第六十九便 優しき時代に終止符をとか言わないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
腕時計 荷物を持つのに邪魔なので、実はあまり使いません。
とはいえ必要な場面はあるので、通常車の中に入れておきます。
『違うよ! グリシーヌ!』
思わず口を挟む。
しまった! 好感度下げるチャンスだったのにっ!
と思いながら。
でも、言わずにはいられない。
『お兄ちゃんがそんなこと言うわけないじゃん!』
『それはそうだけど』
グリシーヌがオレ(スマホ)を横目で見る。
『今の流れではそうとしか……』
『あのね、お兄ちゃんは昨日寝る前にオレにね』
「フッフ」
オレの話をお兄ちゃんが遮る。
『で、でも……』
「続きを通訳してよ。で、グリシーヌ姫様、その諺を思い出し、盲人の国での王様になろうとした男は、どうなったと思いますか?って」
『え、ええと』
俺が仕方なく通訳する。グリシーヌが眉を顰めながら言葉を選ぶ。
『そ、そんな憎たらしい荷車の騎士様は』
『お兄ちゃんじゃないよ。〝盲人の国〟っていう物語の主人公だよ』
『一緒でしょ? どうせ私たちをバカにしてるんだし』
『全然違うよ! 大体今まで、お兄ちゃんがグリシーヌたちに対してそんな態度取ったことある?』
『そ、それは……』
グリシーヌが口ごもり、それから言葉を選ぶように言った。
『じゃ、じゃあ、そ、その男の人が、その国を襲うドラゴンや怪物を倒して、皆に尊敬される王様になる、とか、どうせそんなとこでしょ? 物語なんだから』
そしてぷいっと横を向く。
『個人的には、むちゃくちゃひどい目にあってほしいくらいですけど』
グリシーヌはインテリだ。
文字も読めるエリートだし、外国との交流もあった。城内の博物学者や医者により高等教育も受けているだろう。
そんなグリシーヌでさえ、想像できる範囲での〝物語の筋〟としてはこんな回答。
〝ひどい目に〟ってのは、あくまで今頭に来ていて、『盲人の国』の主人公じゃなくてお兄ちゃんに対して思ってることだろうから。
でも、それは仕方ない。
いつ死ぬかおかしくない世界なら、せめて物語の中ではうっぷんを晴らしたい、と思うのも当然だ。
そういう世界で求められる物語は、オレが怖れる典型的なギャルゲ又はエロゲ的展開(ハーレムエンドを除く)、つまり、
ある国が困難に見舞われた状況
↓
騎士登場
↓
騎士が国を救う
↓
姫を救う
↓
姫と結婚
↓
ハッピーエンド
だろうから。
多分これは、お兄ちゃんも言ってたこの世界の価値観を考えると、男女とも同じだろう。男は騎士に、女は姫に自分を投影し、ハラハラドキドキしながら約束された大団円に向かう。
そしてそう言う物語を読んで(聞いて)悦に入ってる人たちが、主人公が苦労したり挫折したり追放されたり、まして殺されたりする展開なんて望むわけがない。そんな物語は読み手も聞き手もいなくなり、すたれ、忘れられていくだろう。
もちろん、オレだって、お兄ちゃんとオレが引き離されたり、お兄ちゃんが死んじゃったりする話なんてイヤだ。
オレ自身の時が近づいてるから、なおさら。
それに、読み聞かせが物語の中心だとすれば、電話などあるわけがないこの世界なら、作者は読者の目の前にいるわけだ。聞き手の気に入らないような展開を語った日には、無視され、追い出され、それどころか下手をすれば袋叩きにあいかねない。
優しい主人公が不幸になるような悲劇は、宗教を含む教訓を除けば、ある程度余裕のある世界か、暇を持て余して退屈している階級か、又は現状に死ぬほどうんざりしている人たちの間で生まれる、ような気もする。
「優しき時代に終止符を!」って言う格言もあるし。
ていうか、あの自称女神のせいでオレの知識は偏り過ぎてるから、この結論もかなり偏ってるんだろうけど。
まあ、それはそうと。
グリシーヌは、受け身で、ただ誰かが助けてくれるのを待つだけの眠り姫じゃない。今のところ武器こそ持たないけど、国の危機になれば馬車を駆って一人で数日の旅をする。むしろ民を救う側、オレに言わせれば十分騎士だ。
何といっても強敵だしね。
そもそもこの世界じゃ、女も結構戦うみたいだし。ヴィオレット然り、西の国の何とかと言う少将然り。
前線には他にも女の兵士がいたしね。
そういう世界で生きてるグリシーヌでも、典型的な騎士道物語に憧れるのは不思議だ。政略結婚の苦い思い出もあるだろうに。
いや、それがあるからなおさらなのかも知れないけど。
「グリシーヌ姫様が正しいですね」
お兄ちゃんの返事で現実(?)に戻る。
てか、一応はECU、コンピューターの端くれだから、前の何十行かに要した時間は一秒未満だけど。
「さすがはグリシーヌ姫様です」
『それじゃ、やっぱりドラゴンを倒して?』
「いいえ、そちらではなく、『個人的な意見』の方です」
『と、いうと?』
グリシーヌが怪訝な顔つきで訊く。お兄ちゃんが微笑む。
「はい。男はその国で散々な目にあい、病気だと判断され、最終的に逃げ出します」
『でも、な、なぜそんなことに?』
「そこに至る過程はいろいろあるし、多分偉い人がいろんな解釈をしてると思いますが、確実に言えるのは、その国が、生活様式も含めて、視力を必要としていない、ということだと思います。そして同時に、視力を持つ者も」
グリシーヌが押し黙った。それからゆっくりと口を開く。
『……それはつまり、荷車の騎士様も、フッフも、この国、この島では必要ない、ということですか?』
注1 正確には、「『優しき時代に終止符を』と大上段に構えたわけではありませんが」という感じだったと思います。




