第七十八便 通訳不要なんて言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
プライヤー 基本的な道具(ドライバーやプライヤー、カッターなど)は、工具入れだけでなく、グラブボックスにも入れておくことが多いです。
一瞬呆気に取られてお兄ちゃんに置いていかれる。
集中しないと。
オレ(ドローン)はお兄ちゃんの真後ろに回り、お兄ちゃんとオレ(本体)を見ながらオレ(スマホ)を通してグリシーヌに指示を出ややこ集中できるかっ!!
……でも集中する。
『少し右、アクセルはそのまま。アクセル少し緩めて、ハンドル戻して……』
お兄ちゃんは風で少し右に流れている。速度はほぼ同期したから、後は方向だけだ。
『速度はそのまま。ほんの少し右、そのまま、そのまま……』
そしてランディング。
お兄ちゃんの足がルーフキャリアに着き、そのまま幌の上に腰を落とす。
『アクセル緩めて!』
エンブレでコードが緩んだすきにお兄ちゃんがカラビナを外す。襲ってくるキャノピーを躱し、荷台に戻る。オレ(ドローン)が荷台の毛布の上に戻る時、白い〝羽衣〟が後方に舞っていくのが見えた。
『グリシーヌ、アクセル踏んで!』
オレが加速する。お兄ちゃんはガスマスクも外してルーフキャリアに固定すると、すぐに窓から助手席にも入った。
『に、荷車の騎士様。は、羽衣は……?』
何だかんだで動揺してるグリシーヌが問い掛ける。
「羽衣? ああ、羽衣ね」
お兄ちゃんが窓から後方を見る。
「羽衣は後で回収しましょう」
『そ、それより荷車の騎士様! 空を飛べるんですね!?』
「俺は運送屋だ。空くらい飛びますよ」
あ、この人何も考えてない。
でも、オレのハンドル握ってる奴は目がハートになってるから気を付けて!
『荷車の騎士様!』
「それより急がないと!」
聞く気もなさそうだ。
「スピードを上げて。五速に切り替えましょう。フッフ、グリシーヌ姫様はどこまでできる?」
「クラッチは切れるけど、四速以外には入れたことがないよ」
「じゃあ、俺がギアを変えるから、姫様にはクラッチを頼んで」
「あ、うん」
『グリシーヌ、アクセル緩めて、クラッチ切って』
『あ、うん』
グリシーヌがクラッチを踏む。お兄ちゃんが五速に入れる。
『クラッチをつないで、アクセル踏み込んで』
この速度で五速ならほとんどノッキングはない。回転数が安定した状態で速度が上がっていく。
「ありがとう、フッフ」
お兄ちゃんがオレ(スマホ)を見ながらダッシュボードを撫でる。
「えへへ」
『グリシーヌヒメ、アリガトウゴザイマス』
お兄ちゃんがグリシーヌに現地語で話しかけた!!
『いいえ、荷車の騎士様』
グリシーヌが頬を染める。
『私は、グリシーヌは、いつでも荷車の騎士様の全てを受け入れる準備ができています』
『だからそう言う話じゃないって言ってんじゃん!』
『グリシーヌは』
言いながらシフトレバーを握ったままのお兄ちゃんの指に触れる。
『上手に……できたでしょうか?』
『だからさあっ!』
お兄ちゃんはお兄ちゃんで時計とか見ながらシフトレバー握ったままだし。
オレを握ったままなのは嬉しいけど。
でも、やばい、このままだとマジで既成事実が!!
『俺、もう現地語もわかるから、燃料の警告灯もついてもう先が見えてるフッフなんて要らないかな』
『ええ、明日からはフッフではなく私を操縦なさってください』
……っていう展開がマジで近い??
『あっ、ていうか、お兄ちゃん! グリシーヌ漏らしてるからね!』
『も、漏らしてない! 漏らしてません!』
グリシーヌがシフトレバーから手を放して否定する。
『自分で漏らしたって言ったじゃん!』
『さっきも言ったように冗談に決まってるでしょ! 一国の王女がそんなはしたない真似するわけないでしょ?』
『とうにその威厳は失せてるよっ!』
『失礼なっ! 荷車の騎士様! 冗談ですから!』
お兄ちゃんはグリシーヌに愛想笑いを浮かべてから、オレに訊いた。
「フッフ、俺に関係あることならちゃんと通訳してよ。グリシーヌ姫様は何ておっしゃってるの?』
「あれ? お兄ちゃん、グリシーヌたちの言葉、まだ理解してない?」
「してないよ。たった二、三日で多国語を理解出来る程賢くないよ」
「でも前線で髭のおっさんと薬草の件で話してたじゃん」
「身振り手振りと、地面に絵を描いてね。〝薬草〟って言葉はフッフに教えてもらってるし」
「じゃ、じゃあ、さっきグリシーヌにお礼言ってたのは?」
「ずっと同時通訳してくれてるんだから、何度も聞いた言葉や印象的な表現くらいは覚えるよ。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない」
「そうそう、何でそんなに慌ててるの?」
「林の向こうから西の国の大軍が迫っている」
「え?」
『フッフ、荷車の騎士様は何を?』
あー、お兄ちゃんもグリシーヌも、やっぱオレがいなきゃだめだね。
少し安心しながら、また同時通訳モードに戻る。
『〝林の向こうから西の国の大軍が迫ってる〟だって』
『そ、そんな? ま、まさか』
グリシーヌの顔が青ざめる。
『そ、それは本当ですか?』
「ええ、西の国の軍の野営地にあるのと同じ旗を掲げた大軍が空から見えました。ざっと見積もって騎兵、歩兵合わせて二千から三千人」
『そ、そんな……』
グリシーヌが言葉を失う。お兄ちゃんはもう一度時計を見た。
「もう二時間、ではなくて一時間くらいで着く距離に」
『そんな大軍に攻められたら……』
「しかも俺の攻撃に気付いたんだと思いますが、先頭の馬に乗った五人が西の国の野営地に向かっています。真ん中の一頭は白馬でした」
『白馬?』
『ええ。他より速いように思いました』
『まさか、ディレター王子が大軍を率いて?……はっ?』
そこでグリシーヌが突然お兄ちゃんを見つめる。
『もしかしたら、荷車の騎士様は、この事態を見越して……!』
いや、さすがにそれはないと思うけど。
『申し訳ありません! 荷車の騎士様!』
グリシーヌがハンドル放してお兄ちゃんに抱きつきやがった!
『こらっ、グリシーヌ! お兄ちゃんから離れろ! つーかちゃんと運転しろ!』
『私、そんなこと知らずに、荷車の騎士様を卑怯だなんて……』
グリシーヌはオレを無視してお兄ちゃんに抱きついたままだ。
「すみません、何だかよくわかりませんがアクセル踏んでください」
お兄ちゃんが助手席からハンドルを操作しながら言った。
『あ、す、すみません、荷車の騎士様』
グリシーヌがアクセルを踏むが、体は半分お兄ちゃんに預けたままだ。
『……でも、こんな共同作業も素敵ですね』
「とにかく急ぎましょう。失礼します、グリシーヌ姫様」
お兄ちゃんがグリシーヌの袖を掴んでハンドルに誘導する。
……それじゃ何だか汚い雑巾捨てようとしてるみたいだよ。気を遣ってるつもりかもしれないけど、一周回って失礼過ぎるよ。これだから非モテ系は。
グリシーヌもさすがに怒って……。
『荷車の騎士様ったら、ネコの親が子を連れて行く時みたいに。私がそんなにかわいいってことかしら』
だめだ。脳みそピンク色だ(普通そうみたいだけど。っていうか、この世界、ネコ、いるんだ?)。ともかく桃色脳は放っておこう。
「でも、急いで行ってどうするの?」
『荷車の騎士様なら、また天使の羽衣で舞い上がって敵を殲滅なさるんですよね?』
「もちろん無理です。平地から舞い上がること自体無理ですが、それ以前に、そもそも健康な数千人相手に十分な武器がない。用意してる時間もない」
「じゃあ何で急いでるの?」
オレの繰り返しの質問に、お兄ちゃんは足元のネイラーを確認しながら答えた。
「西の国の五人より先に敵の野営地に行き、モーヴ少将を人質にする」




