第七十便 タイトルに偽りありとか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
洗車ブラシ いつも持っているわけではありません。
グリシーヌの顔が不安で歪む。お兄ちゃんはハンドルを握ったまま黙って聞いている。
『ヴィオレットも、お父様も、ゴシェ将軍も、シェーヌ将軍も、城のみんなも、前線の皆も、荷車の騎士様たちを必要としているのに!? それに……』
グリシーヌが胸の前でこぶしを握る。
『それに……』
それからハッと顔を上げ、お兄ちゃんに迫った。
『そ、それにさっき、〝勝利も届ける〟とおっしゃったじゃないですか!』
「届けられるものなら」
お兄ちゃんが苦笑する。
「俺は運送屋です。あくまで存在するものを運ぶだけです。何もないところからものを作りあげることはできない」
『そんな……』
「さっき前線で、西の国の女性の将軍が自軍に帰る姿を見ましたが」
『!』
「!」
この土壇場に来てのまさかの裏切り!??
「彼女はきれいでしたね。それに、あれなら淫行条例も強制わいせつも関係なさそうですし。こんなオムツがとれたかどうかもわからないガキばっかりの貧乏くさい未来のない国より、大国で金髪を愛でてた方が良さそうですね。悪いけど俺、鞍替えしますんで」
……。
………。
…………なんてことは、さすがにないか。
グリシーヌもそのあたりはわかって……。
『まさか我が国をお捨てになるのですか!? あの金髪のビッ、女の人の側につくんですか!?』
……わかってなかった(それに今〝ビッチ〟とかい言いかけたよね?)。
一応は一国の王女としてどうなの?
「……いや、ええと」
グリシーヌの剣幕に押され、お兄ちゃんがたじろぐ。
「その、問題はあの将軍ではなくて、その周りや、向こうの野営地の様子です」
『……はい?』
「峠から見えた野営地は、煙も上がらず静まり返っていましたし、テントの数に比べると人もまばらでした。西の国の前線の兵士の多くが、おそらく、治療も何もなく、ただ寝込んでいる状態なのでしょう」
『薬草も入手できない、から?』
グリシーヌが恨みがましい目で見る。お兄ちゃんが慌てて片手を振る。
「あ、いいえ。そう言うことではなく。まあ、気温が高く、暖を取らなくて済むのが幸いしてるとは思いますが。それは今はさておき、とにかく、先方は先方で戦争どころではない様子でした」
確かにそうだ。軍としての規模は圧倒的(3倍くらい?)だけど、見えている兵士の数にそれほど変わりなかった。
でも、それならなおのこと攻め入るチャンスじゃん。
オレがそう言う前にお兄ちゃんが続けた。
「俺たちが到着した時、多分、シェーヌ将軍と西の国の将軍は砦の外で交渉中だったと思います。その際、こちらの兵士たちは砦の上で弓を携え、突然の事態に対処できるよう備えている様子でした。一方向こうは、将軍一人。周囲に護衛もいなければ、野営地から弓や投石器で牽制している様子もない。自陣の将軍が、敵陣の砦の前で、敵軍の兵に囲まれ、敵軍の将軍他数名と話しているというのに」
『そっちですか』
グリシーヌの頬が少しだけ緩んだ。
『そっちならいいです。……いいえ、良くないですが』
でも、すぐに表情を硬くし、肩を落とす。
『荷車の騎士様はどうせ〝ただの殺し合い〟とおっしゃるでしょうけれど、戦争には戦争のルール、と言うか紳士協定みたいなものがあります。例えば、ああいった交渉の場では、双方攻撃を仕掛けない、というような』
そしてグリシーヌが大きくため息をついた。
『でも、それは建前。要は完全に見下されているんですよ、我が軍は。〝そっちが下手なことをすれば、いつでもそっちを潰せる〟と。例え流行り病で兵力が激減している状態でも』
『そういえば、向こうは出て来たのが少将だったよね。こっちは一応将軍、元帥除けば一番偉い人が出てってるのに』
『それ自体は仕方ないわ。西の国の軍は、組織も規模も違うし』
『国力には歴然とした差がある、ということですね?』
『悔しいですが、事実です』
オレはどんどん坂を上っていく。グリシーヌが砦の向こうに見え始めた西の国の野営地に目をやる。
『私も初めてお見掛けしましたが、モーヴ少将は西の国の王女です。女でありながら西の国の精鋭部隊を率いるのは、血筋だけでによるものではないと聞きます。ちなみに、モーヴ少将の兄、ディレター王子が中将ですが、実質彼が軍の責任者とのこと。大将はヴァーミリョン国王ですが、大将が戦闘に出ることはないようです』
「じゃあ、元帥のお兄ちゃんの方が上だね」
「そんなわけないよ。俺なんてついさっき王様に任命されただけの名ばかりの元帥だからね」
当然、そう言う答えが返ってくると思ってた。
けど。
「そうだね。少なくとも今日一日は」
「え?」
『はい?』
オレとグリシーヌが(通訳の時間差を除いて)ほぼ同時に訊き返す。
謙虚、っていうか、とりあえず下手に出ておけば楽、という、賢いというよりセコいところもある(ごめんね)お兄ちゃんが、例え野盗レベルでも、一日元帥を自負する、とは。
「俺は西の国の人間ではないですが、それなりに思い入れもあるし、グリシーヌ姫様が好きです」
『にっ!?』
グリシーヌが両手で口を押える。
まさか、ここに来て今度は告白!???
小高い丘の上に着いたら、結婚の申し込み!!??
「ヴィオレット姫様も好きです」
『なっ!???』
ハーレム宣言!!!???
野獣、野獣だよ!
魔獣どころじゃないよ!!!
……って、鬼だ。
鬼がいるよ助手席に。
でも、まあ。
姉妹丼とか。
鬼に食い殺されてしまえ。
「王様も、ゴシェ将軍も、シェーヌ将軍も好きです」
……まあ、そんなとこだよ。
グリシーヌががっかりしたような安心したような顔をしている。
「皆いい人だ。何より、城が小さいのがいい」
『???』
「何言ってんの?」
「豪奢な城なんてただの自己満足だ。重機も労働基準法もない時代に、そんな巨大な城を作ってたら建設中に何人死ぬかわからない。その点、東の国の城は、少なくとも外から見る限り無駄があまりないように思う」
『ざ、財力がないだけです』
グリシーヌが恥ずかしそうに俯いた。
『人をたくさん雇用するだけの財力が』
「でも、難民を受け入れている」
『積極的に受け入れてるわけじゃありません。でも、彼らも国を失ってしまったのですし』
「その考え方自体俺にはできない。俺ならむしろ拒否するかもしれない。だから尊敬しますよ、グリシーヌ姫様も、王様も。それに、そういう状況でも、軍も住人も不平を言わない。少なくとも聴こえない。そんな国に対して、西の国の姿勢は、ちょっとね」
『ちょっと、何ですか?』
「ちょっと、何というか」
お兄ちゃんが苦笑した。
「まあ、ちょっとです」
お兄ちゃんは頭を掻きながら、「ほとんど知らない人様の国を悪しざまに言うのも良くないですね」と笑った。
『そう言っていただけるのは、嬉しいし、光栄です』
グリシーヌが素直な笑顔を浮かべ、それから眉を顰めた。
『でも、ならばなおさら、なぜ、兵士たちを前線において帰還されるのですか?』
「戦闘になれば確実に敗北する。存在しない勝利は届けられません」
お兄ちゃんが前を向いたまま答える。
『そんな!』
再度詰め寄るグリシーヌの顔を一瞥して、お兄ちゃんが笑みを浮かべた。
「だから、勝利ではなく、圧勝をお届けします」
注1 ヨーロッパの城と言えばノイシュヴァンシュタイン城が有名ですが、良く知られているようにこんな城ばかりでないようです(見たことはありませんが)。
ちょっとした原っぱに建てられ、今ではユースホステルになって小さなお城もあります。
注2 「行け!稲中卓球部」から
「刃牙」シリーズでも似たようなセリフがありましたね。




