第八十一便 レディースなんて呼ばないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
精密ドライバー 意外にあると便利です。
そろそろ本格的にネタが厳しくなってきました。
「大変失礼しました、ヴィオレット姫様」
お兄ちゃんが外したベルトをまるごと引き抜くと言った。
「もう大丈夫だと思います。腰を下ろして下さい」
『ん? んしょっ』
ヴィオレットがお兄ちゃんの膝(実際は太もも、というかまあアレ)の上に座り直した。そして少しお尻を左右に動かすと、笑顔で汚らわしいおっさんを振り返った。
『うん、これなら気持ちいいですの』
「それは良かったですね」
「死ね」
『死んで』
「あ、ごめん、良く聴こえなかった」
「ううん、何でもない」
ここでラノベの主人公っぽいせりふ? とも思ったけど、暗黒微笑(笑)で適当にごまかす(運転席はもっとやばいし)。
「そ、それよりお兄ちゃん、ベルトなくても大丈夫なの?」
「これは腰痛対策や工具ホルダー吊るせるようにしてるだけだからね。ズボンはちょうどのサイズを選んでるし、なくてもズレては来ないよ」
そう言いながらお兄ちゃんが丸めたベルトを左の横ポケット入れる。
「ところでヴィオレット姫様、これから敵陣に攻め入りますが、窓から身を乗り出してモーヴ少将の剣を撃つことはできますか?」
『額でも心臓でも射抜けますの』
「いや、剣です。モーヴ少将が怪我をしないように、剣だけを手から叩き落としたいのですが」
ちょっと気温が下がったような気がするけど、気にしたら負け。
「今後の交渉のためにも、モーヴ少将を含め、なるべく敵兵を殺したり負傷させたりしないようにしてください。できますか?」
『荷車の騎士が、ヴィオレットをしっかり抱きしめていてくれたら大丈夫ですの』
「わかりました。しっかり支えていますからご安心を」
「そろそろジャイアントインパクトでも起きないかな?」
『みんな死んでしまえばいいのに』
『魔獣の言葉はわからないですの。お姉さまの言葉はわかるけど、意味がわからないですの』
ヴィオレットは首を傾げ、それから思い出したように言った。
『そ、それより、ヴィオレットは天使様を見たですの!』
それから体を思い切りお兄ちゃんに預け、首を傾げ、頬を染めて見上げる。
『あれ、絶対荷車の騎士ですの! あんな服着てるの荷車の騎士だけですの!』
『グリシーヌ姫!』
運転席の外から声がする。髭が馬で追いついて来ていた。
『グリシーヌ姫もフッフ殿を駆ることができるとは』
グリシーヌは超愛想笑いだけを向ける。
『そ、それはそうと、さっき敵の上空に、は、は、羽衣をまとった天使が』
『死にました』
『死んだ!?』
『天使様は死んで、今は獣欲に満ちた魔王に生まれ変わり、隣に鎮座してやがります』
『ま、魔王!? 冬の魔王ですか!?』
『グリシーヌ! 気持ちはわかるけど髭、じゃなくて将軍が混乱するから!』
『混乱混沌上等』
『将軍、天使とグリシーヌの話は後で! それより、このまま前線に向かうから後を追って来て!』
『いったい何を?』
『西の国の大軍が林の向こうに迫ってる』
『な、何と……!』
『これからお兄ちゃんが金髪の少将を人質にとる。オレたちは先に行くから、追っかけて来てバックアップして!』
『わかりました!』
髭の声が一瞬遠くなり、そしてすぐに助手席側から聴こえた。
『それから元帥殿! 言われたものをお持ちしました』
弓と矢の入った箙が差し入れられる。
「え、いつの間に?」
「さっきヴィオレット姫を乗せるときにね」
言われてみればヴィオレットを積む時、お兄ちゃん、その後ろにいた髭に『ヴィオレットヒメ! ユミトヤ!』みたいなこと言ってたっけ?
『ありがとうですの、シェーヌ将軍、みんな』
ヴィオレットも微笑む。
『アリガトウゴザイマス』
お兄ちゃんも礼を言い、そして網棚から箱を取り出した。
「これを」
『これは?』
「マスクです。念のために」
お兄ちゃんが一枚取り出し、自分でつけて見せた。
「このように使います。他の兵士の皆さんにも」
『ほう? でも、何のために?』
「敵陣には俺が撒いた一種の毒が広がっています。もう拡散して濃度も下がってると思いますが、念のため」
『よくわからんが、わかりました』
髭は頷き、十数枚のマスクを受け取った。お兄ちゃんはマスクをグリシーヌとヴィオレットにも渡し、「それではシェーヌ将軍、お先に」と笑った。それから隣のグリシーヌに頷く。
「急ぎましょう、グリシーヌ姫様」
『わかりました、見境のない魔王様』
『魔王っ!?』
『グリシーヌッ!!』
オレの叱責に、グリシーヌは恨みがましくこっちを見ると、痛いくらいアクセルを踏んだ。髭たちをどんどん引き離し、すぐに西の国の野営地に入る。
敵陣にはすでにかなり前からエンジンの音が聴こえてるはずだけど、まともに戦えそうな兵士は一人もいない。多少は水で洗ったのか、顔の赤さは退いている感じだけど、もちろんまだ目は見えていない。それでも武器を手にして音の方向に向かって構えるあたりは、やはり精鋭たち、ということか。
彼らをひかないよう避けながら進むと、一番大きなテントの前、西の国の国旗が立つポールの前に、甲冑の金髪が顔と髪を一部赤く染め、目を閉じ、剣を手にしていた。
『旗を守ってるつもりかしら? ビッチのくせに』
『悪の女幹部みたいなこと言ってる暇はないよ! ただでさえマスクしてハンドル握ってレディース(古っ!)っぽいのに! ほらっ! 向こうからも敵が!』
林を迂回した五人の騎士が砂埃を立てて国旗に向かってくる。
『ヴィオレット姫様』
お兄ちゃんに声をかけられ、ヴィオレットが頷いた。そして窓から体を乗り出し、窓枠に腰かけると差し出された箙を背負った。お兄ちゃんが彼女の両足を抱え、弓を差し出す。ヴィオレットは体を反らし気味にし、矢を番え、狙いを定めた。
多分初めて聞くエンジン音に反応し、金髪が身構える。しかし剣を両手で持つ前にヴィオレットの放った矢が刀身を撃つ。かろうじて柄の端を掴み直すところに二の矢。
『グッ!?』
金髪が呻く。弾かれた剣が地面に刺さる。
『グリシーヌ! ハンドルを右に!』
「お兄ちゃん! サイドブレーキ!」
二人の連携でオレが90度右に回る。お兄ちゃんがドアハンドルを引く。
ヴィオレットは片手でルーフキャリアを掴むと、慣性を利用し四分の三回転してルーフキャリアに立った。助手席のドアも同じく慣性で開き、お兄ちゃんが金髪の前に転がり落ちる。
『か、かくなる上は!』
目の前の異変に気付いた金髪が短剣を抜き、両手で逆手に握って思い切り頭上に振り上げた。しかし立ち上がったお兄ちゃんが振り下ろそうとした彼女の両腕を横ポケから取り出したベルトで背後のポールに巻き付ける。そしてそのベルトを右手に持ったネイラーで杭に打ち付けた。
一瞬で数本の釘を打ち込み、彼女の背後に回るとこめかみにネイラーを突き付ける。お兄ちゃんの視線の先には、一瞬遅れて駆け付けた西の国の白馬の騎士。
『止まれ!』
そいつの一声で他の四人も馬を制する。ある者は剣を、ある者は槍を、そしてある者は弓を構える。
もちろんこっちは、オレのルーフキャリアの上でヴィオレットが弓を構えている。髭たち十数人の駆る馬の蹄の音が聴こえる。
頭上で拘束された姫騎士の両手から短剣がこぼれ落ち、彼女の足元に刺さる……前にお兄ちゃんが掴んだ。そしてさっきまでベルトが入ってた横ポケットに差し込む。
両手を頭上で拘束され、武器と視界を奪われ、恐ろしい音がする兵器を頭に突き付けられた金髪は、まだ開かない目でお兄ちゃんを睨みつけると、吐き捨てるように言った。
『くっ、殺せっ!』
注1 ジャイアントインパクト 月ができた原因とみなされる小惑星の衝突。あくまで仮説です。最近は、一つ(一回)ではなく複数個(複数回)という説もあるそうです。
当然生命が生まれる前の話です。生命がいたとしても、これが起きたら全滅です。




