第七十九便 私情をはさまないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
タイヤチェーン スタッドレスタイヤ+4輪駆動では厳しい場合に。
持っていますが使ったことはありません。
「ひ、人質?」
「うん。モーヴ少将は西の国の王女らしいし」
ま、まさか??
真面目だけが取り柄みたいな人の口から〝人質〟なんて言葉が出て来るとは思わなかった。動揺で同時通訳なんてすっかり忘れてる間にお兄ちゃんが続ける。
「敵陣の後方にいた数人、多分非戦闘員が逃げたのが見えた。すぐに五人は彼らと合流し、状況も把握するだろうから、急がないと」
「本気なの?」
「俺はこの国が好きだからね。モーヴ少将でも人質でも、使える手段は何でも使う」
「でも、本気で人質にするつもりだったら、あのまま敵の野営地に着陸して金髪捕まえちゃえばよかったんじゃない? 催涙爆弾で目が見えなくなってたみたいだし」
「目が見えなくても向こうは騎士、こっちは素人だからね。迷わず剣をふるってくる相手を無事人質にできるかどうかわからないし、切り殺されてしまうかもしれない。それに、モーヴ少将に人質としての価値があるかどうかもわからない」
「王女なのに?」
「先方が姫様と国の利益のどっちを優先するかわからない。単独で乗り込んでも、モーヴ少将に人質としての価値がなければ、一緒に殺されて終わり。大軍が東の国に侵攻する」
『あ、あの、フッフ?』
グリシーヌが笑顔を顔に貼り付かせて訊いて来た。
『もしかして、荷車の騎士様、ビ、じゃなくてモーヴ少将についてお話されてる?』
『あ、ごめん、通訳忘れてた』
『何か、〝モーヴ〟、〝好き〟って言葉が聴こえたんだけど?』
何でそう言う余計なとこだけきっちり聴きとるんだよっ!
「グリシーヌ姫様、もっとスピードを出して下さい。急いでモーヴ少将のところに行かないと」
お兄ちゃんもそこで火に油をっ!?
って、つい通訳しちゃったじゃん!!
『モーヴ少将のところに、急いで……?』
いきなりアクセルが緩んだ。オレのスピードが落ち始める。
『行くなら勝手にどうぞ』
グリシーヌの低い声。
……でも、助手席のお兄ちゃんがグリシーヌになかば覆いかぶさるようにすると、再びアクセルが踏み込まれた。
「グリシーヌ姫様、速度を緩めないで下さい」
もしかしてお兄ちゃん、グリシーヌの右足を手で上から押してる?
「このまま走り続けてください」
オレのハンドルと座席の間は狭いんだから、ほとんどグリシーヌの太もも、っていうか足の付け根にちかいあたり掴んでるよね?
そ、それに、その体勢でグリシーヌを見つめたりしたら、あとちょっとで!?
お兄ちゃん、マジで淫行条例違反になるつもり??
それ、大人の階段どころか死刑台への13階段だよ?
『に、荷車の騎士様……』
グリシーヌの上ずった声。
ちょっとグリシーヌ!
考え直して! 今更だけどその人おっさんだよ! それにわかってないと思うけど、おっさんがやってることセクハラレベルだよ!? 訴えれば確実に勝てるよ!
『……ま、前が、見えません』
彼女が声を絞り出す。
「あ、ああ、失礼しました」
お兄ちゃんが体勢を戻す。グリシーヌがそのままアクセルを踏み続け、オレが加速する。
『荷車の騎士様』
少し間を置いてからグリシーヌが言った。
「はい?」
『私は、荷車の騎士様をお慕い申し上げています』
ま、まさか!
このタイミングでコクりやがった。
わかってたけど。
……まあ、でも、きちんと通訳してやるよ。
強敵だから。
『それがどんな感情かは、まだ自分でもはっきりとはわかりません。でも、少なくとも、荷車の騎士様が私やヴィオレット、お父様や将軍たちを〝好き〟とおっしゃるのと同等、いいえ、おそらくそれ以上のものだと思っています』
「はい」
え?
お兄ちゃんもマジ?
絞首刑覚悟?
『……でも、もし、荷車の騎士様が我が国を騙すようなことをされるのであれば、理由はどうあれ東の国を捨てて西の国に肩入れするようなことがあれば、それがいかなる理由だろうと、私は東の国の王女として、決して荷車の騎士様を許しません』
「はい」
『もちろん私は、荷車の騎士様を信じています。でも、万が一そのようなことがあれば、私は私情を捨てます。それが国の強大さや豊かさの違い故だろうと、この島で生きていくのに有利と判断されたからであろうと、元の世界に帰るためであろうと、敵国の金髪の少将が少しばかり美しいからであろうと!』
ん?
「はい」
お兄ちゃんはでも、真顔で頷く。
『その上でお訊きします。モーヴ少将のところへ向かう理由は何ですか?』
「さっきも言いましたように、モーヴ少将を人質に取るためです」
『え?』
「ああ、すみません、フッフに通訳してもらう間を置きませんでした。フッフ、もう一回さっきの話をグリシーヌ姫様に伝えて」
「あ、うん」
オレはグリシーヌにお兄ちゃんの意図を伝えた。
彼女は途中からは両手で口を押え始め、その間はお兄ちゃんがハンドルを操作した。砦での兵士たちへの呼びかけなど、段取りも含めてオレが説明し終えると、グリシーヌがお兄ちゃんを見つめた。
『すみません、荷車の騎士様』
そして目じりを袖で拭い、ハンドルに手を戻しながら笑う。
『私、まだ子供ですね』
「俺はそういうグリシーヌ姫様も好きですよ」
『荷車の騎士様!』
グリシーヌが更にアクセルを踏み込む。
「東の国の皆さんもきっと姫様のそういうところも好きなんですよ」
ほら、うかつなこと言うから。後半聴こえてないよ?
まあ、多分、聞く気もなかったと思うけど。




