第七十一便 嫌なことを思い出させないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
発煙筒 車についています。最近は電子式もあるようです。
『荷車の騎士様はどうなさるおつもりなのかしら?』
グリシーヌがオレの運転席から後ろの方を見て言った。
『また私に運転を任せて、何かなさる、ってこと?』
『うーん、どうだろう』
オレは少し傾け気味にしてもらったホルダーからグリシーヌの手の動きを追いながら答えた。
『城の倉庫に置かせてもらってた積み荷のいくつかを持ち出してたみたいだけど。あ、そこは三速じゃなくて一速。走行中は絶対に入れないで。入らないと思うけど』
圧勝宣言の後、お兄ちゃんはそれ以上何も言わなかった。
オレもグリシーヌも呆気にとられ、訊く機会を逸したまま峠に着くと、見張り台の前のちょっとした広場でお兄ちゃんがオレを停めた。それからオレに、『グリシーヌ姫様にフッフの運転のための教習を』と言うと、荷台に回って荷物を下ろし始めた。
オレたちも雰囲気に気圧され、言われた通り短期運転講習会を始めた。
グリシーヌは既に、〝オレが走ってる状態から走らせ続ける〟ことは経験済みだし、勘はいい。最初の関門はドアの開閉だった。
今まで全部お兄ちゃんがやってくれてたからね!
まあ、それはそうと、
エンジンをかける(鍵の回し方、戻し方。クラッチを切らないとエンジンがかからないこと、など)
アクセルとブレーキ、クラッチの位置の確認。アクセルとブレーキは右足、クラッチは左足で踏むこと
などは、グリシーヌはすぐに覚えた。
エンジンを切ったままギアを入れる練習もしてみた。これはちょっと難しそうだったけど、だんだん滑らかになってきた。
『いい感じ。この調子なら、後はクラッチのタイミングだけだね』
オレが率直にほめると、グリシーヌは『先生がいいから』と笑った。
『でも、荷車の騎士様みたいにフッフを自由に走らせることができたら、気持ちいいでしょうね』
『うん』
グリシーヌは燃料のことをよくわかっていない。
もし、この調子でグリシーヌがオレを自在に走らせることができるようになったとしても、走れる距離は限られてる。
『そうだね。そうなるといいね』
迷った末のオレの返事に、くぐもった破裂音が重なった。
『え?』
『何かしら?』
『さあ。お兄ちゃんだとは思うけど』
と、もう一回同じような音がした後、お兄ちゃんが戻って来た。
「何したの?」
「三十二秒と二十八秒。ちょっとかかりすぎかな」
お兄ちゃんは時計を見ながら言った。そして窓から手を差し入れ、オレ(スマホ)をホルダーから外した。
「グリシーヌ姫様、もう少し練習していてください」
『は、はい』
戸惑う(ちょっと恨めしそうな)グリシーヌを残して、オレはぴょん吉状態で荷台に回った。余った薬草の箱は前の方に積み上げられ、崩れないように固定されていた。そして手前(オレの体で言えば一番後ろ)に、既に開梱済みの品が並んでた。
電動ネイラー。
双眼鏡。
リアルタイムカメラ付きドローン。
中継器。
トランシーバーが二個。
結構旧式のバリオメーター。
大きなバッグが一つ。
「ドローン飛ばして敵陣を爆撃でもするの? それとも、偵察用?」
ラインナップを見てオレが訊く。お兄ちゃんが、「近いけど、違うよ」と苦笑した。
「ドローンは電池があまり持たないからね。一応城を出る前から念のため充電しておいたけど」
お兄ちゃんが荷台の隅に自作した電源パネルを見やる。
「フル充電でも、ここからじゃ西の国の野営地まで行くだけで厳しいだろうし、電波も届かないと思う」
「でも、専用アプリは? 今時(昔のことなんて知らないけど)、こういう機器はたいていネットからアプリをダウンロードしなきゃ使えないでしょ」
「それがね、昨夜、グリシーヌ姫たちに毛布を掛けに行った後にね」
ああ、グリシーヌたちに夜這いに行った時ね。
オレの目を盗んで!
「ドラレコデータの保存も兼ねて、念のためノーパソも開いてみたんだ。SIMカードは入ってるけど、やっぱり通信はできなかった」
「まあ、そりゃそうだよね」
「ただ、自分では入れた覚えがないスマホ用アプリが入ってた」
「スマホ用アプリ?」
「うん。しかも、積み荷のいくつかで使えるものが」
そう言えばお兄ちゃん、港に向かう前に伝票を確認してたから、これらが積み荷にあることはわかってたんだ。でも……。
「スマホ用アプリがパソコンに勝手に入ってるって、どういうこと?」
「俺にもさっぱり。でも、もし使えたら、って思って、一応スマホにインストールしておいた」
注1 マニュアルの軽トラックは、安全のため、クラッチを切らないとエンジンがかからないようになっています。
注2 バリオメーター 気圧を利用した上昇、下降などを知らせてくれる道具だそうです。高度計もついているようです。




