第八十四便 妖精だとか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
タオル 一日一本!
「あっ、お兄ちゃん!?」
『荷車の騎士様!?』
『荷車の騎士!?』
『元帥殿!?』
オレを含めてこっちの全員が驚く。
当然、厨二病はそれ以上に驚いたようにお兄ちゃんを見つめる。
でも、誰よりも驚いているのは、頭上で拘束されていた腕が突然自由になった金髪だ。
呆然としている皆の前で、お兄ちゃんがネイラーと短剣を自分の背後に置くと、手のひらを上に向けた片手を空に向けて差し出した。そこにオレ(ドローン)が降りて来る。厨二病が目を丸くする。
『よ、妖精?』
「俺の相棒は優秀でしてね。通訳や走行だけじゃない。俺以上に自由に空を飛び、地上の様子を観察することができるんですよ」
そう。
東の国の砦の野営地に入る直前、オレ(本体)はオレ(スマホ)を通じてオレ(ドローン)を飛ばややこしいた!
ヴィオレットを積む時の映画っぽいアクションも、厨二病たちが近づいてる距離も、オレたちが到着してからの現場の様子も全部上空から見てた。
車内のスマホやドラレコからじゃ、見えない角度が多いしね。
そしてもちろん、林の向こうの大軍の動向も。
厨二病の指示で射手が白い矢を林の上空に放つと、見張り役っぽい数人が互いに確認し合い、軍に合図した。すると大軍(見える限りじゃ2,732名と馬)は、回れ右で西に戻って行った。しばらく見てたけど、一応は退却してるみたいだ。
オレ(ドローン)もそろそろ電池がなくなるから、いったん降りて来た。
……なんて冷静に言ってるけど、オレは天に昇る気持ち。
敵国相手にまでオレを褒めてくれてるし。
まさかこんなにあっさり人質解放しちゃうとは思わなかったけど、どうでもいいや。
むしろ「くっころ」金髪も早くあっち行け!
『荷車の騎士。君は魔獣だけでなく、妖精まで従えているのか?』
厨二病の問い掛けに、お兄ちゃんも不敵に笑う。
……不敵に見えただけで、実際は多分、妖精も魔獣も本体は一つだとか、スマホがどうとか、そのあたりを説明するにはどうしたらいいか、そもそも説明して理解されるのかを考えてるだけだと思うけど。
『本当に驚かされるね、君には』
あんたの芝居がかった口調の方にこそ驚かされるよっ!
お兄ちゃんが返事しないの、そのせいじゃない?
ともかくお兄ちゃんは、人の話を聞く気なさそうな厨二病は無視して金髪に話しかけた。
「そのまままっすぐ、お兄さんの声の方に向かって歩いてください。十数歩で着きます」
でも、金髪は腕をゆっくり下ろすだけで、一歩も動かない。
「すみません。短剣や剣は後でお返しします。今戦士に武器を返すのは得策でないので」
金髪が肩越しにお兄ちゃんを見えない目で見る。
「あ、その代わりと言っては何ですが、これを差し上げます」
お兄ちゃんが右の横ポケから水のペットボトルを抜き出した。
「お兄さんの所に行ったら顔を洗ってもらってください。痛みが早く引くはずです」
そしてその手に持たせようとする。
『待て、荷車の騎士』
けど、厨二病が偉そうに口を挟んだ。
『それは何だ?』
「ただの水ですよ。と言っても、殺菌、まあ、問題なく飲める程度にきれいになっています」
『君の行動の意味がわからない現状、それを信じるわけにはいかない』
「でも、妹さん、ではなくてモーヴ少将、早く顔を洗った方がいいですよ?」
『ならば、君が飲んで見せてくれ』
厨二病の言葉に、お兄ちゃんは少しためらってからキャップをひねった。
『荷車の騎士様!』
グリシーヌが責めるような目で見つめる。
気持ちはわかるよ。
……でも、最初の夜にオレにそう言う思いをさせたのはグリシーヌだけどねっ!
お兄ちゃんはグリシーヌを振り返って優し気にうなずくと、その水を自分の手のひらに少し注ぎ、それを飲んで見せた。
「どうですか?」
『怪しい。直接飲んで見せてくれ』
「これから妹さんの顔を洗う水ですよ?」
『毒よりましだ』
『荷車の騎士様!』
グリシーヌは泣きそう、というかどっちかというと呪いそうな表情。
そのグリシーヌを見つめ、それから金髪の横顔を見やると、お兄ちゃんが「わかりました」と答えた。
「ただし、貴重な水なので、俺が飲んで無駄にする分は極力少なくします」
そういうと腕のポケットからマーカーを取り出し、ペットボトルを厨二病によく見えるよう掲げた。
「現在はこの水位です」
お兄ちゃんがそこに線を引く。それから口をつけ、喉を鳴らすと、またペットボトルを掲げた。
「これで減った、つまり俺が飲んだことはご理解いただけたかと思いますが」
厨二病はそれを見つめると、頷いた。
『一応は理解しよう。では、モーヴの治療も頼む』
「は?」
『もし君が怪しい動きをしたら、僕たちは相打ち覚悟で君を撃つ』
お兄ちゃんは厨二病を見つめ返し、それからもう一度金髪を見た。
「でも、モーヴ中将はおとなしく俺の言うことを聞いてくれるでしょうか?」
『その心配はない』
金髪が完全にお兄ちゃんに向き直った。
『私は既に、きさまに命を奪われ、そして命を与えられた身だ。きさまの命令にはどんなことでも従う』
そしてお兄ちゃんの前にゆっくりと跪き、顔を少しだけ上げた。
『さあ、好きにしてくれ』




