第七十六便 「ワルキューレの騎行」なんて流さないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
音楽CD 眠気覚ましに。私はあまりたくさん持っていません。
『すごい、……けど』
双眼鏡で様子を見ながら、グリシーヌが口ごもる。
まあ、そりゃそうだ。
空に進出していない世界では、〝空爆〟なんていう、味方から見たら最も頼もしい、敵から見たら最も卑劣な攻撃方法、見たことどころか考えたこともないだろうから。
敵の野営地の上空を旋回しながら、お兄ちゃんはバッグからペットボトルを取り出し、(さすがによく見えないけど、多分)フタを開けてカーバイドを入れ、もう一度フタを閉め、落とした。
おもちゃのパラシュートが開き、ペットボトルがゆっくり下降する。
一つ目の〝爆弾〟は、野営地の数十メートル上で破裂した。赤い液体が空中に飛散する。
次の〝爆弾〟は、パラシュートに穴でも開けてて調整したのか、野営地に落ちてから破裂した。
もちろん、この時点で野営地は大騒ぎだ。動ける兵士が弓を射るけど、数百メートル上空のお兄ちゃんに届くはずもない。
何人かが投石器も動かし始めたけど、もともと遠方に攻撃するための武器で、上方を攻撃するためのものじゃない。意味のない方向に石が飛んでいくだけ。
何より、こんな状況でも動く兵士は数十人。流行り病の影響は、東の国の前線同様本当に深刻なんだろう。
それはともかく、お兄ちゃんは敵の反撃の限界を把握したのか、高度を更に下げていった。当然、攻撃の精度も上がる。
以降の爆弾は、無駄な攻撃を仕掛けるその兵士たちの頭上5メートルから10メートルくらい上で破裂するようになった。上を見て右往左往してる敵兵たちが顔を覆い、叫び、次々と倒れ始める。いわゆる阿鼻叫喚状態。
最初のいくつかは見当違いの方向に流れていったけど、風も味方して、赤い飛沫はうまい具合に野営地を襲った。そのうちに〝爆弾〟の照準も正確になり、見える限り、立っている敵兵はいなくなった。
『あ、金髪のビッチ……、じゃなくてモーヴ少将!』
言った!
ビッチって言った!
『あ、荷車の騎士様の魔法(多分ペットボトル)に剣で切りかかって生意気!』
いや、生意気って……。
『あ、でも、赤い液体が噴き出して顔にかかって、両手で覆って、いい気味、じゃなくて苦しそう』
何だか舌なめずりっぽい音も聞こえるけど、気のせい?
『叫びながら悶えてる! アハハ、はいつくばってのたうちまわってる(オレ注:そこまでひどくない)! みっともない恰好。何が姫騎士よ!』
うーん、さすがに王女としての品位に欠けるし、ちょっとたしなめとくか。
『まあ、でも、ある意味、あの金髪は今、お兄ちゃんの神の酒を注がれて悶えてるって言う見方ができなくもないけど』
ドン!
『痛いっ!』
……アホだ。
オレ(スマホ)を叩いて、結果的に自分の手とみぞおちにダメージを与えてる。
オレはちょっと目が回るだけで特にダメージないからね?
本体はこれ(スマホ)じゃないし。
『お、おのれ、ビッチ少将……!』
痛みで体がくの字になったから、グリシーヌの表情が一瞬見えた。
やっぱ鬼だった。
てか、グリシーヌ、キャラ変わってない?
それとも既にお兄ちゃんの正妻気どりだったりするの?それはそれでムカつくけど。
なんて思う余裕があるくらい、一方的な攻撃だった。
『荷車の騎士様……』
(お腹の痛みで冷静になったのか、多少落ち着いた)グリシーヌの声が震える。
『ほ、本当に、圧勝を……』
『ていうか、ほぼ蹂躙だよね』
その時トランシーバーから雑音が聴こえた。距離の問題か、まだ声にならない。
よく見るとお兄ちゃんがこっちに戻って来てるのがわかった。
『グリシーヌ!』
『あ、うん』
再度グリシーヌがトランシーバーを手にする。
「ふ……、ぐ……さ……」
『フッフ!?』
『とにかくお兄ちゃんの声が聴こえるのを待って』
「フッフ……、グリシーヌ姫様」
『お兄ちゃんだ! グリシーヌ、PTTボタンを!』
『うん』
「フッフ、グリシーヌ姫様、聴こえますか?」
「聴こえてるよ! お兄ちゃん」
『荷車の騎士様!』
一言言った後にPTTボタンから指を離す。もうタイミングは完璧だ。
「急いで前線に向かって!」
「え? 爆撃成功して戻って来たのに?」
「話は後でする! とにかく出発して!」
「わかった!」
『グリシーヌ! とにかく前線に向かおう!』
『あ、う、うん』
グリシーヌがオレの運転席のドアを開けて乗り込む。
『お兄ちゃんがよくやってたみたいにオレはホルダーにセットして!』
『こ、この道具は?』
『そっちのドリンクホルダーに置いといて!』
グリシーヌがオレとトランシーバーをそれぞれセットし、後は既に覚えた手続きをスムースに行う。オレがゆっくりと坂を下り始め、徐々に加速した。
適当なところで四速に入れるよう指示。
エンジンブレーキも併用し、安定してカーブを曲がれるようになった頃、トランシーバーから声が聴こえた。
「まだしばらくはカーブが多いから返事しなくていい。下りきって直線になったら頃に連絡する。それまでグリシーヌ姫様へのアドバイスに集中して」
「わかったよ、お兄ちゃん」
トランシーバー置いたままじゃ向こうに聴こえないのはわかってるけど、つい返事をする。
金髪が攻撃されてる時のテンションが去り、やたらおとなしいグリシーヌがちょっと気になるけど。
注1 「地獄の黙示録」から。オペラ「ワルキューレ」は見たことがありません。
注2 パラグライダーについては、実際にやっている人から断片的に聞いた話を元にしています。私はやったことがありません(そもそも異世界に行ったこともありませんが)。
経験者によると、パラグライダーにはそれぞれ「体重〇〇㎏~〇〇㎏まで」というような制限があり、重いだけでなく軽すぎてもダメなようです。
大体30㎏くらいの幅はあるらしいので(例:60㎏の人から90㎏の人用)、その話に基づいてあれこれ設定しています。




