第七十三便 妄想だなんて言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
腰痛ベルト 一度腰を痛めてからは必須です。
これがないけれど重い物を持たなければいけない時は、ベルトの穴を一つ詰めるか、腰の前と後ろを平手で叩き、刺激を与えるといいそうです。
でも、もう一度荷台に回るお兄ちゃんに訊いてみる。
「ねえ、何考えてるの、お兄ちゃん?」
「うーん」
今度はバリオメーターとトランシーバーとバッグを持って峠の南側の斜面に向かう。
「何も考えてないんじゃないかな? 少なくともヌネスみたいには」
「ヌネス?」
「ああ、『盲人の国』の主人公。王様になろうしたり、その国のきれいな娘と恋仲になったり」
爆弾発言をしながら運転席のグリシーヌをちらっと見る。
「ちなみにその娘が〝きれい〟というのはヌネス視点で、目の見えないその国の住人たちには不美人扱いだったらしい。姫様にいろいろな意味で誤解をさせたくないから、さっきは触れなかったけど」
グリシーヌはこっちを気にしながらシフトチェンジの練習をしている。
「あくまで俺の意見だけど、ヌネスの一番の失敗は、自分の有利な点、少なくともそう自分が思う部分を、盲人の国の人々に理解させようとしたことだ」
斜面の手前で立ち止まり、トランシーバーと高度計を草むらに置くと、バッグを開けた。
「そして、自分を理解させ、王として認めさせようとしたことだ」
そこにはすでに、大きなリュックサックみたいな背負子とヘッドセット付ヘルメット、ガスマスク、それに、何か白っぽい粉の入った容器が置かれていた。そしてその隣には、何だかやたら赤い液体が五分の一くらい入った500㎖のペットボトルが二十本位入った箱。それぞれのフタには、子供用のおもちゃのパラシュートがついている。
「何、これ?」
「積み荷にあった焼酎とブートジョロキアと水を混ぜてみた。ガスマスクがなきゃヤバかった」
「その白いのは?」
「カーバイド。工場向けの荷物に入ってた」
そう言いながら、お兄ちゃんが荷台から持ってきたバッグを開け、中身を広げ始める。
「え、マジ?」
「あまり道が良くないって言うイモータリテ山に行かなきゃいけないかなと思ってたけど、いい場所があって良かった。風もいいし」
「やったことあるの?」
「それが、あるんだよ、どうも」
準備の手際の良さとは対照的な歯切れの悪い口調。
「昨日スマホを操作してたら、その姿の俺の写真が表示された」
「覚えてないの?」
「うーん、はっきりとは」
お兄ちゃんが少し寂しそうに笑う。
「こうやって触ってると、使い方だけは思い出すんだけど。それに」
不思議そうな顔でこっちを見てるグリシーヌを見やる。
「スマホの他の写真を見ようとしたんだけど、写真フォルダーにアクセスできなかった」
「え?」
「正確には、以前撮った写真だね。昨日出発前に撮影した荷物の写真は、別のフォルダーにあった。でも、他はほぼ全滅。メールも、メモも、予定表も、ほぼ全部。ノーパソも同じ。写真フォルダーもメールソフトも開けない。両方とも、ノーパソからスマホにアプリを入れる機能だけが使える状態だった」
「どういうこと?」
「ノーパソにアプリが入ってたことと同じ。さっぱりわからない。これだって」
お兄ちゃんが地面に広げたそれを指さす。
「最初は俺以外の誰かがやりたいって言って、そうしたら他の誰かもって話になって、それで俺も一緒にやった、ような気がするんだけど、でも、その〝誰か〟たちも、具体的な時間や場所も思い出せない」
そして苦笑する。
「もしかしたら、実は俺は家族も友達もいなくて、何かの映画みたいに妄想の友達や想い出でも作ってたのかもしれないけど」
注1 ブートジョロキア 辛いらしいです。辛い焼酎もあるそうです(下戸なので詳しくないのですが)。
注2 カーバイド ここでは炭化カルシウムを指すことにしてください。水と反応してガス(アセチレンガス)を放出(? 化学変化ですね)します。
危険なので絶対にまねしないで下さい。
注3 『ビューティフルマインド』が真っ先に思い浮かびますが、それ以外にもたくさんありますね。
注4 ちなみに私は「ノーパソ」とは言いません。
「スマホ」とも言わないので、あまり参考になりませんね。




