第七十五便 ラノベのヒロインぽくないなんて言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
クランプ いろいろと挟みます。
お兄ちゃんの姿はあっという間に小鳥くらいの大きさになり、それからゆっくりと小さくなって行った。
『あぁ……』
グリシーヌがふらふらと数歩進み、草むらに膝をついた。そしてその場にへたり込む。
『グリシーヌ。グリシーヌ!』
オレ(スマホ)が何度声をかけてもグリシーヌは動かない。
そう言えば、オレはスマホのアプリは基本的に操作できるんだった。
じゃあ……。
ブルルルル!!!
『キャッ?』
グリシーヌがはじけるように後方にのけぞった。
『どう? スマホのバイブでその無駄な詰め物くすぐられるのは?』
『つ、詰め物じゃないわ!』
グリシーヌが立ち上がり、片手でオレ(スマホ)を持ち上げて画面を見つめ、そしてもう一方の手でお兄ちゃんを指さした。
『そ、それより、あれ!!』
『あ、うん』
『に、荷車の騎士様は、て、て、天使様だったの? 羽衣をまとった』
『何それ?』
『この島の伝説です。島の危機に、羽衣をまとった天使様が降臨される、という』
『この間そんな話しなかったじゃん』
『だって神話は物語とは別物だし』
グリシーヌの顔が上気している。目なんてもうどっかにイキそうだ。
『……ていうか、お兄ちゃんのすごさに驚いてチビらないでよ』
『ち、チビってません!』
グリシーヌがプイと横を向き、そして小さな声で言った。
『……少ししか』
『やっぱ漏らしてんじゃん! オレに乗るなら着替えてよ!』
『着替えなんてないわ!』
『じゃあ乗るな! ……ていうか、グリシーヌ、トランシーバーのPTTボタン押してない?』
『とらんしーばー? ぴーてぃーてぃーボタン? 何それ?』
『グリシーヌがオレの目の前で握ってるそれ』
『え?』
グリシーヌがみぞおちの前のトランシーバーを見つめる。
『ちなみに、そのボタン押してる間、会話が全部お兄ちゃんに聴こえてるから』
『きゃーっ! 嘘! 嘘です!』
『あ、ボタンから手を放したから今は聴こえてない』
『ちょ、ちょっとフッフ!』
グリシーヌがボタンを押す。
『荷車の騎士様! 私は、グリシーヌは漏らしてません! フッフが意地悪ばかり言うから冗談言っただけです!』
『怪しいよね』
『な……』
グリシーヌは口ごもったが、すぐに落ち着きを取り戻して言った。
『べ、別にいいもん。考えてみたら、どうせ荷車の騎士様は、私たちの話してることなんてわからないもん』
まあ、確かにそうだけど。
……ん?
『そういえばさっき、お兄ちゃん、髭のおっさんと会話したよ?』
『え?』
『〝前線での薬草は十分だから、後は城に持って帰っていい〟って言われたって』
『あ……』
グリシーヌが息をのむ。
『ま、まさか、既に荷車の騎士様は、私たちの言葉を学ばれて……』
『まあ、お兄ちゃんだからね』
オレは半分自慢、半分ザマァ気分で言った。
『今頃お兄ちゃん、グリシーヌが漏らしたこと笑ってるかも』
『キャーッ!!』
グリシーヌがトランシーバーを持ち直し、PTTボタンを強く押すと叫んだ。
『荷車の騎士様、嘘、嘘ですから!』
返事がない。ただの……。
「そろそろ通信限界だと思う」
『荷車の騎士様!』
「いつ……も出発できるよう待機して……」
そして声は途切れた。オレはカメラのズームを目一杯上げる。お兄ちゃんが敵陣の上空に差し掛かるのが見えた。
『荷車の騎士様、もうあんなに遠く。フッフ、見える?』
『今、敵の野営地の真上で旋回してる』
パラグライダー自体には推進機能も上昇機能もない。風を利用した翼だ。上昇気流がなければ、全体としてはゆっくり下降するだけ。でも、それをグリシーヌに言っても混乱するだろう。
『そう言えば!』
グリシーヌがオレ(本体)に戻って助手席を開けた。
『さっき荷車の騎士様が遠くを見る道具だっておっしゃって』
グリシーヌがトランシーバーを置いて、代わりに双眼鏡を掴む。
『……これ、どうやって使うの?』
『こうやって目にあててごらん』
オレが両手を目に当てて教える。
『ほんとだ、すごい!』
グリシーヌの歓声が聴こえる。
『逆だよ、逆!』というイベントはなかった。
こういうところがいまひとつラノベやアニメのヒロインぽくないところだよね。
……まあ、ヒロインはオレだからいいんだけど。
注1 PTTボタン push to talk(話すために押す)ボタンの略語だそうです。




