第七十七便 大人の階段とか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
ガム ブラック系は常備しています。
『荷車の騎士様が、もし天使様だったとしても』
ハンドルとブレーキ、そしてアクセルのタイミングも慣れてきたところで、ずっと無言だったグリシーヌが呟いた。
『でも、休戦協定結んでる相手に攻撃を仕掛けるのは、どうなのかな』
『はぁ?』
オレは一気にムカついた。
『お兄ちゃんはグリシーヌたちのことを思ってそうしたんじゃん!』
『そんなのわかってるわよ! でも、再戦の宣言もなく、相手もまだ病気で動けない人が多いのに』
『敵に薬草回そうって言ったら怒ったくせに! よく言うよ、そう言うきれいごとを』
『そ、それは』
「フッフ、グリシーヌ姫様」
彼女が言いかけたところでトランシーバーから声が聴こえた。グリシーヌがオレをちらっと見てからそれを手に取り、PTTボタンを押す。
『は、はい、荷車の騎士様』
「お兄ちゃん、聴こえてるよ。今どこ?」
「ほぼ真上」
「どうする? どこかで止まって運転交代する?」
「いや、時間がない。フッフたちは次のカーブを曲がったら坂を下りきる。平地になったら加速して」
「加速?」
「その先はもう直線だから、前線に着く前にルーフキャリアに着陸する」
「マジ?」
いや、いくら何でもそれは。
トム・クルーズの「オースティン×××」じゃないんだから。
「走行中の車にランディングなんて、やったことあるの?」
「あるわけないでしょ」
「じゃあ無理だよ!」
「俺だけならね。でも、今はフッフとグリシーヌ姫様がいる」
自分の名前が出て、グリシーヌが一瞬オレを見る。
「俺はこのまま着陸態勢に入るから、フッフが俺の着陸地点に合うよう、グリシーヌ姫様を誘導して」
オレもグリシーヌを見る。
『何ておっしゃってるの?』
『このままオレの屋根に降りるって?』
『はぁ』
グリシーヌにそれほど驚いた様子はない。
人間が飛ばない世界では、着陸の難しさの方がかえってわからないのかもしれない。
『でも、お兄ちゃんは速度の調整があんまりできない。風で方向もぶれる。だから、お兄ちゃんが降りて来る場所にオレたちが合わせる』
『はぁっ!!??』
グリシーヌが叫ぶ。
『そ、そんなの無理に決まってるじゃない! 降りてくる荷車の騎士様を私が受け止めるなんて……』
突然真顔になり、そして頬を染める。
『……荷車の騎士様を、私が、受け止める……?』
『いや受け止めるのはオレ』
グリシーヌはオレの話を聞かず、トランシーバーのPTTボタンを押した。
『荷車の騎士様の全て、全身全霊をもって、必ず私が受け止めて見せます』
『な、何いきなり発情してんの!?』
『失礼な。荷車の騎士様を受け止め、受け入れようとしてるだけよ』
『じゃあ何で頬が赤くなってんだよ! 息も何か荒いし! つーか受け止めるだけで受け入れないし!』
『気持ちの問題でしょ! これから始まる受胎の儀の予行練習に緊張して』
『全然違うから! つーか受け止めるのはオレだっつってんだろ!!』
『何だか私、たった一日で大人の階段駆けあがってる気がするわ』
『あのしょぼい城に駆け上がるほどの階段ないでしょっ!』
『今夜はどこまで行けるのかしら?』
『まだ日が高々と上がってるから!』
最悪だ。
最悪だけど、運転歴数時間のグリシーヌに、〝降下するパラグライダーを受け止める〟という離れ業をなすのに一番必要な〝気持ち〟は(間違った方向で)整ったから、とりあえず今は良しとするしかない。
『ともかく、今は運転に集中して。方向と速度の調整はオレが指示するから』
『でも、フッフ、お空を飛んでらっしゃる荷車の騎士様の姿が見えるの? 今朝と違って影もそんなに長くないのに』
意外と冷静な質問。
『朝みたいに、また、この箱を持って手を出して上に向ける?』
『もう見えてるよ』
『え?』
グリシーヌがきょとんとする。画面を切り替える。
『ふ、フッフの顔が、私に?』
『右を見て』
グリシーヌが横目で窓の外を見て、そして二度見する。
『ほ、ほんとに、妖精?』
説明難しいから、まあいいや。
『さっきも言ったように、方向と速度はオレが指示するから、グリシーヌは運転に集中して』
『あ、うん』
困惑気味のグリシーヌを残し、オレ(ドローン)は空高く舞い上がり、お兄ちゃんに並行して飛んだ。お兄ちゃんがオレ(ドローン)を見て、小さく頷く。
『グリシーヌ、方向はそのまま。アクセルは少しだけ強く踏んで』
グリシーヌが頷く。
『朝、お兄ちゃんの指をしゃぶった時みたいに、いい感じの加減でランディングの準備して』
一応嫌味でも言っとかないと気が済まない。
でも、グリシーヌは予想外に落ち着き払って答える。
『そうね』
グリシーヌさん??
『準備は大事よね』
グリシーヌ・マクレーン先輩??
注1 「オースティン×××」 トム・クルーズってこういうネタ枠が好きみたいですね。
注2 大人の階段 「思い出がいっぱい」が思い浮かびますね。
注3 今夜はどこまで行けるの 「ロミオとシンデレラ」は有名ですよね?
注4 グリシーヌさん?? もこっち(「私がもてないのはどう考えてもおまえらが悪い」) 「ゆうさん?」
注5 グリシーヌ・マクレーン先輩 リーバ・マクレーン(「レッド・ドラゴン」) 「準備は大事よね?」だったと思いますが(猟奇的な描写のある映画ですし、多分レーティングありです)。




