の上で見張っててよ」
オレ(ドローン)はお兄ちゃんの言う通りオレ(本体)の幌の屋根に戻り、そこで着陸する。
ヴィオレットもこの姿を見るのは初めてだけど、金髪を解放した時ほどの動揺はない。
『よくやったですの』
こういうところは、意外に大人だ。
一方のグリシーヌは……。
オレの窓枠に爪を食い込ませていた。
痛い痛い痛いっ!
いや、言うほど痛くはないけど、でも感覚はあるんだよ。
表情は……。
怖いから見なかった。
ともかく、金髪は今、お兄ちゃんの前に跪いている。
しかも、『どんな命令にでも従う』とか言い出して。
いや、そこの馬上の厨二病! 兄ならまず妹を止めろよっ! 何で落ち着き払ったフリしてんだよ!
妹の貞操より自分のキャラ立ちの方が大事なんて、兄失格だよっ!
後、頼りになるのは……。
そうだ! ヒゲだ!
『ううむ、戦姫と怖れられたあの誇り高いモーヴ少将を、武器も持たずに跪かせるとは、さすが元帥殿』
題して、何の役にも立たなかった男の肖像。
もう、頼れるのは自分だけだ。
外患誘致罪=死刑からお兄ちゃんを救えるのは、オレしかいない。
「あの、すみません。命を与えるとか従うとかそういうことではないので」
お兄ちゃんは跪いた金髪にちょっと動揺し、言った。オレが通訳する。
『そうだ、お前を生かすも殺すも俺の自由。黙って俺の言うことに従え』
そう、オレは通訳者。
忘れてたけど、最初の頃はずっと超意訳しまくってた。中途半端だったからグリシーヌやヴィオレットがああなっちゃったけど、今度こそは手を抜かない。
それがオレの本来の戦い方だっ!
「それじゃ、まずは顔に水を流します。流水で洗うのが一番なんで」
『へっへっへっ、そのきれいな顔にたっぷりかけてやるぜ!』
「冷たいですから最初は少ししみるかも知れませんが、我慢してください」
『熱い、じゃなくて冷たいのを敵にぶっかけられるなんて屈辱的だろうが、抵抗するなよ?』
我ながら最低だ。
でも、金髪にとって、これはお兄ちゃんの言葉。
ほら、アレなビデオとか真に受けて実際にやると、女の子に怒られてフラれるって言うじゃん。
それがオレの狙い。
お兄ちゃん、善良そうに見えて絶対そう言うタイプだし。
まあ、オレのところに戻って来るならそれでいいけど。
ほら、金髪だって嫌悪感丸出しの顔……。
……あれ、そうでもない?
まだ生ぬるいのかな?
「それではお顔に流しますね」
「たっぷりと顔に浴びせてやる」
お兄ちゃんがペットボトルを傾けた。
『ひゃうっ!』
頬に水が落ちた瞬間、金髪の体が跳ねる。
何その高い声は? つっぱるなら突っ張り続けろよ根性なし!
でも、金髪の反応で向こうの五人がにわかに殺気立つ。
『姫に何をした!?』
『騙しおったな!』
それぞれが武器に手をかける。ヴィオレットやヒゲも身構えるが、厨二病が無言で制する。
『つっ、冷たいっ!』
周囲の騒然とした様子を知ってか知らずか、金髪が陶然とした様子で呟いた。
『この季節に、この場で、こんな冷たい水があるなんて……』
「え? そうなの?」
オレは思わずお兄ちゃんに訊く。
「うん」
お兄ちゃんが頷いた。
「催涙剤の洗浄は冷たい方がいいらしいからね。回復用に、荷物の中にあった車載用冷蔵冷凍庫で冷やしておいた。凍りかけてたのを横ポケットに入れたままだったんだけど、ちょうど溶けててよかった、けど」
お兄ちゃんが金髪を見やる。
「大丈夫ですか?」
『……でも、冷たくて、気持ちいい』
マジでうっとりした顔してるし。
あ、超意訳忘れてた。
『動くなって言っただろう?』
『す、すまん。続けてくれ』
金髪が顎を上げて顔を差し出す(ちなみに、金髪の言葉はちゃんとお兄ちゃんに通訳してる)。
周りも少し落ち着き、厨二病の部下たちは武器から手を放した。お兄ちゃんがもう一度水をかける準備をする。
「わ、わかりました」
『今度こそ動くんじゃねえぞ。ちゃんと全部浴び』
「フッフ」
お兄ちゃんがオレ(本体)を振り返った。
「ちゃんと通訳してくれてる? どう考えても俺が言った言葉より長いんだけど」
「え、あ、あの……」
オレはグリシーヌに助けを求める。
……あ、だめだ。
今何か言ったらグリシーヌが夏の魔女になりかねない。
ヴィオレット……。
こっちはこっちで何か怒ってる?
仕方なく苦し言い訳をする。
「し、してるよっ! た、ただ、ちょっと難しい言い回しなんだよっ!」
「〝わかりました〟が?」
……変なところで鋭い。
しょうがない。ちゃんと訳す
『どうした? 荷車の騎士』
「あ、何でもないです」
『口答えするな』
わけないじゃん!
これはオレの戦いなんだから。
でも、発言と超意訳の長さが極端に違わないよう気を付けよう。
「それじゃ、もう一度流しますよ」
『今度こそたっぷりかけてやるぜ』
お兄ちゃんがもう一度ペットボトルを傾ける。金髪は二、三度痙攣するがじっとしている。
流水が額、瞼、頬、くちもと、顎をゆっくりと伝い、顔の赤みと汚れを少しずつ洗い流していく。
お兄ちゃんはその水の流れをボトルの傾きで調整する。水が強くあたりすぎないように、でも流水としての役割をちゃんと果たすように。
戦場なのに、何かあれば敵に攻撃される環境なのに、まるで、その世界にはお兄ちゃんと金髪しかいないかのように。
三分の二くらい使ったところで、お兄ちゃんがペットボトルを立て、訊いた。
「ええと、どうですか?」
『へへへっ、どんな気分だ?』
『とても、とても気持ちいい』
……意外に素直だな、金髪のくせに(超偏見)。
でも、心なしか目が開いて来たような。
「じゃあ、残りも少なくなってきたんで、口の中もゆすぎましょう。口を開けてください」
『顔にはたっぷり浴びたな? 今度は口にも注いでやるぜっ。口を開けろ』
ゴボゴボゴボ。
……なんか飽きて来たから擬音でごまかす。
始める前は、もっと面白いかな、って思ったんだけど。オレにはオネショタは無理っぽい。もちろん、オレがショタって決まったわけじゃないけど。
とか思ったけど、水が口の中に入った時は別の意味で面白かった。
金髪が、まだ開かない目を開くようにしながら体を硬直させた。偉そうな口調の割には子供みたいな反応する。それとも、冷たさが相当気に入ったのかな?
「じゃ、うがいしたら吐き出して下さい」
『ぐちゅぐちゅやってから出して見せてみろ』
『ほんへははへは?』
金髪が水を口に含んだまま訊く。
多分、〝飲んではだめか?〟だ。
「……だそうだけど」
「ダメです。吐き出して下さい」
『ダメだ。吐き出してみせろ』
お兄ちゃんの命令に、金髪は残念そうに水を吐き出した。
『こ、こんなに冷たくて、はぁ、はぁ、お、おいひいみじゅ、水は初めてだ!』
「そうですか、それは良かった」
お兄ちゃんが笑う。
「やっぱり、〝〇〇のおいしい水〟はおいしいんですかね?」
『ふっ、好きものが! それはただの水じゃない。俺だけが作れる特別な水だ』
『荷車の騎士の、水……』
落ちやがった!
……〇〇のおいしい水に。
まあ、長く野営地にいれば、そんなきれいな水ばっかり手に入らないだろうし。向こうの川は結構遠いし。
普段飲んでる生ぬるくて濁ったような水に比べれば、滅菌された軟水はごちそうに感じるのかも知れない。
オレが上等なクーラント入れてもらうようなものかな(多分違う)。
『も、もっとくれ』
「わかりました」
『そんなに好きか』
『ああ。荷車の騎士のみじゅ、好き……』
まだ舌がしびれてんのか、ろれつが回ってないけど、目は更に少し開いて来てる。
「俺の水でもないですが、それは良かった」
お兄ちゃんは笑顔でもう一度金髪にうがいさせる(マジで飽きて来たから後は略)。
でも、三回目に水を注いだ時、金髪が膝立ちのまま首を伸ばしてペットボトルを咥えみやがった!
「あっ、モーヴ少将!?」
お兄ちゃんが止めるのも聞かず、金髪が残った水を喉を鳴らして飲んでいく。
「うがいするんですよ! 飲んじゃだめですよ?」
『一滴も残すな! 味わって飲め!』
オレの超絶意訳の通り、金髪はボトルに残った最後の一滴まで吸い込むように飲み干した。
そしてチュポン、という音とともに、ようやくボトルから口を離す。そして口元から水を垂らしながら大きく息を吸い込んだ。
『んほぉぉ!』
え?
『荷車の騎士(、き)しゃまぁ(のお水)っ! だいしゅきぃぃっ!』
……あーあ、言っちゃった。
注1 「何の役にも立たなかった男の肖像」 高橋葉介 「宵闇通りのブン」
天才と言うのは高橋葉介のためにある言葉だと思います。
注2 セリフについての検証は活動報告に書きます。




