第八十便 おまわりさんとか呼ばないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
バール 意外に使えます。
「ヴィオレットはどうするの?」
惚けたドライバーは無視してお兄ちゃんに訊く。
「ヴィオレット姫様の弓が必要だ。お連れする」
「じゃあ、今度こそ止まる?」
「いや、できれば止まりたくない。走りながら拾う」
「でも、どうやって? お兄ちゃんみたいに空飛んでるわけじゃないんだよ?」
「フッフが回転しながらヴィオレット姫様をお乗せすればいい。映画でそんなシーンを見た」
「それ映画の話でしょ!?」
「でもあっちはドライバー一人でやってた。こっちは三人いる」
「ドライバーは運転歴数時間の素人だし、オレは口出すくらいしかできないし、プロは助手席、実質一人以下じゃん!」
「フッフの本体はECUでしょ? ハンドルやシフトレバーみたいな機械的な部分はともかく、電子制御の部分はコントロールできると思う。多分今までも無意識にしてたんだと」
「あ……」
「燃料噴射のタイミングとか、四輪それぞれへのトルクのかけ方とか、特にグリシーヌ姫様の運転の補佐をうまい具合に。だからさっきの着陸のタイミングも完璧だった」
「言われてみれば……」
いくらグリシーヌの勘がいいとはいえ、彼女はそれだけじゃ説明できないレベルのことをやってきた。
それはオレのおかげ?
「フフン」ってなるより、ちょっと照れる。
「でも、そうなると……」
オレ(スマホ)が荷台との連絡窓を見やる。お兄ちゃんが腕時計を一瞥した。
「うん、そろそろお願い」
『荷車の騎士様!』
そもそも自分が夢見心地だったくせに、通訳なしの会話と(多分)オレのにやけた表情に苛立った感じでグリシーヌが叫んだ。
『もう砦の集落に入ります!』
「そのまままっすぐ門に向かってください」
お兄ちゃんはそう答え、窓から顔を出した。
『カイモーン!』
もう一度、更に大声で叫ぶ。
『カイモーン!!!』
砦の上や周辺に集まった兵士たちが気付き、こっちを振り返る。
『魔獣だ!』
『荷車の騎士殿が戻って来たぞ!』
『元帥殿!』
『グリシーヌ姫もいらっしゃる!』
一日元帥の命令に、兵士たちが慌ただしく動き、門が開き始める。
当然彼らも〝天使〟による空爆を見ていたはずだ。
士気高揚半分、戸惑いとうしろめたさ半分、という感じだけど、今は気にしない。打合せ通り、オレとグリシーヌが『動けるものは続け!』と呼びかける。
砦の上にいた髭とヴィオレットもこちらを振り返り、慌てて降りて来た。髭はそのまま馬に駆け寄る。ヴィオレットは開いた門の前に立つと、無邪気としか言えない笑顔を見せた。
『魔獣! 荷車の騎士!』
『ヴィオレット!』
両手を広げて鉄の塊を迎える妹にグリシーヌが叫ぶ。
『荷車の騎士様、このままじゃ……!』
『グリシーヌ、四速に落として!』
オレの指示に、グリシーヌはほぼ条件反射に従う。
「そう言えば、フッフ、『ヴィオレット姫様、こっちに背中を向けて』ってなんて言うの?」
「一瞬のことだから簡潔に、『ヴィオレット、こっちにケツ向けろ』でいいんじゃない?」
オレはトルクを四輪すべてに均等にかけ、回転数を上げながら答える。
『ちょっとフッフ! まさか荷車の騎士様にそんなこと言わせるつもりじゃないでしょうね?』
グリシーヌが眉を顰める。
『しょうがないじゃん。必要だってんだから』
『だめっ! そんな下品な言葉!』
顔を真っ赤にしてオレを睨む。
『荷車の騎士様がヴィオレットにそんなこと言うくらいなら、このままヴィオレットもはねて私も死ぬっ!』
『無茶言うな! 妹だよっ!?』
『イヤなものはイヤなのっ! ……あ、あくまでヴィオレットに王女としての気品を保たせるため!』
『それ後半絶対付け足しただけだろ!?』
『ヴィオレットヒメ!』
お兄ちゃんが窓から顔を出して叫ぶ。
『いやーっ!』
『ヒザノウエッ!』
お兄ちゃんの言葉を聞いたヴィオレットが小さく頷き、こっちに背中を向けて少しお尻を突き出した。お兄ちゃんが「姫様すみません!」と言ってハンドルを思い切り左に引っ張る。同時にオレがトルクを後輪に移す。砂の上でグリップを失ったオレがヴィオレットの目の前で左に一回転する。お兄ちゃんがドアを開ける。オレが各駆動輪の回転数を微調整する。お兄ちゃんが手を伸ばす。
次の瞬間、オレ(スマホ)の視界にはお兄ちゃんの膝の上にちょこんと座るヴィオレットが映った。
『え? ヴィオレット?』
いつの間にか隣にいる妹に驚いてるけどそんな暇ないよ?
『グリシーヌ、ハンドル戻してクラッチ切って!』
「お兄ちゃん、三速!」
『グリシーヌ、クラッチつないでアクセル全開!』
一回転しながら門を通過したオレが前を向き、加速する。お兄ちゃんは呆気に取られてる髭に何か言うと、ヴィオレットごと前を向いてドアを閉めた。
『四速!』
グリシーヌのスムーズなギアチェンジ(オレのおかげ!)。
でも、後方へのGがかかってお兄ちゃんにぴったりくっつきやがった(オレのバカ!)ヴィオレットが満面の笑みで言った。
『ようやく膝の上ですの』
「へえ」
『ふーん』
『ヴィオレットはいつも荷車の騎士の膝の上がいいですの』
「へ、へえ……?」
『ふ、ふーん……?』
『でも、何か硬いものがヴィオレットのお尻に当たるですの』
「へ、ってお兄ちゃん!?」
『ふ、って荷車の騎士様!?』
「ああ、すみません、ヴィオレット姫様。ベルトのバックルですね」
お兄ちゃんが苦笑する。
「すみません、ヴィオレット姫様。ちょっと腰を浮かしていただけませんか?」
『こ、こうですの?』
ヴィオレットがダッシュボードに手を伸ばし、少しお尻を上げる。と、できた隙間にお兄ちゃんが手を入れ、カチャカチャとベルトを外し始めた。
「お、お兄ちゃんっ!!??」
『に、荷車の騎士様!!??』
ど、どういう絵面だよーっ!!!
つーか犯罪者だ!
絶対犯罪現場の絵面だ!
おまわりさん、こっちです!!
……いや、運転席でハンドル握ってる方が別の意味で犯罪者の顔してるし。
あ、連絡窓に映ったオレ(スマホ)の顔もだった(テヘペロ)。
二人とも、おまわりさんが来たらぜったいこっちを捕まえる感じの形相。
……おまわりさん、帰っていいです。
注1 映画 「ウォンテッド」です。偶然ですが「おまわりさん」ともかかっていますね。
どっちかというと、「ジゴロ次五郎」の車をすり抜けさせる方がすごいと思いました。
注2 アイスバーンの上ですが、アクセルを踏んだまま四駆を解除したら、後輪に駆動がかかり一回転したことがありました。
四駆を解除する際は、スピードを落とし、アクセルから足を離して下さい。




